【Encounter With The Demon King】
1、2、3、4――
俺は無心に、続けざまに刀を振るう。
――12、13、14、
15匹。
目の届く範囲の小鬼をすべて斬り捨て、ふう――と刀を肩に当てて息を吐いた。
「おつかれ、九」
「おう、ケイトもな」
ケイトが時を止めて俺が小鬼を斬る、単純な作業だ。いい運動になる。
俺とケイトは週に一度のペースで並行世界を巡り、世界の危機を排除している。
当初抱いていた懸念は杞憂に終わり、最近ではケイトと一緒に様々な世界を探検することを楽しみに感じている。まあ、それも彼女の桁外れのPSI能力とこの刀のおかげなのだが。
この刀はケイトが持っていた三つ目の九器で、切っ先から柄まで象牙色一色をしており、俺は象牙刀と名付けた。とにかく切れ味が半端ではないのだ。今のところ試し斬りをした物体はすべて一刀両断している。
「それじゃ、次行こっかー」
「あいよ!」
俺はベスパにまたがり、ケイトの腰に腕を回す。彼女がアクセルを開けるとふわりと宙に浮かび、広大な鍾乳洞の中を自由自在に飛行する。
「しかし、倒しても次から次へときりがないな」
「だねー、そろそろかなり深くまで来たと思うんだけど」
この並行世界は突如発生した異形の生き物(俺は便宜上、小鬼と呼んでいる)からの攻撃を受け、人類滅亡の危機に見舞われている。小鬼は醜悪な外見をしており、悪意を持って人間を襲っているようだ。幸いまだ被害は拡大する前で、発生源である洞窟周辺の一部の集落が襲われたのみで混乱は広がっていない。
「お、あれかな?」
ケイトの声につられて、俺は前方を見る。
「ちょっと、変なとこ触らないでよ」
何やら洞窟の突き当りに地下へと続く穴があり、そこから小鬼どもが這い出しているようだ。どうやら、今回はあの穴を塞げばよさそうだ。
「……無視すんな!」
ケイトが急ブレーキをかけ、危うく俺は振り落されるところだった。しかし危機一髪、彼女の胸をがっちりとホールドして難を逃れた。
「よし、さっさと穴を塞いじまうか」
「ふん、九なんて小鬼に掘られちゃえばいいのよ」
そんなおぞましいことを言って、彼女は1人でこの場から離脱する。
「あ、おい……!」
まじか。ケイトのサポートがないと、今の彼女の言葉もあながち洒落にならない。
俺が戦慄していると、さすがに小鬼に俺の貞操を捧げるのは思いとどまったらしく、時間を停止してくれた。
そうなればあとは楽な作業だ。俺は小鬼どもを一蹴し、壁を切り崩して穴を塞ぐ。
「ふう、一丁上がり」
世界を救う仕事にも大分慣れてきたみたいだ。
☆
「それじゃ、九、また明日ね」
一仕事終えてケイトに元の世界まで送ってもらうと、日は落ちてすっかり暗くなっていた。
「やっぱり、泊まってこっかな」
と、彼女は名残惜しそうに階段を降りる足を止めた。時空を超えた付き合いと言いつつも、俺がケイトのうちに泊まったりその逆だったりで、一緒に居る時間が多い。
「そうしなよ」
俺が同意すると、彼女は満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、アオ連れてくるから、部屋片づけといてね!」
そう言って彼女は姿を消した。
最近は本気でケイトの世界に移住することを検討している。彼女の所属している組織に入れば、あちらの世界の戸籍などは用意してくれるみたいだし、彼女の暮らしぶりを見ていると給料もよさそうだ。
この世界の友人や家族とも会おうと思えばいつでも会えるし……ただ、ケイトは俺が組織に入ることに賛成ではないようだ。俺の身を案じてくれているみたいだが、俺からすれば逆に彼女の身に何かあってはと心配になる。
「……近々、そのことについて真剣に話し合わないとな」
ちなみに、ここのところ毎週行っている世界を救う活動は、俺はもちろんケイトもボランティアないし趣味としてやっているようだ。俺はてっきりそれが彼女の仕事なのだと思っていたのだが、どうやら仕事は別にあるらしい。
部屋の片づけを終えてバスタブにお湯を張ると、ケイトがアオを抱いて姿を現した。
彼女は突然俺の部屋に来るからうかうかしてられない。別にやましいことはないが、テレポートで音もなく忍び寄られるとびっくりするのだ。
