69話 実はお金持ちの友人の家に初めて遊びに行った時の緊張感は異常
「という訳で、やって参りました! 生徒会長のお宅訪問!!」
「何を訳のわからんこと言うとんの?」
「……いや、一般市民はこの豪邸前にしたら大体こうなるもんなんだよ」
と、指差した先にあるのは冗談でも至って普通のとは言えそうにない一軒家。 いや、もしかしたら世の高級住宅街ではこれが平均水準だって可能性が無いとも限らないだろうが、少なくとも現代日本においては異色の水準であろう。 いや、高級住宅街の水準なんて知らんけども。
勿論、漫画やアニメに出て来るような計算単位が東京ドーム級の冗談みたいな大豪邸ではない。 が、少なくとも俺の家の何倍もの面積はあるとみて間違いないだろう――庭だけで。
「……なあ、会長?」
「ん、なに?」
「結婚しようか?」
「……はぁ、せめて断言しいや」
「じゃあ、財産丸ごと寄こせ」
「そう来よったか……」
付け加えるならば庭の植木を眼光鋭い爺さんが入念に手入れしていたり、解放された窓から見える廊下やら室内やらをメイドさんがてこてこと歩いていたりする。 まだ誰も会長の存在には気付いていないようだ。
肝心要の家の方は2階建てで、こちらは各階あたりの床面積が最小単位俺の家で数倍程度。 豪邸と言うにはまあ控えめな水準かもしれない。作り自体も比較的質素で、安易な成金趣味に走らない分本当の意味で上品な家といった雰囲気ではある。 しかし、この家を豪邸たらしめている最大の理由は――
「ここ、グランドフロントのオーナーズビルの最上階なんだけど……?」
「せやね。 ホンマはあっちのオフィスビルより若干低くなる予定やったんを無理矢理あっちより高くしてもろて、下手に覗かれんようにしてもらったらしいんよ」
「マジかよ。 あと、外から見た時にはこの辺りの階って窓が無いように見えたんだけど?」
「そりゃあ、ウチらは立場が立場やから。 見えてる景色は全部外に取り付けられたカメラの映像……ま、お得意のARの一種やね」
「……マジかよ」
気軽に言っているが、ここは大阪梅田の一等地のビルの最上階だ。
しかも、屋上ではなくあくまでも最上階。 つまり、そうは見えないが四方を壁で囲まれている上に、見上げれば天井がある訳だが、さも当然のように自然光が差し込んでいる。 というか、ビルの最上階に2階建ての家があるって構造がまず理解不能だとしか言いようがない。
「あれ、前に駅まで送った時には南海の前だった気がするんだが?」
「ああー、それはなぁ……こっから九尾高校まで通うの面倒くさいやん?」
「……つまり、別宅もあると?」
「うん、新今宮に。 JRより南海の方がちょっとだけ近いんよ」
なお、九尾高校の最寄駅はJRであり、新今宮からなら乗り換えなしの一本で行ける。 即ち、定期券を使えばただである。 それをわざわざこの女は「ちょっとだけ近い」なんてアホみたいな理由で南海に乗ったというのか……。
「そういやここの屋上ってヘリポートだよなぁ……?」
「うん、そっちも私有。 あと、やかましいのが嫌やから~ってことで最上階は防音とか、臨時の荷物置き場とか、多目的室みたいな感じになっとる」
「どんだけバブリーなんだよ……」
最上階だと思っていた空間は最上階でさえなかった。 もはや自分の今まで培ってきた常識など一切通用しない魔境に足を踏み入れてしまったようだ。
流石に戦慄を隠せない小市民の事など気にも留めず、堂々とした足取りで豪邸へと向かって行く会長。 なるほど、USJを貸切にする程の企業の重要人物、もしくはそのご息女という立場に相応しいセレブっぷりである。
「おっ、九ちゃんおかえり!」
「おじちゃん、ただいまー」
「あら、九、おかえりなさい」
「ゆり姉、ただいま~」
メイドや庭師とフレンドリーに言葉を交わす姿からはとてもそうは見えないが。
どっちかと言うと、お嬢様お気に入りの侍女とかそんな感じだろうか。
