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電脳世界ディストピア  作者: OTAM
1章 むやみにイベント盛りだくさんなある日の出来事
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6話 最近のパソコンの性能の向上速度が異常過ぎて買い替え時が分からない

「アレはアーリーの、ARの映像だよな?」

『その通りよ。 アナタも知ってると思うけどアーリーはあっちこっちに設置された基地に加えてアーリー同士でネットワークを繋ぐ事で地下街みたいな電波の届きにくい場所でもネットに接続できる』


 彼女の話は要するにニューロンの説明だった。

 インターネットのようなものだが、丸ごと新天寺社の独自規格、つまりアメリカで誕生し、今や世界を席巻しているネットワークシステムの文脈から完全に独立している上に、電波とゲーム機を利用する事で極めて低いコストで作り上げられたネットワーク。

 それが、アーリーが全く新しいインフラと呼ばれる一番の要因でもある。

 もっとも、電波に依存するところが大きいが故にどうしてもアーリー間の距離が開きがちな田舎ではそのパフォーマンスを存分に発揮出来ない等の弱みはあるのだが。


『で、その機体同士のネットワークと演算処理の為に結構なメモリを消費しているから同世代の他のゲーム機に比べて性能が低いの』

「ああ。 それでメモリの一部を貸し出す謝礼として基本報酬の1000円が約束されているんだよな」


 ちなみにこの基本報酬、いつ届くかは月の最後の10日の間と酷く曖昧だったりする。

その上、電源を切っている最中に送られてきた場合にはその報酬を受け取れない。 なおかつ後払いはお断り。 アーリーを最初に起動した際にそんな契約に同意させられる。

 とは言え、スリープ状態であっても電源さえ入っていれば受け取れるから、大した問題にはならないのだけど。


『でも、その消費しているメモリってニューロンの構築や維持のためにしては明らかに多過ぎるのよ。 本当にその目的だけに使えば今の二割もいらないわ』

「それはたまに聞くな」


 もっとも、ソースは主にネットとかだけど。

 それだけなら完全に都市伝説の部類として一笑に伏してお終いである。

 ただ、千里も同じようなことを言っていたからある程度の真実は含まれているのだろうとは思っていたのだけれど。


「で、その話はさっきの映像の説明にかかって来るんだよな?」

『もちろんよ』


 その一言で余計な分の使途が何となく予測できてしまった。


「まさかとは思うけど、その過剰な8割を束ねたネットワークを超強力なスパコンとして貸し出している、なんて言うんじゃないだろうな?」

『本当に鋭いわね。 ちなみに、今日フトモンの大会がここで開かれるのもより高性能なスパコンを調達するためね。 ストフェスと合わせてこのエリアにある数十万台のアーリーが集中しているわ。 勿論、いざとなれば基地そのものや基地を経由して遠隔地のアーリーを動員することだって可能よ。 他のアーリーを経由する分余分な要領を消費する事になるけど』

「で、どのくらいの演算能力になるんだ」

『今、ここの周辺にあるアーリーの合算? それとも日本中のアーリーを総動員した場合?』

「ここの周辺で」

『1台当たり180で、今この辺りにあるアーリーの総数を50万と仮定して、基地のコンピュータも含めて考えると……ざっと20ペタフロ?』

「基地のコンピュータとやらもさり気なくスパコンレベルか……って、この辺一体だけで50万台もあるのかよ」

『で、日本中のアーリーの演算能力を結集すると基地も含めてエクサの大台に突入するわ』


 あまりの単位に驚くよりも呆れ返り、思わずため息が漏れる。

 まるでヨタ、いや与太話を聞いているようなそんな気分になってきた。

 しかし、そのジャンプ漫画ばりにインフレした単位の真偽がどうあれ、その凄まじい演算能力とARで培われた映像技術をろくでもない事に転用している不届きものがいるという事実は変わらない。


『もう気付いているでしょ? その演算能力を誰が売って、誰が買っているのかも』


 売っているのは新天寺社だ。 これだけ大掛かりな仕様とあっては一部のものの暴走とは考えにくい。 アーリーを発表するそのずっと昔から、こういう裏の稼業を視野に入れて事業を展開し続けていたのだろう。

 そして、買っているのは先の巨大建造物のようなもの――今までに実物を見た事はないが恐らくミサイルだろう――に関する情報を必要とするような連中だ。 そんな勢力、国家を置いて他には存在しない。 さも無ければ大国を相手取って戦うテロリストか、世界を裏で牛耳る秘密結社の構成員の死の商人とか、そういった現実ではなるべくお目にかかりたくない類のろくでもない連中と決めつけて差し支えなさそうだ。

 ついでに言うならばあのミサイルの爆発。 あれは尋常の兵器のそれとはとてもじゃないが思えない。 全く根拠のない推論、いや妄想に近いがアレはきっと――核兵器。


「ふざけたシミュレーションのための道具の管理を知らない内にさせられてたって訳か」

『そうね。 で、その見返りが1000円から電子マネー』


 アーリーは結構高価で、発売から数年経った今でも3万近くする。

 充電にかかる電気代、新作や有料のアプリにかかるコストを考えれば、投資分を回収できる人は思いのほか少ない。

 それに加えて宇宙、大気圏内、水中、地下とあらゆる空間で禁止されている核実験が未だ禁止されていない仮想空間を提供する事での多額の見返り。

 それが、最低金額で考えても年間千億単位という狂気じみた電子マネー供給のからくりなのだろう。

 個人の思想も信条もあったもんじゃない。


「確かに知らない方が幸せな部類の事実だな……」

『でしょう? 声をかけておいてこんな事言うのもなんだけど、何も見なかった事にしたって別に恨みはしないわ』


 最初の態度からは想像もつかない言葉だった。

 あの時は彼女も相当切羽詰まっていた、といったところだろうか。

 ……何にしても、俺の心はとっくに決まっているのだが。


「で、結局のところ君の望みはなんなんだ?」

『聞いて、くれるの?』

「どうするかは聞いてから決めるけどな」


 俺の言葉に驚きを隠せないと言った様子を見せる夏芽。

 パチパチと2度まばたきをして、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。

 それからどこか凛々しい雰囲気を纏った顔立ちには少し似合わない柔和な笑みを浮かべたまま、深呼吸をひとつ。

 ゆっくりと、これから話す内容を吟味しているかのように口を開いた。

 それはARの中に閉じ込められた少女の、日本屈指のリーディングカンパニーの裏の顔を知る少女の、あまりにもささやかな願いだった。


『……兄さんを、止めて欲しいの』

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