【Junction Of World Raid】
羅紗と名乗る女と対面した後、俺はケイトの自宅に戻り、彼女に説明を求めた。ケイトは話すことをためらっていたが、やがて観念して説明を始めた。
「羅紗は私の双子の妹で、私の知る限り最強のPSI能力者なんだ」
「双子の妹……」
ケイトに妹がいるなんて話は初めて聞いた。彼女は自分の過去――この世界の俺と出会う前のことや家族について聞かれることを良く思わないのだ。そのため、俺もこれまで踏み込んで尋ねるようなことはしなかった。
「そして、その能力を並行世界を破壊するために使ってる。羅紗は世界を滅ぼすことを楽しんでるんだよ」
「……羅紗は自らのことを魔王と言っていたけど、ゲーム感覚で世界を滅ぼしているってことか?」
先ほどの世界の惨憺たる有り様が脳裏に浮かんだ。幸いと言っていいものか死体を目にすることはなかったが、あの状況では生き延びている人はいないだろう。
「そんな酷いこと、ケイトのいる組織は対抗できないのか? 羅紗は最強のPSI能力者だって言ってたけど、たった一人の蛮行を止められないほど力の差があるのか?」
ケイトのほかにも能力者はいるはずだ。どの程度の人数がいるのかは知らないが、力を合わせれば羅紗を止めれるのではないだろうか。
俺の言葉を聞き、ケイトは静かに頭を振った。
「たしかに、羅紗の力は凄まじい。この前九が防いだ隕石は羅紗が引き寄せたものだし、さっきの世界も羅紗が天変地異を起こしたんだと思う。
「でも、組織は羅紗を止められないんじゃなくて黙認してるんだよ。羅紗も組織の一員だし、羅紗は組織の任務は忠実にこなしているんだ。
「……それに、組織―― 『junction of world raid』通称JUNORALDは、並行世界を救うための組織ではないの。お金や資源を対価として別の世界へ傭兵を派遣する、傭兵派遣組織なんだよ」
傭兵派遣組織……。俺はてっきり、ケイトの行っている救世活動は、組織の活動の延長線上にあるものと思っていた。
「つまり、組織にとっては、依頼を受けた世界以外はどうなっても関係ないということか」
ケイトは、世界を救うために一人で戦っているのか。……いや、今は俺も一緒だ。
「ケイトでも敵わないのか? ケイトと俺が二人で闘えば……」
「私と九の二人なら、羅紗を倒すこともできると思う。単純なパワーなら、私と羅紗は互角なはずだから」
「だったら――羅紗を止めよう」
俺の言葉を聞き、ケイトは微笑む。
「九ならそう言うと思ったよ。でもダメなの。羅紗は何度殺しても蘇る、不死身の身体を持ってる」
不死身――あれほどの力があってさらに不死身なんて、反則だろう。
「それじゃあ、打つ手はないのか?」
「それは……」
ケイトは思いつめたような表情を浮かべた。
「羅紗の不死性を無効化できる九器がある。それを手に入れれば倒せるはずだけど……その九器を作ったせいで、この世界の九は羅紗に殺されたの。
「……事故で死んだなんて、嘘をついてごめんなさい」
先ほどの羅紗の言動からうすうす予想はできていたが、やはり衝撃的だった。しかし、そうすると羅紗はケイトにとって、そして俺にとっても仇ということになる。
突然、ケイトが俺の胸に頭を預けた。彼女の目から涙がぽつりと落ちる。
「でも、私は九を失いたくない。九は……ほかの並行世界の九はみんな羅紗に殺された」
「ほかの世界の俺を……全員? なんでそこまで……」
「羅紗は……私を憎んでる。多分、九のことも。
「だから、九、羅紗には気を付けて。私と一緒のときは私が羅紗の能力を相殺できるけど、一人の時を狙われたら手も足も出ない」
そう言ってケイトは涙を拭い、俺に口づけをした。
「九は絶対に私が守るわ」
☆
「緊急発進部隊は健在だな」
ケイトに続いて横浜の貸倉庫へ入ると、組織の制服らしき白装束に身を包んだ男が話しかけた。
こいつはたしか人狼というコードネームだったはずだ。灰色の瞳に、名前のとおり、逆立った白髪から狼の耳が覗いている。
緊急発進部隊というのは、俺とケイトが私的に行っている救世活動に着目して付けられた通り名らしい。
「九が死んだなんて噂が流れていたから、心配したわ」
赤毛――赤毛を三つ編みで一つに束ねて肩に垂らした女性が、続けて言った。眼鏡を掛け、優等生といった感じだ。彼女は白装束ではなく、胸元が窮屈そうなシャツにネクタイをして、カーディガンを羽織っている。
