【 -Prolog- 】
「世界を救ってくれないか?」
いきなり、初対面の女の子にそんなことを言われた。
時刻は西暦二〇二三年五月二〇日午前四時三七分。
正確に記載したものの、この時刻に特に客観的な意味はない。
ただ、俺にとって世界が変わった瞬間だ。日常が崩壊した瞬間だ。
彼女との出会いを境に、俺の平和で、平坦で、うんざりするほど平凡な日常は終わりを迎えた。
少し時間を巻き戻そう。今から十分ほど前だ。
俺はわけもなく道路に仰向けに寝そべっていた。
正確には、都内を南北へと走る片側二車線の主要幹線道路の中央部に設置されたコンクリート製の構造物。つまり、中央分離帯の上に寝そべっていた。
それに、まったく理由がなかったわけではない。無性にそうしたくなったのだ。
最近、色々と気が重くなるようなことが続いていて――具体的には、彼女と別れたり、仕事が上手くいかなかったり。
そんな冴えない毎日に嫌気がさして、まだ車通りの少ない静かな道路に寝転びたくなったのだ。
肺を満たす夜明け前の冷たい空気とひやりとしたコンクリートの感触が心地よかった。
道路の両端を照らす橙色の街灯のせいで星は見えなかったが、群青色の空を眺めていると不思議ともやもやとした気持ちが晴れていくようだった。
そのまま瞼を閉じて寝そべっていると、突然声をかけられた。
「やあ、九、世界を救ってくれないか?」
くしゃくしゃとした栗色のボブカットに、人懐っこそうなくりっとした朱色の瞳をした女の子だった。
歳はおそらく二十歳前後で、薄茶色のサロペットを着ている。
どこかで会ったことがある――初対面のはずなのに、なぜかそんな印象を持った。
彼女は中央分離帯に立てられた反射板の上に立ち、笑顔で俺の顔を覗き込んでいる。
「私はケイト。君の力が必要なんだ」
彼女の頭上で、信号機が青に変わった。