2話 Q.メロブが開店する11時くらいまで2時間近くも某世界的に有名なハンバーガーショップで厳選作業で時間を潰す奴って何なの? A.わたしです
双生児エッグマフィンセット二人分を千里に持たせてワクド内の狭い階段を昇る。
祝日で、複数のイベントがあるという事もあって店内は普段以上の賑わいを見せていた。
フトモン大会参加者と思しき小学生~大きなお友達は早くも大会前の最終チェックに勤しんでいる。 大会前に情報を漏らさないためか、プレイヤーの大半はARの共有機能をオフにしているようだ。
AR共有。 この機能のおかげで普段はアーリー同士の無線ネットワーク――これも“ニューロン”と呼ばれる――を介して各プレイヤーのお気に入りのフトモンが他のアーリーからでも確認出来るようになり、店内は賑やかな反面、カオスなことこの上ない状況になる……のだが、今日は店内をところせましと走り回るフトモン達の姿がほとんど見られない。
一方のストフェスの開始を待ちきれないコスプレイヤー達は各々の衣装の最終チェックに余念がない。 既に衣装に着替えているフライング気味な連中もいれば、アーリーに入力された自分のデータに衣装を重ね合わせてアレコレ確認している人もいる。
と言った具合に、店内は満席ギリギリの活況を見せていた。 が、幸運にも2階で二人分の席を確保出来た。 3階まで登るとなると結構面倒くさいのでありがたい。
「なんでおごった私が荷物持ち?」
「そりゃあれだ。 俺がご主人様でお前が下僕だから?」
「その台詞、ちょっと興奮するな」
少し頬を赤らめる千里からセットをトレイごと受け取りつつ、席に座る。
一体、こいつの脳裏ではご主人様と下僕をどんな風に解釈されているんだか。
うっかり訊ねようものならエロゲ的なアレコレを聞かされるだけなのは分かりきっているので、あまり深くは追及しないが。
「表情がガチっぽいのがすっげー気持ち悪いな、おい。 あと、今回の配付フトモンは天井に張り付いてるから、ちゃんと捕獲しとけよ?」
「あ、本当だ。 んじゃ、食べる前にさっさとゲットしとこ」
そう言いながら、千里はARを天井に向けてピコピコ操作し始めた。
我ながら今日日、ピコピコという擬音はどうなんだろうと思うがまあ、どうでも良い。
「よし、捕獲……それにしても、相変わらず妙な目だね。 どういう原理なん?」
「知るかよ。 気がついた頃には見えるようになってたんだから」
ARが有名になってきたのが俺が小学生の頃で、アーリーの普及が中学に入る前後くらいだから、生まれつきなのか後天的に得たものなのかも分からない。
右目を閉じてから改めて天井を見上げる。 さっきまで天井を這いまわっていたクモのようなデザインの虫フトモンの姿はどこにも見当らない。
その姿勢のまま右目を開く。 すると、さっきからずっとそこにいましたと言わんばかりに可愛らしくデフォルメされたクモが機嫌良く木の実を齧っている。
右目を閉じる。 クモの姿が消える。
右目を開ける。 クモが姿を現わす。
左目を閉じる。 クモは相変わらずそこにいる。
「本当に何なんだろうな、これ」
「とか言うわりにはあんまり気にしてないよな?」
「まあな。 気になるけど誰かに相談出来るようなものでもないし、現実と仮想の区別はつくからこれといって困ることもないんだよなぁ……」
もちろん、家族や千里のような親しい友人にはこの事は伝えている。 今のところ話の内容も俺の頭も疑われた事はない。
とは言え、彼らにこの現象を解明できるはずもなく、思い付きの実験やら経験則や助言、・分析などから、思った以上に非科学的なことこの上ない技能であると結論付けるのがやっとだった。
たとえばバーコードやQRコードのようにそれら情報を解読し、そこにある指示を出力する事でカメラの映像に何かしらの像を重ね合わせるタイプのAR。 こういったものの場合そもそもそこにコードがある事に気付かなくてもその何かしらの像を認識できる。
コードを見れば認識できるのであれば、脳にコードを解読するシステムが内蔵されていると考えればまあ、筋は通る。 どうしてそんなものがインプットされているのか、という果てしない疑問を除けば。
それ以外の方法で出力した映像をカメラ越しの景色に重ね合わせるARに至っては更に理不尽極まりない。 出力する映像が外部から得たものであれば、その情報は電波の形を取って飛んでくる筈であり、それが見えると言う事は電波が見える&解析できるのと変わりない……のだが、生憎と携帯電話などの電波は受信も視認できない。
