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電脳世界ディストピア  作者: OTAM
3章 グダグダ日常? いいえ、ハーレムものでした
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48話 慣れてしまえば手ごろな値段で上等なお肉を食べられる一人焼き肉は凄く楽しい

「もう一度確認するけど、不可抗力で伸びをした際に引っかけてしまっただけで悪気はなかった、と?」

「はい、そうです。 俺が敬愛する会長に足払いなんてかける訳がないじゃないですか」

「……よう言うわ」


 ぼそっと呟いたピンク基調の私服姿の会長の言葉を適当に聞き流し、俺は店長さんににこやかな笑顔で事情の説明を続ける。

 具体的にはついさっき会長が運悪く転んだ挙句にトレイに乗せていたオムライスを頭で受け止め、更には俺の席のテーブルの上にあった水と調味料でメイド服を汚したきっかけについて、だ。

 当然ながらメイド喫茶は若い女性が多い。 それゆえ、こう言ったアクシデントにとっさに対処出来る人と言うのは思いのほか少なく、彼女らが動き出す前に指示を出せば状況に対する主導権は自然と俺が握る形になる。

 そうして得た主導権を十全に利用してメイド達に後片付けや会長の着替えなどの指示を出した俺はメイドの一人、なるべく気の弱そうな子に声をかけてこう切り出した。


『意図してやった訳じゃないんだが、結果的に彼女を転ばせてしまった件について、それとお店に迷惑を掛けた件についてちゃんと謝っておきたいから店長さんに合わせてくれないか?』と。


 そりゃもう柄にもなく紳士的な態度を心がけた俺の立ち振る舞いは見事に彼女の心を掴んだらしく、少し顔を赤くした彼女は快く俺をバックヤードに案内してくれた。

 よし、あとで彼女のメールアドレスを聞き出しておこう。

 と、そんな思考は片隅に追いやりつつ、バックヤードで顔を合わせた店長の女性――寺田 蝶さん、31歳――の対面するなり頭を下げ、事情を説明した。

 足を投げ出しつつ伸びをした瞬間にちょうど彼女が通りかかって、俺の足に引っ掛かった上に体勢を立て直そうとした際に運悪く手でテーブルの上に合ったものをひっくり返してしまったのだ、と。

 勿論、嘘八百以外の何者でもない。

 が、汚れた髪を洗う為に更衣室に備え付けられたシャワー室へと会長が消えて行った隙に出来得る限り説明し、ついでに年齢相応程度に礼儀正しく振る舞い、ついでに実はコイツ会長が好きなんじゃねえのとか誤解されるような対応を心掛けて「そういう事する奴ではなさそうだし、仮にそうだとしてもまあ許してやろう」と思われるだけの状況を作り上げることに成功した。 交渉の場にトイレ休憩など無いのだッ!!


「まあ、なんだ。 こうしてちゃんと謝りに来たんだから許してやれ」

「うぅ……店長がそう仰るんならウチが言う事なんてなんもありませんけど」

「いや、本当に申し訳ない」


 と、もう一度頭を下げる。 もっとも、会長は以前に俺が必要とあれば頭くらい平気で下げる性分である事を理解しているので、それに対して特別何かしらの反応を示す事はしないが。

 しかし、そんな俺達を一歩引いた所から眺めている寺田さんは勝手が違う。

 憧れの先輩をアクシデントで怒らせてしまった高校生の困りきった横顔を微笑ましそうに眺めている。 おかげでうっかり口許を歪めたり出来ない。


「うーん、やっぱり怒ってる……まあ、当然ですよね」

「いや、怒ってへんから。 っていうか、そのキャラやめんかい!?」

「……そうだ、お詫びに何か奢りますんで、それで気を取り直してください」

「食いもんで釣ろうって発想はどうかと思うで? それにまだ仕事が……」

「よし、今日はもう上がっていいぞ。 ケチャップ臭い頭で表に出られても困るからな」


 ちなみに、現在の段階で既に30分相当の足止めに成功していたりする。 それに加えて一緒に食事どころか店長直々の退勤命令となれば、軽く数時間の足止めが見込めるだろう。 お蝶姐さんグッジョブ!