「そうそう、そう言えばクワトロさんが帰ってきてるわよ?」
「ねーちゃんが? ホンマに?」
「ええ。 最上階でいつも通り、変な機械と戯れてるわ」
その言葉を聞くや否や、会長は一目散に駆けて行った。
クワトロ……確か有名なロボットアニメシリーズで最も有名なキャラクターが4番目に名乗った偽名とかそんなんだったな。 ってことは西条 四か。
残された俺はそんな事を考えながら少しバツが悪そうに庭へと足を踏み入れ、眼光の鋭い庭師に会釈。 玄関前でゆり姉と呼ばれていたメイドさんにお辞儀する。
「ええっと、九の……彼氏、ですか?」
「いえ、同じ生徒会役員兼後輩です」
答えると、若干俺に対する興味が失せたようで少々雑なお辞儀が帰って来た。
まあ、変に興味を持たれたって面倒くさいだけだろうから、一向に構わないのだけれど。
「で、俺はどこで待っておけば良いんですか?」
「あら、九の後を追いかけるつもりはないの?」
「家族水入らずを邪魔する程野暮じゃないですから」
それなら、とメイドのゆりさんは俺を応接室まで案内する。
玄関から既に俺の部屋くらいあった。 あからさまに高価な調度品などが置かれている様子はないが、さり気なく設置されている靴べらが、傘立てが、小物置きにもなっているシューズボックスがひとつ残らず上品な高級感を放っていた。
ちょっと気になった俺はアーリーを立ち上げ、有名通販サイトのアプリを立ち上げるとそれらの品々にカメラを向てみた。 こういった使途の時は流石に俺の肉眼だけではどうにもならないのでちょっと不便である。
――世の中には10万以上もする靴べらや傘立てがあるのか。 こうなって来るとシューズボックスは何か怖いから見ないでおこう。
アーリーをしまい、靴を脱いで揃えて置き、ゆりさんに差し出されたスリッパに履き替えると少し先をゆっくりと歩く彼女の後を追いかける。
ちなみにアーリーをカバンに突っ込む間際に見えた価格だと、このスリッパは1組3万程。 それが来客用に30組ほど用意されている訳だから……もう考えるのはよそう。
しばらく余計な思考を放棄したままに横幅3mはあろう無駄に広い廊下を歩いていると、おもむろにゆりさんが口を開いた。
「……学校での九はどんな感じなのでしょうか?」
「ちょっと生意気ですけど、良い人ですよ。 家ではどんな感じなんです?」
「うーん、物凄く甘えん坊ね」
「で、具体的にはどんな風に甘えん坊なんですか? ゆりさんと百合さんするとか?」
「利発そうに見えてもしょせんは男の子ね……百合さんはしません」
「それは残念。 となると夜にひとりでお手洗いに行けないとか?」
「確かに子どもっぽいけれど、流石にそこまで子どもじゃありませんよ。 ひとりで食事を取るのが嫌で、私達に混ざって朝食や夕食を食べるくらいかしら?」
「くっくっく……なるほど、そりゃあ確かに甘えん坊だ」
思わず笑ってしまった俺の方を振り返るゆりさん。 一瞬、主人を笑うのは失礼だったかとも思ったが、甘えん坊だの何だの言い出したのは彼女だ。 そこで笑われて腹を立てるのは少し不自然だろう。
実際、こっちを向いた彼女は温厚そうな笑顔をたたえている。
「今の話、九には内緒で」
「言われなくともそのつもりですよ」
「ありがとうございます」
俺の返事を聞いて、ゆりさんが軽く頭を下げた。
直後、頭上から轟音が響いた。 こんな風に言うとゆりさんが頭を下げたから轟音が響いたみたいに聞こえるが、当然ながら彼女と音の間には何の因果関係もないだろう。
もしかすると、俺の知らないところで壮絶なバタフライ効果が起きている可能性も無いとは限らないが。
慌てて顔を上げたゆりさんと俺はほぼ同じタイミングで天井を見上げる。
「会長とクワトロさん、生きてると思います?」
「ええ、まあ。 いつもの事なので……」
ゆりさんは左手を頬に添えて、曖昧に笑ってみせた。