臣下は主君を想う
「あっ、自己紹介すんの忘れてた。これから、しょっちゅう会うことになると思うから今覚えなくていいわ。そのうち覚えろよ。門にいたあいつとはあんまり会うことないだろうから、わざわざ教えねぇけど、聞きたい?俺はフィー。正式名称は長くて面倒だから、フィーで」
男はなかなかに重厚な扉の前に立ち止まったときに思い出したように言った。そして、そのドアを乱暴に叩いた。ふつう一番初めに自己紹介するものではないかとサムは思ったが、なにせロードの配下である。どうせろくな人間はいないだろうとサムは早くもあきらめた。イチはまたしても変な男の出現にひたすら沈黙で対抗した。
「連れてきたぞ」
しばらくすると中から扉が開いて、一人の女が顔をのぞかせた。いかにもいやいやといった顔を隠そうともしない不機嫌な表情であった。床にぎりぎりつかない長さのスカートに詰襟に手首までの袖、さらにその服の色は暗く、エプロンを纏っていることから、典型的にお堅い侍女であることが読み取れた。その全体像が見えたと思ったら、神経質そうに眉根を寄せ、フィーを一瞥して、扉を閉じようとする。
「待て待て。嬢様から頼まれていた奴らだ。何も言わずに閉めようとするなよ」
フィーは慌てて、扉に手を挟んだが、侍女は素早く扉を閉めようとして、フィーの手は扉に挟まった。
「痛ってぇ。本気で扉を閉めようとするなって。お前の大好きなお嬢様の所望の品を届けに来ただけだろ」
フィーは挟まれて赤くなった手でそのまま扉をこじ開けた。ゆっくり扉が両者が力を込め合っているので一進一退しつつも、さすがに女性の力より、フィーの力の方が強かったのか、扉は開いた。
「そのくらい避けられないのですか。騎士の名折れですね。一から訓練をやり直したほうがいいんじゃないですか。それにいくらお嬢様がお望みでも、お嬢様に害のなしそうなものはなるべく遠ざけるのが臣下の務めというものじゃないですか。それをのうのうとよくどこの馬の骨とも知らぬものを連れてきますね」
扉が開くと矢継ぎ早に侍女はフィーを責め始めた。
「ほら、我らが主君には深いお考えがあるんだろうからね、そこは口をはさんじゃいけないんだよ。嬢様の好きにさせてやるのが臣下の務めっていうやつだよ」
二人が丁々発止のやり取りを始め、イチとサムは二人のやり取りについていけずに無言を貫くしかなかった。