88話 学校でやるゲームの楽しさは普段の3割増し
学校が襲撃された、ついに人の死を目の当たりにした、家族が増えた。
しかし、それでも俺の、羽原 秋一の周辺には全くと言って良いほど変化が無かった。
「うを、色零度持ちとか。 どこで手に入れたん?」
「同居人に貸してもらってるだけだけどな。 やっぱり居座りを許さないのは強いよな」
「秋一変なところで運があるからなぁ……こういう運ゲに持ち込まれるとしんどい」
放課後、昨日と変わらず日差しの気持ち良い生徒会室で千里とフトモンの最新作の対戦に興じていた。
ヨウから借りた驚異の耐久を誇る準伝説モンスターで、千里自慢のアタッカー連中をガンガン流しまっていた。 通常3割くらいの成功率しかない即死技がこの勝負に限っては5割を越える成功率を以って千里のパーティを追い詰める光景はどこか理不尽なものがある。
「ちょ、先生はらめぇ!」
「……しかもクリーンヒット。 まさかの3タテとは」
「熱帯だったら亜空切断余裕でした……」
あまりにもあんまりな決着に、千里は床に膝をついて四つん這いになってがっくりとうなだれた。 確かにこんなクソ運ゲーで負けたら不貞腐れたくもなるだろう。 俺が千里にこんな勝ち方されたらもうお嫁に行けないような目に遭わせている事請け合いだ。
と、アホみたいに盛り上がる俺達を夏芽と本橋先生が実に生温かい目で見守っている。
「先生としては学校でこうも堂々とゲームしているのってどうなんですか?」
「うーん、止めた方が良いんでしょうけど……どっちも成績優秀だから止めづらいのよ。 その上、今日は生徒会の仕事が特にないでしょ? 広報誌の作業はまだ余裕があるし、部費関係は大体片付いちゃってるし……」
「そう言う問題じゃないと思いますけど。 もっとこう、学校でゲームするなー、どかーん!みたいな感じで行けば良いんじゃないですか?」
「そう言われても、本職先生じゃないから」
「校則を守る気が微塵もない生徒会役員って正義の味方的にアウトじゃないんですか?」
「鉄パイプ片手に夜の港に繰り出すのも校則違反だったから……」
そう言って、窓の向こうに広がる青空を眩しそうに眺める本橋先生。
大体想像はついていたが、若い頃は(今も若いが)中々にやんちゃなお人だったらしい。
「夏芽もやるか? 会長も始めるし、うめ先輩も弟の付き合いでやってるらしいぞ」
「うーん、どうしようかなぁ……」
俺と千里の顔を交互に見比べながら首をひねる夏芽。
確かにゲームとしては子ども向けのイメージが強いから、高校生くらいでプレイするのは微妙に敷居の高いゲームではある。 何故か大学生になると急にプレイヤー人口が増えるらしいが。
俺としても夏芽と共通の話題が増えるのなら大歓迎だが。
「夏芽ちゃんと共通の話題が出来るんなら私は大歓迎だけど」
思考がものの見事に千里と被った。
しかし、千里の説得にも夏芽はあまり乗り気でない様子。
「今更アーリーで情報が抜き取られるのが嫌だって言っても仕方ないぞ? 持ち歩くだけでも、と言うかユーザーのフレンドの情報から、下手すりゃアーリーを使わない事さえも情報収集の対象になるだけなんだからさ」
「うん、それは分かってるんだけどね……」
まあ、夏芽の場合、事情が事情だけに仕方ないっちゃ仕方ないか。
むしろ、販売元の実態を知ってしまっているにもかかわらず、同様の拒否反応を示さずいまだにアーリーを使い続けている俺や千里、組織単位で見れば敵ですらあるのにお構いなしに情報をくれてやっている本橋さんの方が異常なのかも知れない。
特に千里。 電子マネーに頼りっきりで現金を殆ど持ち歩かない……と言うか、何週間も現金に触っていないなんて事を口走りかねない。 しかも、電子マネーを現金に交換する手段は表向きには存在せず、あまり宜しくない方法での交換は足元を見られる。
そんなテロリストまがいの連中に半ばライフラインを握られているような状態で一人暮らしやってるってんだから、タチの悪い冗談だとしか思えない。
「でも、せっかくなら夏芽にもこの面白さを共有して欲しいってのは俺も同じだからな? 別に個体値粘ってやり込まなくても、バーチャルペットとして連れて歩く事も出来るしな」
「むしろ、女の子のユーザーだとそっちの楽しみ方の方が多い」
と、補足しつつ千里は通信を切断。 手持ちの一覧画面を経て、パーティの中で一番可愛らしいモンスターのステータス画面へ。 AR表示機能をオンにした上で、そのモンスターをパーティの先頭へと移動させる。
下準備を終えると、愛用のアーリーを手渡す。
受け取った夏芽は言われるがままにアーリーの画面を覗き込む、カメラ越しの風景に目を凝らした。
「あ、何かいるー!」
夏芽の視線の先にいるのはピンク色の丸っこいモンスター。 お腹のポケットの卵を大事そうに抱えている。 若干物理法則を無視した2本の短足でよちよちと歩く姿はあざといことこの上ない。
もっとも、見てくれこそあざとさマックスのこの丸っこいモンスター。 特殊攻撃に対して気持ち悪い程の耐久性を誇り、フトモンユーザーのトラウマとも言える存在だったりするのだが。
そんな事は知る由もない夏芽はなつめちゃんじゅうろくさいモードに突入。 きゃっきゃとカメラでモンスターを追いかけている。
もはや完全に丸っこいフォルムの虜のようだ。
「で、夏芽もやるか、フトモン?」
「うんっ!」
文字通り二つ返事。 そりゃあもう、実に素敵な笑顔で首を縦に振った。
この子、悪いおじさんにころっと騙されたりしやせんだろうかと不安にさせられるくらいの即答っぷりだった。
隣で千里が何とも言えない困った風な表情を浮かべている。
言わんとするところは良く分かるが、こればっかりは俺にもどうしようもない。
「まあ、結果オーライってことで……」
雄弁過ぎる千里の言外の意思表示に、申し訳程度に肩をすくめつつ苦笑いで応じた。