46話 メイドの教育の行き届いたメイド喫茶の中には女性客人気のある店もあり、なかなかアウェーな気分を味わえる!
「休日に先生とデートとか、凄く夢のあるシチュエーションに思えるな」
「もしも本当にデートだったら最悪の第一声だけどね、それ」
休日。 5月も末のそろそろ暖かさよりも暑さが勝る季節。
あの後、改めて羽原くんと話し合った私は彼と一緒に休日を利用して本業の方を進める事になった。 本当は一般人である彼を撒き込みたくはないのだけれど、勝手に首を突っ込まれるよりはマシだろう、と言う事で協力してもらう形になった。
そんな訳で、白のキャミソールの上に薄手の寒色系のカーディガンを羽織り、下は七分丈ジーンズというシンプルな出で立ちの私は愛千橋病院の前で羽原くんと合流。
彼は半袖のシャツに少しダボっとしたズボン、上からこれまた半袖のシャツジャケットを羽織った身軽な服装だ。
「なんか前と代わり映えしない格好ね」
「男の服装はバリエーションに乏しいんでね。 アクセは趣味じゃないし」
心底どうでも良いといった調子で答えた彼はさっさと自動ドアへと向かう。
どうやら本当に新天寺社関係の事しか頭にないらしい。 履いている靴がスニーカータイプの安全靴である事からも、彼の意気込みが伺える。
「……まあ、安全靴は安全靴で履きなれていないと動きが鈍って面倒なんだけど」
「100メートルも5キロも、運動靴と大して変わらないタイムで走れるから大丈夫」
一般人が何のためにそんな記録を取っていたのかちょっと問い詰めてやりたい。
「で、そういう先生は至って普通のスニーカーですね、それ?」
「ええ、何かあった時の備えはこっちで十分な筈だから」
と、答えつつカーディガンを揺らしてみせた。
一見すると薄手のカーディガンにしか見えないが、内部にポケットがいくつか存在し、そこに収めたものの重量を上手く散らすような構造になっている。
その仕草の意味をきっちり理解した彼は、少し興味深そうな様子で私の傍まで歩いて来ると、耳元に唇を近付けて囁くように尋ねた。
「要するに得物ですよね? 何が入ってるんで?」
「ナイフ、トムキャット、ワイヤー、催涙スプレー、スタンバトン。 それとバックルナイフね。 後はレコーダーとケータイと財布くらいかしら?」
「……そんなに隠し持ってるようには見えないな」
「そりゃそういうものだからね」
それに持ち歩いているものが軒並み小型だからこそ、と言うのも少なからずある。 ナイフはコンバットナイフにしては短めの刃渡り12センチ。 トムキャットはポケット・ピストルだし、スプレーはかなり強力な薬品を使っているものの、サイズは私の小指ほども無かったりする。
少なくとも、しっかり武装した輩と対峙するには色々と辛い装備である。 もちろん、小型と言えど拳銃がある以上、坂田 うめの時のような生身相手に苦戦するようなヘマはまずないだろうけれど。
「って、そんな事はどうでもいいのよ。 早く行きましょう?」
「あ、はい。 ところで、話を聞くのはやっぱり例の医師?」
「ええ、そうよ」
「今まで事情聴取してなかったのかよ……」
つぶやきながら、あからさまに訝しげな目線を送ってくる。
もっともな指摘ではあるが、していなかったかと言われれば答えはNOなので彼の言葉自体は誤りなのだけれど。 もちろん、羽原くんもそんな事は重々承知しているらしく、視線をずっと私の口許に向けたままだったりする。
とどのつまりが、何故今改めて彼の事情聴取するのかと尋ねているのだ。
そんな視線を受け流しつつ、3歩後ろをついて来る彼を連れだって自動ドアをくぐり、エントランスを抜けて、廊下で患者や看護士達と会釈しながらエレベーターへと向かう。
その途中であの老医師とばったり鉢合わせた。
「おや、もうそんな時間か」
「ええ、よろしくお願いいたします」
少しばかり面倒くさそうな顔色の彼ににこやかな笑みで応じた。
やれやれ、とため息をつきながら近くにいた看護士の女性に「ちょっと出かけて来るよ」と声をかけ、白衣のまま病院の外へと歩きだした。 若干小太りの初老の小男と言った風情に似合わず、妙に颯爽としている。
