57話 食べにくい料理に悪戦苦闘する女子って言葉にすると可愛いけど、実物は絵的に宜しいものではない
ビバリーヒルズ・ランジェリー。 ササミ通りとジュレッグのアトラクションの向かいに位置するフレンチスタイルのカフェで、軽食類はさて置き、スイーツの類に関してはこういった施設の中の店舗にしては比較的廉価で提供してくれる。
そのカフェの厨房で、何故か俺は今日知り合ったばかりの女の子のために普段であれば金銭的な理由で頼まないであろうパン屋さんのサンドウィッチセット(1200円也)作りに勤しんでいた。
別に料理自体は嫌いじゃない。 なんで家の外で自分の手作りの飯なんて食わにゃならんのかとは思わなくもないが、可愛い女の子に食べてもらえるのならば大歓迎。 俺の手が触れた食材が彼女の一部になるとか、これに大興奮しない奴は男じゃないとさえ思う。
同様の理由で買って上げた衣服を着用している姿も物凄くエロい。 それが自分が着た後の衣類だったりしたら、もう性行為も同然じゃなかろうか?
「なんて話を友人にしたら、秋一ってド変態だよなって言われたんだがどう思うよ?」
「うん、ものすごい変態さんだと思うよ」
と言う訳で、突拍子もなく俺を一日店長に任命してくれたほぼ白髪の女子がにぱーっと破顔しつつ、答えた。 誠に邪気のない笑顔ではあるのだが、それだけに言葉には微塵の遠慮も配慮も気遣いもない。
カウンター越しに、レシピ片手にそつも面白みも無く流れ作業的に調理する俺の手元を眺めつつ、「ほへー」だの「おおぅ」だのと若干アホっぽく感心を示している。
最初は一緒に作る予定だったのだが、包丁を握った瞬間にその危険性を理解したため、こうして専ら見学する側に回る羽目になったのだが、その辺の経緯についてはまあ、どうでも良い。
当然ながら客は彼女ひとり。 どこかで見たようなキャラが時折店にやって来たりもするが、彼らはどこからともなく運ばれてきたARの料理を平らげては勝手に立ち去って行くので客としてカウントする必要はないだろう。
「あ、作っておいてなんだけど、ヨウちゃんは好き嫌いとか無いか?」
「うん、ないよ~。 っていうか、子ども扱いしないで」
「飲み物はホットチョコレートで良いな。 あと、冷蔵庫の中にケーキがあったけど食べるか?」
「ケーキっ!?」
「……立派にお子様じゃねーか」
突っ込みと同時に出来上がったサンドウィッチをサラダやスープと一緒にカウンターに置いてやる。 ヨウがそれを受け取って元気良く「いただきます」と手を合わせたのを確認すると、ホットコーヒーとデザートのケーキの準備に取り掛かった。
「ケーキは食後に持ってくるものだってジンが言ってたよー」
「さすがに食べ終わるまで待ってやれるほど俺は親切じゃねえよ」
と、不満を垂れる彼女の視線はどうにも俺を見ている気配はない。 かと言って秋一さん特製サンドウィッチの方を向いているかと言うとそんなことも無く、見事にあらぬ方向に泳いでいる。
その視線を追いかけた先には女性の上半身を模したと思しき像がひとつ。 しかし、それは実在する訳ではなく、俺以外には肉眼で見えないもののようだ。 ヨウはメガネを介して、その姿を捉えているのだろう。
確か元々は実物を置いていたのだが、災害時のことを考えてARを利用したオブジェクトに切り替えたとか、そんな話を聞いた事があるような気がする。
台座の下からはこれまたAR技術を用いた放水が美しい放物線を描いている。 要するに水道代よりも経済的かつ管理が楽な映像を利用した疑似噴水。音に関するリアリティの面でおとる点を除けば極めて精巧に出来た代物だ。 実際の噴水では物理的に不可能な軌道を描くものもあるが、ここの噴水はあくまでも店内のムードを盛り上げる為だけのものとして利用されているらしく、静かに宙を踊る流水は心を落ち着かせる上品な軌跡を描いている。
それをじっと見つめる彼女のメガネは入り口で配布されるものとは全く異なった代物であり、なおかつそこら辺で買える市販品と言った雰囲気でもない。 ついでに、どう控えめに見ても10代の女の子が喜んで装着するようなデザインではなかった。
「なあ、そのメガネ、ちょっとだけ貸してくれないか?」
「ヤダ! これがないと何も見えないんだからー」
「何も? ただ、視力が低くて見づらいとかじゃなくて?」
「全然違うよ」
どうやらそういう事らしい。 詳しい事はさっぱり分からないが。
「……苦労してるんだな」
「そーでもないよ。 ジンもいるしっ」
「そ、そうか」
うん、真っ当な会話が成立する気が微塵もしないね!