 と、保護者からのデートのお許しが出たところで、渋る会長を引きずるようにしてP-maidを後にした。


「ちょ、秋一! なんやっちゅーねん!?」

「さあて、会長……いや、西条先輩、どこに行きたいですか?」

「……はあ、アンタに任せるわ。 ウチがなに言うても無駄やろうし」

「んじゃ、シティの鶴桃辺りで精をつけてホテルに直行だな」

「死に晒せ、この歩く猥褻物!」


 とっさに平手で頭を叩こうとする会長の手を受け止め、そのまま彼女の手を引いて歩きだす。

 お世辞にも上品とは言い難い言葉を並べて俺を罵倒する会長だが、所詮は普通の女の子の膂力しかないので半ば無理やりにでも引っ張って行ける。 幸いにも「痴漢です」とかその手の台詞を吐く事はないので変な目で見られる事はあっても、通報されそうになる事はない。


「で、本当に鶴桃で良い?」

「へ、変なことせえへんねやったら何でもええよ」


 その言葉を確認した俺は彼女の手を離し、進行方向を指差してそちらへと歩き出す。

 会長はぶつくさ文句を言いながらも素直について来てくれている。 はっきりとは分からないが、後輩としてそれなりに認めてくれてはいるのかもしれない。


「んで、予算はどれくらいなん?」

「会長の財布次第ですよ、勿論」

「なんでやねん! アンタの奢りちゃうんかい?!」

「そりゃねえよ。 ランチでも1000円はするってのに」


 ふんっと鼻を鳴らし、胸を張って言ってやった。

 会長は「うわー……」と怒りを突き抜けて呆れ果て、若干同情すら混じった半眼でジトーッと俺を眺めている。

 もっとも、ランチの価格程度なら会長の分も問題なく出せるくらいの金は財布の中にしっかり収まっているのだが。

 が、それを話してしまうと面白みが無くなってしまうのであえて話さない。

 俺の傍でぎゃんぎゃんと吼える彼女を連れだって、のんびりと鶴桃へと歩き出した。



― ― ― ― ― ―



「なるほど、確かにこれで1000円はお得やね」


 焼肉 鶴桃。 かにサラダを一口食んだ会長は朗らかな笑顔を浮かべた。


「でしょう? 千里と一緒に食い歩いた新世界から難波のエリアの美味い店ランキングトップ30には間違いなく入る店だからな」

「そりゃあ、30もあったら入るやろ……」

「いやいや、シティだけでも50以上の飲食店があるんだぜ? そのなかで30って言うと結構なもんだぞ」

「確かになぁ。 メイド喫茶だけでも何店舗もあるもんな」


 と、かにサラダをもう一口。 その様子を眺めながら、俺もサラダに箸をつける。

 そこに店員がメインディッシュのサイコロステーキとご飯を持ってきた。


「コーヒーは食後にお持ちいたします」

「あ、はい」

「……ところで、前に一緒に来てた女の子と別の子ですよね?」

「もてる男は大変なんだよ」


 やるべき仕事を済ませた店員は急にフランクな態度で話しかけて来た。

 どうやら常連と言うほどではないがそれなりに足を運んでいた俺の顔、と千里のことを覚えていたらしい。

 興味津々といった風情で俺と会長を見比べている彼ににやりと不敵な笑みを向ける。

 その笑顔にたじろいた店員は一歩あとじさると、踵を返して席から離れた。


「で、羽原 秋一?」

「ん、なんすか?」

「何のためにウチを食事に誘ったんか教えてもらえるか?」

「……あー、バレバレでした?」

「うん。 いくらなんでも分かりやす過ぎるわ」


 まあ、特に隠すつもりもなかったんだけど。

 んじゃ遠慮なく、と深呼吸をしてから本題を切り出した。


「単刀直入に聞かせてもらうけど、会長……いや、西条さんは反社会的な組織に関与していたりするか?」

「ホンマに単刀直入やね。 それに、そう思うんやったらこんな誰もおらんところでそんな質問してええの?」

「否定はしない、と」


 今、本橋さんがいないところを選んだのにはもちろん理由があってのことだ。

 もしも、先日の事件に俺が関わっていた事を会長がずっと前から知っていたのだとしたら、そして彼女が新天寺社に関係のある人物だとしたら。 俺達にちょっかいを出す機会はいくらでもあったはず。