もしもそれが出来てしまっていたら、アーリーの比では済まない膨大な情報の洪水の前に正気を失っていたかもしれないが。
それに有線やアーリーに差し込んだソフト(どちらも無線通信オフ状態で)など外部に余計な情報を漏らさないようにした状況でも俺の目はちゃんとARによる重ね合わせの世界を認識してくれる。
ならば複数人が同時に他のゲームをやる、或いは同じゲームの別のシーンを、同じシーンをと色々試したところ、あまりにも情報量が多い場合はどれか一つ、多くても3つくらいの情報を厳選して認識するらしいという結論が出た。
情報の取捨選択、優先順位については不明のままだったが。
今、他のソフトの情報などは一切反映されず、クモの姿のみが左目に写る形になっているのもその不明の優先順位によるものだろう。
「まあ、夜中にホラーゲーをすると真剣にトイレに行けなくなりそうなのがネックだけどな。 あと、ワクドでたまにロナルドが店内を徘徊してるのが見えたり。 あれとゾンビの集団だけは本気で勘弁して欲しかったな」
「ロナルドとゾンビの集団は同格?」
「ああ、ゾンビからは恐怖を感じる。ロナルドからは狂気を感じる」
特にロナルドは物凄いスピードで踊りだしたりするからなぁ。
某動画サイトが元ネタなのは理解できるけれど、製作者はいささか悪ふざけが過ぎる。
というか、そういうのはオフィシャルでやる事じゃないだろう、と言いたい。
「何か有効活用出来る方法があれば良いんだけどな」
「ああ、色々考えた事はあるけど。 他人のやってるゲームが何かなんて分かっても特にメリットはないし、対戦なんかで優位に立てるような情報が出力される事なんてほとんどない。 通販やカーナビ、欲しい物の検索機能なんかはそもそもネットに繋いでいるか、他のアプリと併用しないと意味がない。 自分のアーリーがあればスリープ状態でポケットにしまっていてもその機能が使えるのはメリットと言えばメリットかもな。 でも、それだってアーリーが手元にある事が前提になっている時点で手が一つ空く程度のメリットしかない訳だ」
「まさしく宝の持ち腐れなのか」
「持ってて腐れるようなものを宝とは言わん」
「んー、しかるべき機関にその目を持ち込んだら……」
「この無駄機能の正体が脳にあったら俺の脳みそホルマリン漬けにされるな」
「……ごめん」
「そんな事、いちいち気にすんな」
目に見えて落ち込む千里。 肩を落とし、うなだれている彼女の表情は長い髪に隠されて良く見えないが、きっと今にも泣きそうな顔をしているだろう。
普段は多少ぞんざいに扱ってもへこたれないクセに、変なところでデリケートな奴だ。
うん、と頷きながらも立ち直る気配を見せない千里のトレイにハッシュポテトを差し出してみる。
「それやるから、早く立ち直れ」
「うん、ありがとう」
と、顔を上げた千里はまさかの半泣きだった。
これは傍から見ていると俺が泣かせたみたいに見えるんだろうか?
「お前なぁ、俺があれくらいで怒る筈がないのは知ってるだろ?」
「ちゃうちゃう。 秋一がどっかの機関に連れてかれて、手術台に縛り付けられて麻酔なしで生きたまま顔を裂かれて、頭蓋を割られて、中身を取り出されて、徐々に目が濁っていくのを想像したらなんか悲しくなってもーて……」
「……なんでそこまで心身共にグロ方面に緻密な想像するんだよ」
いや、想像するのは一向に構わない。
こんな目を持っている手前、他人と世界観が相容れないとか、自分以外のすべては異世界に生きているといった類の捻くれた価値感は人並み以上に理解している。
他人が普段どんなとんでもないことを考えていようと、その事に対して驚きはしない。
が、あえてそれを口にされるのはやっぱり良い気がしない。
ましてや「今私の脳内であなたは生きたまま脳髄を引きずりだされました」なんて宣告されたら、さすがにそいつとの付き合い方を見直さざるを得ない。
もっとも、泣きそうになるほど悲しかった、なんて言葉がつく場合は例外だが。
「……冷めるから。 涙を拭いたらはよ食え」
ハンカチ代わりにテーブルに常設されている紙のナプキンを押し付けてやった。
「うん、ありがとう」
ナプキンを受け取った千里は、俺の顔をまじまじと眺めながら少しだけおかしそうに笑ってみせる。
それから差し出されたハッシュポテトを別のナプキンで包んで、一口。
ゲーマーだからというのもあるんだろうが、手が汚れるのを気にしているのを見るとああ、女の子なんだなぁとか不意に思ってしまう。
まあ、だからと言ってそういう仕草にときめいたりするかと言うとそんな事は全くないのだけれど。