「ぐふふふ、今日一緒に風呂入るか?」
念のため、これは俺のセリフではなくケイトのだ。
「……やだよ。うちのバスルーム狭いし、お前が1人で占領するんだから」
「なんだよー、ケイトちゃんの裸見れるんだからいいだろ。なー、アオ」
彼女はもう少し自重した方がありがたみが出ると思うのだが、別に不満があるわけではないので余計なことは言わないおく。
そんなふうに、俺はケイトと幸せな日々を過ごしていて、そんな日常がこれからも続けばいいと思っていたのだが、しかし、俺はまだ彼女のことを十分に理解しているわけではなかった。
★
羅紗に出くわしたのは、翌週の日曜日だった。
その日もケイトと二人で並行世界を探索していたのだが、いつもと違うことは、その世界はすでに滅亡したあとだったということだ。つまり、何らかの理由で滅びてしまった世界で、その原因を探るというのが今回の目的だった。
といっても、その世界は天変地異に見舞われたとしか思えない有様で、およそ文明と呼べるものは残っていなかった。隕石こそ衝突していなかったものの、地震、雷、火事、津波、竜巻という天災のフルコースを食らったようだった。
だから、そんな絶望的な世界で生存者を発見した時は、俺は心底驚いた。避難すべき安全な場所など存在しなかったであろう状況で生き延びるのは、奇跡以外の何ものでもなかっただろう。
その女性はショックのあまり感情を失ったような様子で、無表情に廃墟を歩いていた。場所はフランスのパリ・シャンゼリゼ通りの西側、今は残骸となってしまったエトワール凱旋門が建っていた辺りだ。
俺とケイトが世界を一通り上空から見渡したあと、ベスパを停めて休憩していると、その女性がふらふらと近寄ってきた。
シャギーのかかった黒色の長髪に、深い蒼色の瞳。服装はモード系というのだろうか、黒一色でフード付きのひらひらとしたアウターを羽織っていた。
容姿も含めて彼女の雰囲気は異様に感じたが、俺は特に警戒せずに彼女に歩み寄った。
大丈夫ですか――と声をかけようとした瞬間、彼女の方から俺に話しかけた。
「やあ……九」
得体のしれない不気味さを彼女から感じたが、すぐにケイトの住む世界での俺の知り合いなのだと思い当った。
ケイトのほかにも時空転移の能力を持つPSI能力者が少なからずいるという話は聞いていたし、組織の中には俺のことを知っている人も当然いるからだ。
「や、やあ」
とはいえ、どう受け答えすればいいものか。
「ケイトは、一緒じゃないの?」
ぼそぼそとした喋り方をする人だが、不思議と聞き取り辛いということはない。
「ああ、ケイトは――ちょっと周囲を探索に行ってる」
本当は用を足しに行ったのだが……周囲は瓦礫の山だ、満足のゆくところが見つかるかどうか。
「ふーん……でも、よく見つけたなあ。あらかた殺したと思ったのに。ケイトも頑張り屋さんだよね」
意味不明なことを言う。いまいち仲良くなれそうにない人だが、ケイト以外の能力者とも話してみたいと思っていたところだ。
ケイトは飛び抜けた力を持ってるということだが、その辺りのことを聞いてみようか。その前に彼女の名前を聞きたいところだけど、知らないというのはやはりおかしいだろうか。
「九! 離れて!」
突然、背後からケイトの叫び声が聞こえた。
振り返ると、彼女には珍しく切羽詰った表情をしている。
「離れろって……?」
「う、ふふふ、ふふふ」
すると俺の前で、女が心底おかしそうに笑い声をあげた。
ケイトが俺に駆け寄り、手を引く。不穏な雰囲気だ。
「心配しなくても今は殺したりしないよ、彼には作れないみたいだし……それより、隕石を消したのは姉さんだね? ひどいなあ、あれ呼ぶの苦労したのに」
「私たちに何の用?」
ケイトはあからさまに女を警戒している。そんなケイトの様子を見て、女は微笑む。
「別に……偶然会っただけだよ。今から帰るところだ」
「そう、だったらさっさと帰ったら。それとも殺されたい?」
ふふ、と女は小さく笑い、俺を見る。
「僕は羅紗。世界を滅ぼす魔王だよ……九、これからよろしくね」
そんなセリフを言い残し、女は姿を消した。
どうやら、これからケイトに聞かなければならないことが山ほどできてしまったみたいだ。