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電脳世界ディストピア  作者: OTAM
4章 新キャラ続々の新章、果たして作者はこの数のキャラを捌けるのか!?
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73話 技術には実現と実用の2段階でそれぞれブレイクスルーが求められる訳だが、後者のそれを引き起こすのは概してエロであり、3つ目の壁である普及もこれによって達成される

 アーリーのARを表示する機能を備えたツールは多種多様に存在する。

 当たり前と言えば当たり前のことなのだが、ARという技術自体はアーリー専用ネットワーク“ニューロン”とは今のところ何の関係も無い代物である。

 それ故、ARのデータを受信するコンピュータと外部の風景を映し出す装置、そして風景とデータを同時に出力可能であればその形態を選ばず、AR用カメラとして利用出来る。

 真っ先に思い浮かぶツールはそのものズバリ、ビデオカメラであろう。

 1つのディスプレイにビデオカメラから入力された映像と、他から引っ張ってきた何かしらの映像を重ね合わせれば簡単なARの出来上がり。

 このくらいならば子どもでも再現可能だろう。 しかし、リアルタイムの同期性を求めるとなると、どうしてもビデオカメラで片手が塞がるデメリットが目に付いてしまう。

 たとえばさっきのカメラで直接取り込んだ映像と、他の映像の重ね合わせ。 これを指してARだと言うのは間違いではない。 が、家に帰って動画編集でこれをやったところで、それはもはやARとは言えないだろう。 そこにあるのは過去の記録でしかなく、重ねられた映像はもはや写真に書かれた撮影日程度の意味しか成さないのだから。

 そしてリアルタイムで情報が欲しい時は手がふさがっていることが多いものだ。

 典型的なのが車を運転している時。 わざわざ車を止めて地図を開くのが億劫だからこそカーナビなんてものが普及している訳で、ARを用いたナビゲーションシステムとなると「一瞬カーナビを見る」作業を省く方向に発展する必要があるだろう。

 そうなった場合、片手が塞がるビデオカメラは論外であり、フロントガラス内に設置すると視界を妨げてしまうモニターではARとは呼べない。

 となると、前方を向いたままARの情報を付与する道を模索する格好にならざるを得ない。

 そして、数多くの選択肢の中でメガネは誰でも真っ先に思い付くものだろう。

 かく言う私、クワトロ=西条のメガネもAR表示対応の特注品である。


「しかし、一定以上の性能を求めるとどうしても重くなり過ぎるんだよ」

「それでも(ヨウ)のメガネよりはマシだろう。 あの子のあれはビデオカメラどころか電波を脳に照射する装置まで付いているんだぞ?」

「確かにそうなんだけれど。 でも、他人と比べてマシだとしてもやっぱり重くて鬱陶しい事に変わりはないのよ。 と言う訳で、ひとつお願いがあるんだけど……」

「とりあえず話は聞こう。 ただし、それを受けるか否かは別問題だ」


 すぐにズレるのがネックの瓶底みたいな部厚いメガネの位置を整えながら話す私の目の前で厳めしい表情をほとんど動かさずにそう答えたのは妹、(ヨウ)の付き人のジンさん。 家族でさえも近寄りがたい彼女を何かと世話してくれるありがたい存在なのだが、彼がそもそも組織内でどういう位置づけにあるのかすら何故か誰も知らない。

 一応、2メートルを超える図体を持ちながら元々は研究職で、典型的なインドア派らしいがとてもそうは見えない。

 正確には2メートル17センチ、体重は122キロらしい。 他にも誕生日、年齢、血液型、体脂肪率、通販での購買履歴などその他諸々どうでも良いプロフィールが彼の周囲に節操無く表示されている。

 そんな彼と女性としては長身の私が人の少ない至って普通の喫茶店で向かい合って駄弁る光景は、何とも異様な雰囲気を醸し出していることだろう。


「羽原くんをちょっと誘拐して来て欲しいんだ」

「却下だ。 そもそも、何故そんな事をせねばならない?」

「もちろん、彼の目……と言うか脳が貴重だからだよ」

「それは理解している。 しかし、あまりにもリスクが多いと思うのだが?」


 彼は馬鹿馬鹿しいとでも言いたそうに額に手を当て、左右に頭を振る。

 確かに言う通りリスクは凄まじく大きい割に、見返りは小さい。 たとえ公にはされていなくとも、さほど大規模ではなくとも、彼は国家権力が後ろ盾にある組織の保護下に置かれており、そんな人物を攫うというのはそのまま国に喧嘩を売るに等しい行為となる。

 ニューロンに蓄積された情報を漁ったところによると、彼の周辺で明確に政府関係者(と言うのもあやふやな言葉だが)と言えるのはひとりだけ。

 しかし、既に愛千橋病院勤務の医師、野田 吉雄を即座に軟禁したり、記憶を改ざんした後で組織に送り返された施設の調査に来た二人組を早々に拘束してしまうなど、かなり身軽な集団だ。

 情報という一点においてはアーリーが普及しているこの国の、特に都市部ではその正体の割れているたった一人の行動を追いかけ、接触を図った者を更に追いかけることで容易に関係者を割り出せる私達の方が確実に優位に立てるだろう。 が、迂闊に動けば拳銃のスタンバトンだのそんな可愛らしいものではなく、下手をすれば現代兵器にカテゴリーされるような物騒極まりない武装で身を固めた集団が現在場所の割れている新天寺社関係の施設に突撃して来るかも知れない。