話の流れ的にはメガネの話を返してほしいところだった。 メガネの仕組み何やらは分からなくても、そこから「でも可愛いと思うぜ、そのメガネ」とかそんな感じの流れを想定していたんだが。
まあ、下手すりゃ地雷踏んでしまう可能性もあった内容だ。 このリアクションはむしろ俺にとっては美味しい部類に入るものなのかも知れない。
「で、ジンさんはどういう人なんだ?」
「うん! ジンはねー、お父さんみたいな人なんだよ! お父さんがどんなのかよく分からないけど。 とにかく優しいし、遊んでくれるし」
どうして俺の周りにはこうも訳あり女子ばかり集まってくるのか。
ここを貸切にするような女の子って時点で軽く普通じゃないのは分かりきっていた訳のだから、その上で頼みこんで入場させてもらっておいてどうしても何も無いと言えばまさにその通りなのだが。
それはさて置き、ジンについて語る時のヨウはそりゃあもう心底楽しそうだ。
本当に彼を信頼していることが細かな仕草や表情から容易に見て取れる。
「遊ぶって、何するんだよ?」
「んー、ゲームとか。 アーリーのなら何でもやるよ!」
「って事は、今日は持って来てるのか?」
「んーん、せっかくのお出かけなのにそんなのいらないし」
「そうか……せっかくならフレコの交換でも、と思ったんだけどな」
冷蔵庫からケーキ取り出しながら少し残念そうにそう言うと、ヨウもつられてがっくりと肩を落とした。
「そっかー……持って来てたらジン以外で初めてのコードだったのに……」
「まあ、無いものは仕方ない。 今度会う事があったらその時にでも交換しようぜ?」
「う、うんっ!」
顔を上げると興奮気味に頬を上気させ、上下に勢い良く頭を振った。
屈託のない笑顔と、微妙に上ずった返事がこの上なく雄弁に抑えきれない喜びを物語っている。
そんな彼女の隣に腰かけ、手に持ったケーキにナイフとフォークを添えて差し出す。
「わぁ……」
「言っとくけど、そっちのを食べ終えてからだからな」
「えーっ」
「えーっ、じゃありません。 それがマナーってもんなんだよ」
ぶーぶーと不満を垂れながら白髪が揺れる。 それを止めるように頭に手を置くと軽く撫でてみた。 この撫でるという奴は男にとってはある種のクセみたいなもので、特に深い意味がある訳ではない。 たとえばそこにある頭が動物のものや、時には同性のものであったとしても手が空いていると何となく撫でてしまったりするものなのだ。
そして女子から黄色い悲鳴が上がるなんて事が過去に何度かあった……ような気がする。
「そっちの半分は食べてやるし、ケーキは逃げないから」
「うーぅ、分かった……」
気を取り直したヨウは小動物のように可愛らしい口でもそもそとサンドウィッチを頬張った。
解説とか
【ARの客】
映画のキャラクター(≒俳優)が時折店にやって来ては食事をする。
勿論、料理もARで、表示されるのはその日のお薦め。 つまり一種の広告。
人気キャラが来店すると目に見えて集客数が増えるなど、その効果は馬鹿に出来ない。
【ARオブジェ】
店内の置物やイルミネーションなどをARで表示する。
これによってスペースの拡大、災害時の転倒防止、頻度の高い模様替えが可能に。
オブジェの重なる位置にいる人物やものを非表示にすることも出来るらしい。
少し不自然な位置にオブジェがある時はそこに目立つ汚れがあったりするが、目を瞑ろう。
【AR噴水】
オブジェの一種ではあるが、こちらはある程度の動きを伴うものを指す。
パーク内を闊歩するARキャラと違ってこちらは店内限定であり、キャラタイプも存在。
特に客に迷惑がかからない、床を汚さない等の理由で噴水が多用される傾向にある。