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電脳世界ディストピア  作者: OTAM
3章 グダグダ日常? いいえ、ハーレムものでした
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52話 某遊園地の略称を見て“日本合衆国”と訳してしまった人はきっと多い

「いやぁ、体型的にイケるとは思ったが、こうもピッタリとは」

「どうしてアタシがこんな格好しなくちゃいけないのよ……」


 あのまま夏芽をかっさらって自宅までとんぼ返りをかました俺は、現在は仕事で出かけている母親の部屋の夏物用の引き出しを漁って見つけた適当な衣服を彼女に手渡した。

 ぐちぐちと文句やら「女の子自分の家に連れ込んで着替えさせるだけって」なんて盛り付いた世迷言を抜かしてはいたものの、今更学校にも戻り辛いらしく、渋々といった様子で着替えに応じてくれた。

 その結果、出来あがったのが襟と袖回りがレースになった白いTシャツの上からキャミソールタイプの青いワンピースという、夏芽の長い黒髪と相まっていかにもなことこの上ない代物であった。

 ボトムスにはスキニーの黒ジーンズを着用。 トップスの避暑地にいそうな令嬢的な雰囲気を多少壊してはいるものの、ワンピースの丈がさほど長くない上に、お嬢様然としても仕方がないので妥当と言えば妥当だろうか。


「まあ、この前の兄貴の服を着回してますって感じの格好よりはずっと似合うぞ」

「中学時代は学校と施設と家の往復しかなかったんだから、仕方ないでしょ」

「別に悪いとは言っちゃいないぞ。 袖が余り気味のシャツやジーンズを無理矢理折って着ているのもアレはあれでセクシーだしな。 ただ、せっかくの美人があんな無頓着な格好しているのは勿体無いってだけの話だよ」


 俺の言葉を聞き終えた夏芽は、今の台詞のどの部分に反応したのか頬をほんのり赤らめて、少しばかりにやけそうになるのを必死で堪えたり、何やら言いたげに口を開いてはまた閉ざすなど、まごついた様子を見せる。

 愉快な百面相を眺め、こいつは千里とは別の意味であざといよなーなどとどうでも良い感想を抱きながら、母の部屋を出てキッチンへと向かう。 道すがらにテーブルの上に転がっていたノートパソコンを立ち上げる。


「コーヒーぐらいしかないけど、良いか?」

「えっと、出来れば牛乳を入れて欲しいかな」


 りょーかい、と応じつつ返事を聞くよりも先に冷蔵庫から牛乳を取り出す。 そこら辺のスーパーで売っている安物のコーヒー粉を適当なカップに投入。


「あ、砂糖は?」

「少しで良いわよ、甘過ぎるのは苦手だから」


 と、俺の後を追いかけて出てきた夏芽。 ノートパソコンの前のソファにちょこんと腰かけ、両手をひざに乗せ、ぴんと背筋を伸ばしている。

 もっとくつろいでくれても良いと思うのだが。 とは言え、もしかしたら誰かの家にお邪魔すること自体初めての経験なのかも知れない訳で、自分の感覚を押し付けても仕方ないか。

 そんな事を考えながらも手を動かし、コーヒー牛乳を完成させた。


「ほいよ、会長のほど美味くはないぞ」

「うん、ありがとう」


 学校をさぼる事についても、俺の家にいる事についても、既に気持ちを切り替えたらしく、素直にカップを受け取り、一口啜った。


「アイスでよかったか?」

「この季節なら美味しければどっちでも良いわよ」

「いや、それがな、母さんは夏でもお腹を冷やすのが嫌だからってホットだったりするんだ。 女の子って大変だよな?」

「自分の母親を女の子扱いって凄い神経してるわね……」


 何やら愉快な誤解と疑惑の視線が飛んできた。


「流石にそこまで突き抜けちゃいないって。 まあ、ダブルスコアで年上の人妻もアリだよな、とか漫然と考えたりはするが」

「……親の顔が見てみたいわよ」

「ぱっと見は普通に美人だぞ。 ただ、中身が千里を濃くした感じだけどな!」


 より正確に言えばウチの母親を薄くしたのが千里だというべきだろう。

 中1の頃、あまり男子と接した事が無かったがために、まだ俺との距離感を測りかねていた時期に、それでも家にいても肩身が狭いからと逃げるように我が家にやって来ていた千里と俺よりも先に打ち解けたのが母さんだった。

