【Date In Her World】
「デートするぞ、九」
翌週の日曜日。突然、自宅にケイトが訪ねてきた。
「まあ、とりあえず上がってきな」
俺の部屋は普通のワンルームマンションだ。彼女がどうやって住所を調べているのかはわからないが、細かいことは気にしないことにした。また彼女の能力とかなのだろう。
「いいの?」
それじゃ、お邪魔しまーす、と彼女は部屋に上がる。
「九は彼女いないの?」
ソファに座ったケイトに麦茶を出すと、そんなことを聞かれた。
「今はいない」
半年ほど前に結構長く続いた彼女と別れたっきりだ。
「それじゃ、私と付き合ってよ」
と、唐突に言われた。
「うーん……まあ、やめとく」
「どうして?」
彼女は断られると思っていなかったのか、意外そうに理由を聞く。
「どうしてって、知り合ったばかりでケイトのことよく知らないし」
正直、彼女は俺の好みにストライクなのだが、存在が謎すぎる。新手の催眠商法……というか、催眠術にかけられている可能性も捨て切れない。超能力よりは催眠術のほうがまだ信憑性があるんじゃないだろうか。
「知り合ったばかりかー、まあ、そうかー」
彼女はソファの上で膝を抱え、残念そうに声を漏らした。やはり何を考えているのかよくわからない。まさか、本気で俺と付き合いたいと思ってるわけじゃあるまいし。
「まあ、いいや。デートで行きたいところある? どこでも連れてくよ」
どこでも連れてってくれるのか、それはかなり魅力的な提案だ。
デートなら前みたいに危険なことはないだろうし、彼女のことを詳しく知りたい気もする。
俺は少し考え、デート場所を彼女に告げた。
☆
今回で三度目になる時空転移を終えて瞼を上げると、その場所は一見して元の世界と変わらない並行世界だった。
「科学技術が桁違いに発達してるのかと思ったんだけど、そうでもないんだ」
「九の世界とほとんど変わらないんじゃないかな。脳科学の研究はかなり進んでるけど」
えへへへ、とケイトは嬉しそうに笑う。
俺は手を繋ぎっぱなしなのに気付き、手を放した。
俺はデート先として、ケイトの住む世界に連れて行ってもらうことにした。彼女の情報を集めることができるし、先週の驚くべき体験が夢や催眠術じゃないと確認するためだ。まあ、気付かないうちにまた催眠術をかけられている可能性はあるが、それはもう疑いだしたらきりがないだろう。それに、今回は注意して彼女の言動を見ていたが、怪しい動きはなかった。
「脳科学?」
「うん。九も知ってのとおり私はPSI能力者なんだけど、私のほかにも能力者が多い世界なんだ」
「へえ」
超能力者の住む世界か。色々な並行世界があるものだ。
「私、九と一緒に行きたいところがあるんだ、後ろに乗って」
彼女はオートバイにまたがり、俺にヘルメットを手渡した。
「つかまって!」
シートに座ると、オートバイは猛スピードで発進した。自動車の間を器用にすり抜け、首都高速3号線を疾走する。
125ccでは首都高速は走行禁止のはずだが、この世界は違うのだろうか。というか、このバイクは明らかに改造してある。原付のトルクではない。
渋谷出口で首都高速を降りると、彼女はオートバイを停止させた。
ここは――世界でも有数の歩行者量を誇る、渋谷駅前スクランブル交差点だ。
「どうしてここに?」
この場所の喧騒は、元の世界とまったく変わらない。
「ここは、私がこの世界の九と出会った場所なんだ」
彼女はオートバイから降り、赤信号にもかかわらず横断歩道を渡り始めた。
気が付くと喧騒が止み、静寂がスクランブル交差点を包んでいた。彼女はゆっくりと自動車の前を通過し、交差点のど真ん中で止まる。
「ここで――」
彼女は両手を広げ、俺を振り返る。
「車に引かれそうになった九を助けたんだよ」
「俺を?」
「うん、コーヒーを飲みながら交差点を見下ろしていたら、赤信号なのに飛び出した馬鹿なヤツがいて。慌てて時間を止めて助けたんだ。野良猫を助けるためって知ったときは、笑ったよ」