その横では、頭の後ろで腕を組み、両足をテーブルに投げ出して男がふんぞり返っている。火種だったか。無精ひげを生やしたオールバックで、やかましくいびきを立てている。
他には――
俺は倉庫内を見渡す。
奥にあと二人。羅紗と、その横に喪服を着た男が立っている。こいつはケイトから事前に聞いた情報には含まれていない。異様なことに、能面――真蛇の面を被っている。不気味な男だ。
先日、羅紗と遭遇した日にケイトから説明を受けて、俺は組織に入る決心をした。積み木を崩すように世界を滅ぼす羅紗を止めなければならないと思ったし、なにより、あんな話を聞いた後でケイトを一人にしておくことはできない。
こうなった以上しかたないね――と、ケイトは絶対に自分から離れないことを条件として、俺が組織に入ることを認めた。
その後、俺が組織に入ってからほとんど日を置かず、ケイトから複数のチームで合同で任務に当たることになった旨を聞いた。事実上の組織の最強メンバーで構成されているらしく、こんなことは異例だとケイトは訝しんでいた。
とはいえ、ケイトから事前に説明を受けていたとおりこの世界の俺と面識があったメンバーがほとんどで、警戒するべきは羅紗と能面を被った喪服の男の二人だ。
「人狼、あいつは誰だ?」
俺は喪服の男に視線をやる。
「ああ、夜叉は九がいなくなってから入ったんだったな。ケイトも会ったことなかったか?」
人狼は俺のことを不審に思う様子はない。ケイトから聞いていたとおり気のいい奴のようだ。
「うん、私も初めて会う。羅紗と仲がいいの?」
「そうだな。たしか羅紗が組織に連れて来たんじゃなかったっけ。別に悪いヤツじゃないぜ、見た目はアレだけどな。……なんだケイト、まだ羅紗と仲悪いのか?」
姉妹は仲良くした方がいいぜ、と人狼は助言をする。その辺りの事情は組織内に広まってはいないようだ。もっとも、俺も詳しくは教えてもらえなかったのだが。この間の話からするとケイトと羅紗の間には因縁めいたものがあるようだ。そして、俺も少なからずそれに関わっている。
「それじゃ、今回はあの夜叉って男も含めてこの七人で任務に当たるのね?」
ケイトが人狼に聞くと、彼は首をひねった。
「うん? いや、ここにいる八人だぜ?」
俺は改めて倉庫内を見渡す。俺、ケイト、人狼、赤毛、火種、羅紗、そして夜叉。合計七人だ。
「? もう一人はどこに――」
「ここじゃーー!」
突然、顎に突き上げるような衝撃を受けた。
「うぐっ……な、なんだ?」
危うく舌を噛み千切るところだった。
「なんじゃ、ふざけてんのか? 儂に存在感が無いと侮辱してんのか?」
子ども――金髪金眼のやたら派手な格好をした女の子に頭突きをされたようだ。目を引くのは、頭から突き出た2本の角だ。
「あ、ごめん、神童ちゃんのこと忘れてた!」
どうやら、ケイトの説明漏れがあったらしく、小さすぎて俺の視界から外れていたみたいだ。この子もメンバーなのか。
「ふ、ふざけんなー! ケイトまで、儂のこと馬鹿にしよって……うわーん」
泣き出した。子ども扱いされるのが嫌みたいだが、どう見ても子どもだ。俺は子どもは嫌いじゃないのだが、接し方がよくわからないので苦手だ。
「あー、ごめん、神童、忘れてたわけじゃなくて――」
「その名前で呼ぶな!」
「……ぐっ」
再度頭突きを食らった。やはり子どもは嫌いだ。
「よしよし。二人は久しぶりにベルゼに会ったから、嬉しくて意地悪したくなったんだよな」
人狼が神童を抱き上げ、なだめる。
後からケイトに聞いた話によると、神童は自分のことを悪魔だと言い張っており、威厳がないのを気に病んでいるようだ。ケイトも子どもは苦手そうだ。
そんな感じで、俺は組織に入ることになった。色々と不安はあるが、まずは無事に任務を終わらせて羅紗を止める糸口を見つけなければならない。
★
「しっかし、これだけのメンバーを雇うたぁ、金かかってんな。今回の任務はどんな世界なんだ?」
任務の説明中、目を覚ました火種が言った。
「今回の時空転移先の座標はPZ-6724-B4よ……火種には難しかったかしら?」
話の腰を折られた赤毛は、にこりと微笑む。
「……チッ」
舌打ちをする火種を一瞥し、赤毛は俺を見た。
「そういえば、九の故郷じゃなかったかしら?」
俺の故郷……どういう意味だ?