わざわざ外で話す、というのもいささか大仰な気はするが、確かにこの病院でするような話でもない。
「では、お食事でもしながら……」
「勿論、そのつもりだよ。 場所は私が決めさせてもらって良いかな?」
「……何か愉快な誤解の視線が突き刺さってるぜぞ、先生?」
医師の後について行く私を追いつつ、周囲を見回す羽原くん。
言われてみれば、どうやら私は彼の愛人か何かではないかと勘繰られているらしく、好奇の眼差しと下世話な雑音が突き刺さる。
「どうでも良いわ、そんなもの」
「さいですか」
なら良いや、とばかりにギャラリーから視線を外した羽原くんは私を追い越して老医師と方を並べた。
「個人的に色々と聞きたい事があるんで、宜しくお願いしますよ」
「そうかい。 私としても君に尋ねたい事があったのでね、こうして話を聞ける機会を設けて貰えたのは好都合だよ」
「んで、お食事はどちらに連れて行ってもらえるんで?」
羽原くんの態度は妙にとげとげしい。 立ち回りの上手な子ではあるが、どちらかと言うと我を通すタイプ故、こう言うところで穏便にというタイプではない。
それに彼から、彼の持ち得る情報から推察できる情報越しに見れば、老医師は夏芽ちゃんの昏倒に関わっている可能性だってないとは限らないのだ。 ああいう態度になるのも致し方ないところかも知れない。
とは言え、個人的にはそんな私情で相手の気分を害するような真似はして欲しくないのだけれど。
「そうだね、可愛い女の子の居る店だよ。 高校生でも入れる健全な、ね」
「その店、P-maidっつったりしません?」
「正解だよ。 私はあそこのメイド長がお気に入りでね」
「……元気っすね、おじーさま」
「はっはっは、こう見えてもまだ58なんでね。 あっちの方は30くらいかな?」
――前言撤回。 何故か二人は4倍近い年齢差をものともせずに打ち解けていた。
一体何がどうなればあの対応・態度から友情が育まれるのかさっぱり理解出来ない。 否、男とはエロを一枚挟む事で年齢も、性的嗜好も、学歴も、出身も、人種も乗り越えて固いきずなで結ばれるものなのだとかつて上司から教わった事がある。
要するに、そう言う事なのだろう……孫と言っても差し支えない年齢の相手と、メイド喫茶の店員の話題で盛り上がる光景は傍目には酷く虚しいものだが。
「うーん、男の子はよう分からん……」
などとぼやいていると与太話に一区切りつけた羽原くんが少しずつ医師から距離を取り、私の傍までやって来て歩調を合わせる。
「で、どうします?」
「何が?」
「会長がバイトしてる店ですよ、P-maid」
「……そりゃ参ったわね」
「さて、じーさまはわざわざ会長の居る所を選んだのか、単にヒヒジジイなのか……」
羽原くんはがぶつぶつと呟いている話はP-maidを選んだ理由についてもので、どっちであったとしても話し合いの場所が変わる訳ではない。
が、老医師の動機一つで先日彼が言っていた会長が新天寺社と関わり合いがあるという可能性がわずかながらも確実に現実味を帯びて来る。 勿論、単に彼の好色によるものだったとしてもそれとは無関係に会長が新天寺社と関与する可能性はないとは言い切れないのだけれど。
それと同時に、わざわざ新天寺社の関係者が居る場所を選んだとすれば彼と新天寺社の関係を図る物差しにもなり得る。 ひいては先日の夏芽さんの件が伝わっていないのか、それとも彼女の覚醒も大須 冬彦の裏切りもは取るに足らないという認識なのか。
一見するとただの場所選び。 だが、判然としない幾つかの疑問を想像するに足るだけの情報のそのとっかかりになる可能性のあるものでもある。
「とりあえず、本橋さん適当に話をしといてください。 俺はテーブルに会長を近づけないようにしておきますから」
「……まあ、そんな所よね。 でも、あんまり変な事はしないでね?」
「言われなくても」
とは言いつつも、不気味に口元を歪めた彼の表情を眺めていると、不安以外の感情は湧き上がってくる余地すらもなかった。