77話 学校にテロリストがやってくる妄想をしたことのある人、素直に手を挙げなさい
退屈な程に平和。 その日はそんな言葉は実にしっくりくる一日だった。
朝起きて、風呂に入って、朝食を食べて、家を出て。
授業を受けて、休み時間に今宮や森宮と駄弁って、昼休みには生徒会室で会長やうめ先輩と昼食を取りながら仕事を進めて。
放課後には再び生徒会室に集まって、仕事を済ませて、のんびりとティータイムと洒落込む。
夏はもうすぐそこにまで迫っているにも関わらず、気候は適度に涼しく、しかし差し込む日差しは暖かい。
果たして昼寝をするのにここまで適した日は1年を通してどれだけあるのだろうか?
「あー、ねむ……」
そんな事を考えているのはどうやら俺だけではないようで、会長やうめ先輩、千里はおろか本橋先生や夏芽さえもあくびを一生懸命噛み殺していた。 否、会長は何のためらいも無く大あくびをしていた。 正義の味方も、悪の秘密結社の末端構成員も、皆等しく眠気を誘う……神様って奴は本当に平等だなぁ、なんて信じてもいない絶対的存在に想いを馳せる。
それにしても、本当に平和だ。
またしても盛大に大あくびをかましながら、何の気なしの窓の外を見やる。 運動場では運動系の部活の生徒達が元気良く駆け回り、顧問の先生達が大声を上げて彼らを叱咤激励している。
どこをどう見てもなんて事のない日常の風景だ。 ただ一つ、校門の前に見慣れない車が止まっている点を除けば。 それだってなにも珍しいものではない。
あくまでも、その自動車に妙なアンテナが取り付けられていなければ、の話だが。
いわゆるワンボックスカーである事以外、遠巻きからではメーカーも車種もさっぱり分からりゃしない。 車関係のアプリを起動させてみればそれらが分かるだろうが、何もそこまでして知りたい情報でもない。
ただ何となく「変な車だなー……」と必要以上の存在感と、それに匹敵するだけの違和感を伴った見るからに後付けといった風情のアンテナを凝視していた。
結論から言えば、たまたまそれを目ざとく見つけて、何となく眺めていたのは俺にとっては幸運な出来事だったと言えるだろう。
何の前触れもなくアンテナがこちらを指差す。 それが全ての始まりだった。
その微かな挙動を契機に校庭の活気がものの見事に消滅した。 具体的に言えば、校庭で活動していた運動部の部員達が、何の前触れもなく運動場の砂の上に倒れ伏した。
面倒くさいことになったな。 情報が少なく、詳しい状況はさっぱり分からない中で、漫然とその確信だけが脳裏をよぎり、自分の意志とは無関係にため息が漏れた。
覗き込む為のわずかな隙間だけを残してカーテンを閉め、それから生徒会室内へと目を向ける。 案の定、と言ってしまって良いのだろうか、室内にいるメンツは一人残らず意識を失っていた。
とっさに室内を見渡すように視線を走らせる。 中空に浮かぶ影が一つ。
いつぞや散々お目にかかったでんでんタウンのマスコットキャラ――の姿格好になったニューロン潜航中の夏芽。
「お前、何やってんの?」
『何って言われても、いきなり意識が遠のいたから思わず使っちゃったのよ』
「いきなり?」
改めて問いながら、カーテンの隙間から外の様子を伺う。
ワンボックスカーから男が5人と女が1人、歩道へと降り立ち校門へと歩いて来る。 一見すると学生のグループにも見える若い集団だったが、彼らの手には何とも物騒な代物が握られていた。
俺だけ例外の謎の集団昏倒、そして学校を襲撃する物騒な武装集団。 これらの意味するところは……
「どう考えても俺狙いだよな。 うやむやの内に解決してくれるのが理想的な展開だったんだけどなぁ……というか、まさか学校にいるのを狙って襲撃してくるとは思わなんだ」
或いはこの集団昏倒こそ国家の圧力をはねのける為の切り札という事なのだろうか?
脳裏に色々と疑問と推測、憶測が飛び交う。 しかし、今は降りかかる火の粉を振り払う方が先だろう。 とっさに会長の制服のポケットをまさぐって、取り出した彼女のアーリーを起動させた。
「夏芽、この中から新天寺社に関係するアプリを探して起動させてくれ」
『それって、会長のアーリーよね? 新天寺社関係って……』
「説明は後でする。 とにかく急いでくれ」
『……分かった』
その言葉に納得いかないながらも従ってくれた彼女のARアバターが視界から消えた。
こっちの作業は夏芽に任せ、俺は例の一団の監視を再開する。 ここのカーテンだけが不自然に閉まっているのを見ればあちらも不自然に思うだろうが、新天寺社の関係者だとすれば連中にはアーリーや監視カメラにアクセスする手段がある可能性が高い。 そんな連中を相手にただ隠れる、逃げるという選択肢が有効だとは思えない。 なりふり構わず逃走を試みれば交番に駆け込むくらいは出来るかもしれないが、警察官にあの電波をどうにか出来るとは到底思えないし、短時間で事情を説明出来るとも思えない。 大体、ここで逃げたら気絶している生徒や教職員全員が人質にされてしまうかも知れない。
となると、残る手段は排除するか、外部のもっと強力な組織に助けを求めるかの2つになるのだが……
「くそっ、繋がらないか」
どうやら毒電波と一緒にジャミングもしてくれているらしい。 アーリーもスマホも学校の外とは繋がってくれなかった。 夏芽がこうしてAR化して活動できるのも、狭い範囲にアーリーが密集しているこの部屋の中に限られると考えるべきだろう。
となると、残された選択肢は……
『秋一、終わったわよ』
――戦うしかない。
そんな世迷言に等しい結論が脳裏をよぎった直後、夏芽のARが戻って来た。 同時に視線の向こうの武装集団が携えている物騒な代物の情報が表示される。
【The Watcher】
【Brionac 200】
【Mjollnir 300】
The WatcherとMjollnirなる武装に関しては以前にも見たことがある。 前者はアーリーにアクセスして情報収集を行う為のインカムヘッドセットとゴーグルが組になったもので、後者はスタンバトンだったか。
そして、最後の一つBrionac 200と表示されたものは、ショットガンに似た形状をした武器であり、見た目通り弾丸を射出するためのものだろう。
「Brionac……ああ、ブリューナクか」
ブリューナク。 ダーナ神族の太陽神が所有する槍で、勝利を約束するだの、必中属性だの、投げると稲妻になって飛んでいくだのと言われている。 勿論、前二つはとてもじゃないが科学技術では再現不可能だから、名前の由来に意味があるとするならば最後のものが妥当だろうか。
ミョルニルもそうだったが、名前のセンスから察するに殺傷を目当てとしたものではなく、いわゆるテイザー銃という奴だろう。 魔眼持ちに向ける武器としては、かなり悪意を感じる選択ではあるが。
彼我戦力差は少なく見積もっても1対6。 その上、こっちには武器らしい武器も無い。
本橋さんやうめ先輩の荷物やポケットを漁ってみるものの、残念ながら武器になりそうなものは見当たらなかった。 状況が切迫していなければもっとこう色々夢いっぱい胸いっぱいにアレコレ出来たのに、なんて馬鹿なことを考えつつ、もう一度運動場に目を向ける。
6人の若者は3人1組を作り、二手に分かれて今まさに校舎へと駆け出していた。