 もちろん、それで組織全体が潰れるような集団ではないが、少なからず身動きがとり辛くなるのは間違いないだろうし、表立って行動に出た時点で政府はその正当性を示す為に、今のところは公にしていない情報を虚実交えて公表してくれることだろう。


「大体、何のためにアレを攫う必要があるんだ?」

「ジンさんなら言わなくでも分かるだろう?」

天上天下唯我独尊(ノイズキャンセラー)、裸眼でニューロンを飛び交う情報を閲覧できる右目、単純に色々知り過ぎているから、頭が良い子だから脳の使い方に興味がある、個人的に気に入ったから……選択肢は少なくないが、それだけに確たることが言えないな」

「まあ、全部正解ではあるよ。 超能力無効化の仕組みは(ヨウ)のためにも解き明かしたいところだし、彼に変に首を突っ込まれるのが怖いってのも否定はしない。 ついでに好きか嫌いかで言えば好きの部類に入るのも間違いない。 でも、個人的にはあの右目が一番気になるかなぁ」


 この店の店長にして新天寺社の構成員でもあるひげを生やして中年男が二人分のコーヒーを持って来た。 差し出されたコーヒーに口を付け、軽く安堵のため息をついてから考える。

 ビデオカメラとディスプレイ、それから複数の映像を重ねて出力出来る構造。 それだけあれば確かにARを再現することが可能だ。 しかし、この説明にはあまりにも当然過ぎて抜け落ちているものが一つ存在する。

 表示された映像を見る目と脳だ。 厄介なことに目はビデオカメラとほぼ同じ機能を果たしており、そこからの情報を受け止める脳はディスプレイとARを出力する装置の双方の役割を同時に担っている。 これらが存在しないところでどんなARを表示したところで、誰にも見られなければ存在しないのと同じなのだから。

 つまるところ、現在のARはどうあがいてもビデオカメラを経由してディスプレイ、そこから更に眼球と脳を経由してようやく届く、入力と出力を2回繰り返さざるを得ない構造になっている訳だ。


「ちょっと待て。 あの目、もしくは脳がARの最終形態なのは分かる。 だが、原理的には(ヨウ)のメガネだって同じようなものだろう? どちらも脳で直接信号を受信しているだけで、違いと言えば受信感度や送信する装置からの距離くらいか。 それにしたって、アレは明らかに必要な範囲を超えている。 才能と言うよりは一種の障害だ。 そんなものをわざわざ研究する価値があるとは思えないが」

「全然違うんだな、これが。 冬彦くんの妹さんの超能力については知ってる?」

「ああ、ニューロンネットワークに潜航するとか言う……」

「どうやら見えるらしいんだよ、その潜航中の彼女が。 それどころか、双方向性のあるコミュニケーションを取る事も出来るみたいだよ」


 ジンさんが顔をしかめる。 その表情から察するににわかには信じ難いとでも思っているのだろう。

 双方向性コミュニケーション。会話、電話、インターネット、即時性こそないものの手紙や交換日記なんかもこれに該当する。 テレビやラジオ、新聞と言ったマスメディアに多い一方通行のコミュニケーションとは対をなす概念。

 AR潜航中の中野 夏芽が羽原くんと接触を図ったというのはつまり、ニューロンネットワークの情報を介して完全な意志疎通を成立させていた可能性があると言う事だ。 3月21日、あの日の状況を見れば見る程に空気を振動させたところで双方が意志疎通を図れない事は明々白々。 羽原くんが彼女と会話をする際に音声を発する形を取っていた為にアーリーでそのやり取りを拾う事が出来た訳だが、実際には音声を発する前の段階、考えた段階で既に意志疎通は成立していたのかもしれない。

 ニューロンという装置の補助があったとはいえ、これはもはや漫画やアニメ、ドラマのテレパシーそのもの。


「で、中野 夏芽はあくまでも送信の方が強い超能力者、つまり羽原くんに送信能力がなければ完全な双方向性なんて成立しない。 これについては何年にもわたる研究成果があるからまず間違いない」

「つまり、受信感度は他の追随を許さない上に情報の取捨選択を一方的に行える。 そして送信能力まで備えている、と? ……君達、西条一族が躍起になって目指して結局辿りつけなかった領域だな」

「そういうことね。 私達どころか在野の超能力者を含めてもここまで完璧な超能力者はきっといないって水準」


 私の言葉を聞いてジンさんは多少合点したという風に眉間から力を抜くが、相変わらず首を傾げたまま更なる疑問を口にした。

 手元のコーヒーを見てみる。 まだ一口も飲んでいないらしい。

 それだけ羽原くんに対して興味が湧いてきた、と認識して間違いないだろう。


「しかし、送信方面の才能はあくまでも仮説……と言うか、妄想の域を出ないレベルの推論だろう? 大体、無意識にそこまでの送信能力を行使できるものなのか?」

「実際出来ていたんだから、そこは認めるしかないんじゃないかな。 ニューロンに思念を乗せること自体の複雑さは中野 夏芽がサポートしていた、送信自体は無意識に行っているケースは幾らでもある。 指向性とは対極の存在だけど(ヨウ)がその筆頭みたいなものよ」

「なるほど、確かにそう言われるとあり得る気がしてくるな……」


 ようやく納得してくれたらしいジンさんは、程良く冷めたコーヒーを一口啜った。

 それから、ほっとため息を吐き出しつつ顔を上げ、「美味いな」と呟く。


「と言う訳で、羽原くんを……」

「却下だ」


 彼は静かに、しかし二言はないと言わんばかりに力強く答えた。

 仕方ない、他の人に頼む事にしよう。

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