 なのに今の今まで何もしていないという事は、それ相応の理由があるからだろう。

 その理由とやらについては想像に委ねるしかないが、恐らくは俺達に――正確に言えば本橋さんに何かがあった場合、彼女の所属する組織が重い腰を上げてしまいかねない、と言うのが一番の要因だろう。 従って、余計なちょっかいを出して手痛い反撃を貰うくらいなら、多少の情報の漏えいを覚悟してでも捨て置いた方が良い……と、まあ、そんなところだろうか。

 それが正面切って質問をぶつけたおよそのワケなのだが、わざわざ答える必要はない。


「せえへんよ。 それにお察しの通り、可愛い後輩に危害を加えるつもりもあらへん」

「それは西条さんの個人的な願望? それともそれなりの立場の人間の判断?」

「願望が半分、上の連中の判断を推測してみた結果ってのが半分。 あの先生、諜報機関的な組織の一員なんやろ? そういうのって日本にもあったんやね。 まあ、とにかく、お上に目え付けられてるんは間違いあらへんのに迂闊なことは出来へんやろ?」


 久しぶりに怜悧な不敵さを漂わせる彼女の推論は、俺の想像と同じような内容だった。

 そう、いくら新天寺社が国の経済に絶大な影響力を持つと言っても、公的機関や組織に直接的な害を及ぼすようであればもはや叩くしかない。 が、国(と言うのも曖昧な表現だが)にしてみれば首尾良く正体不明の上層部とコンタクトが取れれば、上手く主導権を握る事が出来れば、ノーダメージで新天寺社を無力化するどころか、海外にも伸びる巨大なネットワークの一つを掌握することが可能なのだ。

 その皮算用を実現する為に、どのラインまでの攻撃なら許してくれるか。 そのボーダーがはっきりしない内は新天寺社の裏側の構成員の顔が多少割れたところで俺達に危害が及ぶ事はない。 仮にあったとしても、駅では背中に気をつけなければならない程度。

 きっと今も俺達の知らないどこかで、顔も名前も知らないパワーエリートがアクロバティックな情報戦を繰り広げながら、妥協点の探り合いと、一発逆転の手の模索を昼夜も忘れて繰り広げていることだろう。


「……そのこと、うめ先輩は知ってるのか?」

「まさか、あの子はウチは一般人やと思っとるよ」


 不敵な態度が揺らぎ、視線を逸らした。


「騙している事に罪悪感を感じるくらいなら辞めちまえば良い」

「……アンタにウチの何が分かるっちゅーねん」


 考える。 考える。 ただひたすら考える。

 そして思い知らされる。 確かに俺は何も知らないことを。

 何故、うめ先輩や会長が訳の分からない組織に関わっているのか?

 どういった経緯でこの二人が親しくなったのか?

 そもそも新天寺社は何を思ってこんな子どもを組織に加えているのか?

 色んな疑問と仮説が、脳裏を駆け巡る。 が――


「確かに分からないな。 と言うか、分かりたいとも思わない」


 蠢く謎と想像の裏側で、一つだけ明確なものがあると気付いた。

 気付くと同時に、身をわずかに乗り出して会長に向かってこう言ってやった。


「それに、アンタ達があいつらと関係しているってのは問答無用に気に入らない。 だから、俺は新天寺社もお上も空気を読んで勝手に紳士協定を結んでいるこの状況も、アンタ達の後輩だって立場も、何もかも利用出来るものは全部利用して……」


 ここぞとばかりに立ち上がって、大きくはないが力強い声で宣言した。


「嫌だと言ってもその足を洗わせてやる」

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