彼女が横断歩道を引き返して俺の隣へ戻ると、世界は喧騒を取り戻した。信号機は青に変わり、人々が一斉に歩き出す。
「私と九は婚約してたんだよ」
そうなのか。どおりで彼女が親しげに接してくるわけだ。
「この世界の俺は、じゃあ……?」
「うん……事故で亡くなったよ」
そんな衝撃的なことを言って、ケイトは寂しそうに微笑んだ。
別世界の自分が死んで涙を流す人を見るのは、なんだか複雑な気分だった。
★
その後、ケイトと渋谷でデートをした。
映画を観て食事をしてと、至って普通のデートだ。そして、彼女が推理物を読むこととか、好きな音楽だとか、そういったとりとめのないことを知ることができた。彼女の趣味は不思議なくらい俺と合っていて、ケイトとはつい先日出会ったばかりなのだが、まるで昔からの友人と一緒に過ごしているかのようだった。
でも、考えてみればそれは当たり前の話で、彼女はこの世界の俺と婚約までしていたのだ。気が合わないわけがない。
「今日はうちに泊まってきなよ。明日の朝、元の世界に送ってあげるからさ」
彼女から誘われて若干戸惑ったものの、俺はすでに彼女の魅力に惹かれていた。
これで結果、デート商法なのだとしたらいい笑い話だ。彼女の部屋でやたら高価なスーツだの絵画だのの購入を持ちかけられられるのだろう。しかし、もちろんそんな落ちはない……はずだ。
彼女の自宅は目黒の高層マンションだった。ドアを開けると、可愛らしい猫が玄関で彼女の帰りを待っていた。
「ただいま、アオ! この子が、九があの日助けた子猫だよ」
アオは俺の足にすり寄ってくる。グリーンの瞳に灰色と黒の縞柄をした猫だ。俺は詳しくはないが、猫はかなり好きだ。
「人懐っこいな」
「ふふ、九と会うの久しぶりだから、寂しかったんじゃないかな」
私もだけど、とケイトは俺に身体を預けた。
この一週間で人生観が引っくり返るようなとんでもない体験をいくつもしたが、不思議と違和感はなかった。のど元過ぎれば、ということかもしれないが、当初警戒していたのがバカらしくなるくらい彼女と一緒に居ることが自然に感じられた。
「九、どこにも行かないで……」
と寝言を言う彼女がとても愛おしかった。
しかし、こんな素敵な彼女を手に入れたこの世界の俺は、どんな奴だったのだろう。自分自身に嫉妬しても仕方ないかもしれないが。
ケイトの顔を見ながらそんなことを考えていると、彼女は目を覚ました。
「なに見てるの、エッチ」
「ち、違うって……この世界の俺は、どんな奴だったのかなと思って」
「どんなって?」
彼女は首をかしげる。
「ほら、たとえば、ケイトみたいに超能力を使えたのかなーとか」
彼女はうつ伏せにした身体を起こし、胸元が露わになる。
「九は私と同じ部隊でチームを組んでて、超兵器を作る天才だったよ。私と九はPSI能力者としてずば抜けてた」
俺も能力者だったのか……試しに聞いて みただけだったんだが。
「超兵器って、この前のバズーカ砲みたいな?」
「うん、私は勝手に九器って呼んでるけど。私が今持ってるのは3つだけで、残りの九器は九が死んだ後に世界中に散らばっちゃった」
「ふーん、でも、前聞いた話じゃあ九器は俺にしか使えないんだろ?」
使えないものを持っていても仕方ないと思うんだが、希少価値目当てのコレクターが集めているのだろうか。
「まあ、基本的にはね。でも、その人向けにローカライズしたものは別だけど。私のベスパも実はそうなんだよ」
あのオートバイもそうなのか。それじゃあ、超兵器と言うくらいだしただ速く走るだけではなさそうだ。
「俺とケイトがいた部隊って、並行世界を救う組織みたいなものがあるのか?」
「うーん、そんないいものでもないんだけど、PSI能力者を集めた組織みたいな感じかな……さっきからどこ見てんの!」
彼女に思いっきり枕で殴られた。
「なんか九って、この世界の九よりスケベかも」
「なに言ってんだよ、さっきまで自分から――ぐっ、こいつ!」
「キャーー、ケダモノ!」
そんな感じで、俺とケイトは時空を超えて付き合うことになった。