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月の国のアイラ王女は、三人兄妹弟の真ん中です。
2つ上の兄が日輪王、3つ下の弟が月王を継ぐことが決まっているので、いずれお嫁に行くことになります。
王女も幼い頃から、それがわかっていました。兄弟のように王家の力を受け継いではいなかったからです。
万年新婚の両親のように旦那様と仲良くできるといいなぁ、と思っていましたが、父のいとこの結婚を見ていて、がぜん恋愛結婚にあこがれたのです。
アイラ王女、12歳のことでした。
恋愛結婚に興味を持ったアイラ王女は、既婚者になれそめを聞きまくりました。
すると、意外にも身近な人間に恋愛結婚が多かったのです。
アイラ王女は、思いました。
『これだけ恋愛結婚が多いんだから、私もできるかも知れないわ。ううん、できるはずよ。そうよ、私は、愛ある結婚をするのだわ!』
アイラ王女は、思い込みの激しい性格だったのです。
愛ある結婚をすると決めた王女は、更に考えました。
『いくら私が愛しても、相手に愛してもらえなかったら、愛ある結婚とは言えないわ。愛してもらうには、どうすればいいのかしら?』
王女は、困ってしまいました。
困っている王女に心配した年かさの女官が声をかけました。
「王女様、どうなされたのですか?何か心配事でも…?」
王女は、ハッと気付きました。わからない時は、人の知恵を借りればいいのです。
「知恵を貸してくれないかしら?私、未来の旦那様に愛されたいの。どうすればいいかしら?」
真剣な顔で聞いてくる12歳のアイラの様子は、とてもほほえましいものでした。
「まあ、王女様。お相手がお決まりでないのですから、どなたにでも愛される王女様におなりになればよろしいかと」
「誰にでも愛される王女…?」
王女は母親譲りの黒髪を揺らしながら、小首をかしげます。
「ええ。淑女としても妻としても完璧になるのです!王女様でしたら、どこかの王妃様になるかも知れませんから、そのお勉強もなさいませんと」
女官は、にっこりほほえみました。
王女は、女官の言葉を考えます。
確かに、自分のレベルを上げれば、皆から愛されそうです。しかも相手は選び放題。
「確かにそうね。わかったわ、先生を手配してちょうだい」
王女は、問題が解決したので、すっきりした笑顔です。
「かしこまりました」
女官は、王女に礼をして退出していきました。扉を閉めてから、にんまりと笑ったことに気付いた者はいません。
お勉強に身の入らなかった王女は、いつの間にか女官にやる気にさせられていました。さすがはベテランの女官です。
こうして、自分磨きに精を出すこと5年。17歳のアイラは才色兼備の誉れ高い王女となりました。
国内外から降るように縁談が舞い込みます。ですが、王女は一つとしてうなずきません。
「だって、ときめきがないんですもの!」
今日も届けられた写真釣り書きその他を一通り見たあとに、返却を指示します。
どうやら、恋愛結婚に対する憧れは、12歳の時のままのようです。
これには、女官も渋い顔です。うまいこと誘導して立派な王女になりましたが、このままだと、婚期を逃してしまうかもしれません。
幸い、半月後にある、王と女王の即位20周年の式典に各国の王族・貴族がやって来ます。そこで王女には候補の方々に、会いまくっていただこうと、女官は心に決めたのでした。
そして、式典前夜。
王女は、すでにほとんどの夫候補達と顔を合わせました。が、人数が多いのとスケジュールが詰まっているため、本当に顔を合わせただけです。まるで、流れ作業のようだと王女は思いました。
「いかがですか?どなたかお心に留まった方は?」
期待に満ちた女官に、王女は疲れた顔を向けました。
「いないわね~。段々みんな同じに見えてきたわ」
女官は、ガックリと肩を落とします。
「そうですか…。でもまだ皆さま10日ほど滞在されますし、これからお知り合いになられれば変わってきますわよ!」
「あ~、はいはい。じゃ、お休み」
「…お休みなさいませ」
女官はしぶしぶと退出していきました。
疲れているはずなのに、王女はなかなか寝付けません。あきらめて、起き出すと、庭へと降ります。
身体を動かせば、眠れるかもと、ストレッチを始めました。王族のたしなみとして、護身術を習った時に教わったのです。
段々調子が出てきて、動きが大きくなってきました。勢いよく腕を振り回したその時です。
「うぎゃ!」
何か生き物に腕が当たりました。
「きゃあ!」
とっさに防御の姿勢をとってから、確認すると、足下にお腹をかかえて苦しむ男の人がいます。
「あの…、大丈夫ですか…?」
王女がおそるおそる声をかけると、男の人はよろよろと起きあがりました。
王女より少し年上位の、おっとりとした感じの人です。上質な服を身に着けているところをみると、招待客のようです。
「あはは。大丈夫です~。すみません、近づいて」
「い、いえ。申し訳ありませんでした。故意ではなかったとはいえ、お怪我を…」
「気になさらないでください。それより、あの不思議な動きは、一体…?」
「み、見てらしたの?お恥ずかしいですわ。眠れなかったので、ちょっと運動を…」
「そうでしたか」
少し落ち着いたくと、王女は、なぜこの人物がここにいるのかが気になりました。
「あの、貴方はどうしてこちらへ?ここは、王族の庭ですけど…」
「あ、そうだった!あの、酔いを覚まそうと思ったら迷ってしまって…」
「お祝いにいらした方でしょう?では、こちらですわ。このまままっすぐいらしてください」
「はい、ありがとうございます。あの…このことはできれば内緒にしていただけると…」
「では、私の運動も内緒に…」
「お互い様ですね」
ふたりは、にこっと笑いあいました。
「ええ、お休みなさいませ」
「おやすみなさい」
男の人は、王女の言った道を去っていきました。
なんだか、おかしな人だったわ~と王女はほほえみながら、部屋へ戻りました。
運動をしたからでしょうか、あたたかくなって、眠くなってきました。布団をかぶってすぐに眠りに落ちます。
今日の疲れは、もう感じていませんでした。