「僕と姉さんにとっても思い出深い場所だね」
羅紗が意味深に呟いた。それに対し、聞こえていたはずだが、ケイトは無視を決め込んでいる。
「説明を続けるわね。さっきも言ったように今回の世界は異常事態に襲われているわ。任務の目的は、速やかに原因を究明し解決すること及び証拠品の回収よ。いつものように2人1組のチームでの行動を基本とする。
「今回の世界は一言で言えば機械が支配する世界よ。何らかの理由により機械人形が暴走している。機械人形に司令を出すメインシステムの異常が原因と予想されるわね。各自配布した資料には目を通しておくこと。何か質問はある?」
赤毛は説明を終え、倉庫内を見渡す。
「質問はないようね。では、各チーム時空転移して行動を開始して」
チームは俺とケイト、 人狼 と神童、赤毛と火種、そして羅紗と夜叉のようだ。
「よお、生きてたとはな。くたばったかと思ったぜ」
ブリーフィングが終わると、火種が俺に話しかけた。
「そっちこそ、元気そうで何よりだ」
突然、火種に胸ぐらを掴まれた。
「道具がねえと何もできねえ弱虫が、調子に乗るなよ」
かなり酒臭い。どうやら、火種が俺を敵視しているというのは本当のようだ。
「そうだな。今も道具はあるぜ」
「火種! くだらないことで九に絡むのはよしなさい!」
赤毛が声を上げた。まるで保護者みたいだ。
「先生が呼んでるぜ」
火種が眉間を寄せる。
火種! と再度彼女が呼びかけると、男は手を離した。
「フン……無能力者が。あの獣もそうだ。いつか始末する」
吐き捨るように言うと、火種は赤毛の元へ引き返した。
俺は周囲を見渡す。人狼が神童の世話に手を焼いている。それと、ケイトと羅紗が何かを話しているようだ。
すると、能面の男――夜叉が俺に歩み寄る。薄暗い場所で見ると能面はやはり不気味だ。
「お初お目にかかります、九さん。羅紗様から九さんとケイトさんの話はかねがね」
「あ、ああ」
俺は夜叉の後方に視線をやる。二人はまだ話しているようだ。……何を話しているんだ?
「任務中、ケイトさんから目を話されませぬよう。なにせあの2人は仲が悪いですからね。私たちでいらぬ衝突は避けましょう」
「……そうだな」
今のところ衝突を避けたいのはこちらも同じだ。しかし、この男の言葉を信用していいものだろうか。
「それでは」
夜叉は話を切り上げて引き返した。どうやら、後ろの話も終わったようだ。ケイトがこちらに歩いてくる。
「ケイト、羅紗と何を話してたんだ?」
「別に大した話じゃないわ。今回の任務ではほかのチームに不公平だしお互い煩わしいから、時間停止は無しにしようって言われたの」
「ふーん……」
もっと込み入った話をしていたように見えたのだが、気のせいだろうか。
「それじゃあ、九、行こっか」
ケイトは手を差し出し、俺はその手を握る。
「安心して。九は私が守るから」
ホワイトアウトする寸前、彼女はそう言って微笑んだ。