 少なくとも俺の知る限りでは我が家に来る前の千里は学校で男子と会話している所なんて殆ど見たことが無く、密かに人気はあるが基本的には影が薄めのイマイチ垢抜けない女の子だった。 テストの度に当たり前のように学年トップの成績を収め、周囲からの賞賛に照れて俯くような――


「あの頃の千里は可愛かったんだがなぁ……はぁ」

「隠しておいた方が良さそうな本音がダダっと漏れだしてるわよ?」


 夏芽は呆れたように、それでいておかしそうに笑う。

 そんな彼女を横目で眺めつつ、隣に腰をおろしてノートパソコンのキーボードに手を置いた。 底の見えない黒色の雫を咽喉に流し込み、気持ちを入れ替える。


「夏芽はどこか行きたいところとかあるか?」

「そんな事いきなり言われても困るわよ。 大阪に何があるかもよく分からないのに」

「まあ、俺だって環状線の一帯とUSJくらいしか案内出来ないけどな」

「あっ、USJ!?」


 何気なく口にしたその単語に、物凄い勢いで反応した。

 まるでサンタクロースに遭遇した子どもみたいにきらきらと目を輝かせている。 もっとも、サンタクロースに遭遇した子どもの瞳なんて一度たりとも見たことはない――というか、そもそも肝心のサンタクロースからして繁華街やデパート前で色々配っているパチもん臭い連中しか見たことがない訳で。


「……USJに行きたいのか?」

「うん、遊園地って一度行ってみたかったのよ」


 一度たりとも行ったことがないのかよ。 その事実に軽い衝撃を受けながらも、表情には出さず、短く「そ、そうか」とだけ答える。


「それなら、今からでも行こうか?」

「遠慮しとく。 流石に唐突過ぎて……なんて言うか、勿体無いから」

「そうか。 じゃあ、今度の休日にでもどうだ?」

「じゃあ、日曜日?」

「いや、その前に創立記念日があったろ。 その日なら平日だからそれなりに人も少ないだろうし、遊びやすいと思うぞ」


 確か木曜日だったか。 遊園地の雰囲気を満喫するって意味ではあまり相応しくないが、まだまだ体力は人並み以下の夏芽を連れて人ごみに突撃するよりはずっと良いだろう。

 日数にもそれなりに余裕があるから、それまでの間に乗りたいものを調べたりする余裕も十分なはずだ。


「秋一がそれで良いって言うんならそれで良いわよ。 それで、USJはまた今度として……これからどうするの?」

「もう下手にじたばたせずに家でのんびりってのはどうだ?」


 思わず不満げな顔になる夏芽の返事を待たず、リモコンを手に取るとHDD内蔵の液晶テレビの電源を入れた。 少し前に15周年記念の特番がやっていたのを母さんが録画していたはずだ。 確か「どうせなら今年のクリスマスにでも一緒に遊びに行って帰りに一線越えて来なさいよ。 あ、もしくは園内で人目を忍んででも良いわよ♪」とか、そんな寝ぼけた事を抜かしていた気がする。

 俺の手の動きにつられて視線を向けた先にある文字を見て、意図を理解した夏芽は何か言いかけて開きっぱなしの口を閉じ、意識をテレビの画面に向けた。


「ついでに予習も兼ねて、な」

「うん」


 液晶に映る景色に目を輝かせるその様は幼稚園の年少の頃、世界中の子供の数を根拠にしていかにその存在がナンセンスかを語って聞かせた際に「じゃあサンタさんは分身出来るんだね! すごぉい!」とメタボな爺さんにサブクラス:忍者を付与した年長の女の子を彷彿とさせるほどにきらきらと輝いていた。

 果たして今頃17か18になっているであろう彼女は非減数分裂する不法侵入者の存在を今はどんな風に受け止めているんだろうか。 そんな益体の無い事を考えながら、テレビの向こうでばか騒ぎを繰り広げる芸人達に見入る彼女の横顔に見惚れた。

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