82話 ※放置されたバイクはスタッフが美味しく頂きました
「凄いわねー。 まさか、一介の高校生がここまでやるとは思わなかったわ」
運転席の女を外に引きずり出し、ヨウの拘束を解き終えた直後、いかにもなライダースーツとヘルメットを装着してえらく厳ついバイクに跨った女性が姿を現した。
校門のそばにバカでかいバイクを停めている彼女の背丈はミリ子さんや本橋さんと比べれば低い方だろうが、一般的な女性としては十分高い部類に入るだろうか。
しかし、密着度の高い衣装が露わにする体のラインは一般人のそれではなく、鍛え抜かれて引き締まっている。 間違いなく本橋さん達と同じ世界に身を置く人だろう。
彼女は、眠っているヨウを抱きかかえたまま車から降りた俺の方へと何の遠慮も無く歩み寄って来た。
「……本橋さん側の人か」
「鋭いわね。 どうして分かったのかしら?」
「無防備過ぎるからかな。 って言っても分からんでしょうけど」
彼女がもしも新天寺社側なら、ヨウの影響を気にしてもう少し距離を開けるだろう。
しかし、そんなことをご丁寧に説明する必要も無い。
場違いなくらい温厚な笑顔を貼り付けたまま、彼女は回れ右してワンボックスカーの方へ。
「気持ちは分かるけど、そんなに警戒しないで。 私は後始末に来ただけなんだから」
「その後始末の意図する所が分からないから警戒しているんですよ」
「つまり、その子に手を出さないかって話よね? 本当ならきちんと保護すべきところなんでしょうけれど、あなたが責任を持って面倒見れるのならそれでも良いわよ」
彼女の言葉を鵜呑みには出来ない。 が、基本的には信用して良いはずだ。
実際、俺や夏芽だって保護されているようなものだし、その上できちんとある程度の自由を保障してもらっているのだから。
しかし、その一方で車に取り付けられた機械。 これとヨウの能力を組み合わせることで学校内の生徒ほぼ全員を気絶させてしまう程の威力を発揮するという事実。 それらが示すヨウの価値を考えると、安易に引き渡して良いものかという不安は拭えない。
だが、彼女が言うように俺にヨウの面倒が見れるかと言われれば難しい……というか、ほぼ不可能だ。
まず、自宅に連れて帰ったとして流石におおらか過ぎる我が母上でも「殆ど面識のない年頃の女の子を居候させて下さい」なんて頼みを受け入れてくれるとは思えない。 万が一にも受諾されたら俺は母親を連れて病院に駆け込まねばならないだろう。
ある程度事情を把握している夏芽や千里の家で預かってもらうというのもヨウの能力を考えると結構な危険が伴う上に、やっぱり現実的じゃない。
本橋さんや会長達に関してはそれぞれが新天寺社や謎の組織に通じているので論外だろう。
しかし、半ば俺に押しつけるように彼女を託したジンさんは胡散臭い組織にヨウを預けることを望むだろうか?
「……先に片付けて来るから、戻ってくるまでにどうするか決めておいてね」
じっと目を合わせたまま沈黙を保つ俺を置いて、彼女はいつの間にやら取り出した袋を手に校内へと入って行った。
少しの間呆然としていたが、彼女の“片付け”の手際の良さを目の当たりにして我に帰り、腕の中で呑気に寝息を立てている彼女の顔を眺めながら考える。
やはり、彼女の言う通りにすべきだろうか?
確かに多少なりとも悪用の可能性は残る。 それも生身の人間を兵器の部品にするようなかなり悪質な可能性だ。 しかし、それでも新天寺社に、テロリストまがいの団体に使われるよりはマシだろう。
それに俺もヨウも同じ組織の監視下に置かれるのであれば、面会の許可も比較的容易に取れるはずだ。
――なんて自己欺瞞に走るつもりは当然ながら毛頭ない。
「なあ、夏芽?」
『何? っていうか、どうなったの?』
「身の安全は確保出来た。 ただ、ヨウを本橋さん達の組織に託すか、それとも俺達で預かるかって問題が新たに出てきた」
『そんなの、預けるしかないでしょ? 家族と暮らしているアンタの家で預かる訳にも行かないし、アタシや千里ちゃんはあの子に近づくだけでも危険なのよね?』
「普通に考えればそうなるよなぁ……」
先の女性もそう結論付けた上で話を進めようとしていた。 が、同時にその余裕こそ彼女の悪手だという確信もある。
確かに常識的に考えれば我が家に連れ帰るなどあり得ない。 しかし、だからこそ試す価値がある。
果たして見ず知らずの女の子を連れ込んだくらいでは微塵の動揺も見せないうちの母が、突拍子の無い同棲の申し出に対してどんな反応を示すか。 何やらこんなふうに言うと悪ふざけのようにも聞こえるが、もしかしたら……と考えていない訳ではない。
たとえば何かしらの事情を察した上であえて詮索しないでいてくれる可能性が無いとも限らない。 我ながら随分と都合のいい甘えた発想だとは認識しているし、下手をすれば家族を巻き込む時点でどうかしているとは思う。 が、それでも何もせずに言い訳を並べて納得する気にはなれない。
そう結論付けたところで、校舎から出てきた本橋さんがライダースーツの女性と合流した。 双方の態度から察するに、どうやら彼女は本橋さんよりも立場が上らしい。
軽い会釈の後で、結局ただ一人気を失わずに済んだ襲撃者の女と電撃を浴びて気絶した男を連れ立った本橋さんが俺達の方へとやってきた。
「肝心な時に何の役にも立てなかったわね……」
「今回ばかりは仕方ないと思うよ」
「そう言ってくれると助かるわ。 気休め程度だけどね」
襲撃者2人と、車のそばで倒れている女の3人をさっきまでヨウを拘束していた拘束衣を用いて器用に縛りあげて車内に放り込む。
それから、すぐに俺に背中を向けてもう一度校舎へと駆けて行く。 恐らく、校舎内で倒れた2人を連行するつもりなのだろう。
その間、手持ち無沙汰の俺は拘束された連中を監視する。
とは言うものの、彼女らに抵抗の意志は無いらしく、憮然としたまま後部座席に腰かけているだけで、大人しいものだ。
ちらりと先のライダースーツの女性の方を見る。 既に頭部が半分近く吹っ飛んだ男の死体の処理を終えたらしく、かつて敵だったものは大きな袋に行儀よく収まっていた。
彼女は重たそうにその荷物を持ち上げて、えっちらおっちらとこちらに向かって来る。 そのすぐ後ろに、残る2人を肩に担いた本橋さんが続く。
「それで、結論は出たかしら?」
「ああ、やれるだけの事はやらせて貰う。 アンタ達に預けるのはそれからでも遅くないだろう?」
「随分と面倒くさいポジティブシンキングねぇ……そう言うの、嫌いじゃないけど」
そんな風に応じたライダースーツの女性の口調は意外そうな、そのわりには楽しそうでもあった。
このくらいの返事は最初から想定していた、と言うところだろうか?
そんな俺の疑問を余所に、彼女は既に荷の入った袋を後部座席に放り込み、ワンボックスカー付近に転がっているもう一つの死体も片付け始める。
すぐ傍にとんでもない荷物を置かれた襲撃者の女が短く悲鳴を上げるが、全く取り合う気配を見せない。
何と言うか、なかなかに厄介な人が配属されてきたもんだ……。
「本橋さんだけだったらチョロかったのに……」
「失礼ね……と言いたいところだけれど、お局様相手じゃそう言われても仕方ないか」
俺の横に、ヨウの能力を機にして少し距離を置いて立つ本橋さんが、お局様とやらの荷づくりを見守りながらため息を吐いた。
それから、一呼吸置いて俺の方へと目線を向ける。 その眼差しは真剣そのもの。
「それで、本当にその子を預かるつもりなの? 前に言ってた例の物騒な能力の子ってその子よね?」
「ええ、まあ」
「私達のこと、信用出来ない?」
「……ええ、まあ」
正しくは本橋さんは信用しているが、属する組織が信用出来ないと言ったところなのだが、言い訳がましくなりそうなのでその説明はしなかった。
そうこうしている内にライダースーツの女性は荷造りを終え、ワンボックスカーに乗って去っていった。
「それじゃ、あなたが良い結果を出せることを祈っているわ」
去り際に、そんな言葉を残して。
彼女が立ち去った直後、ヨウが妙なうめき声と共に気だるそうに目を覚ました。