40話 生徒会室は他の生徒の出入りが少ないから茶室にされる事がたまにある。教師がそれを黙認している場合、彼らもそこで井戸端会議をしているぞ!
「で、書記ってどういうことやの?!」
「そりゃ勿論、敬愛する先輩を補佐したい一心で立候補させて頂いた次第でございます」
「アンタなぁ……約束とちゃうやないか!? なんで書記に立候補やねん!!」
生徒会室にて。 秋一と会長が何やらそんなやり取りを繰り広げている。
断片的な情報を纏めて整理すると、二人は生徒会長の座をかけて勝負していたらしい。
そんなもので勝負すること自体どうかしていると思うのだけど、二人はそんな事は一切気にしちゃいないらしい。 生徒会をなんだと思っているんだか……。
「……会計の、えっと中野さんは何飲む?」
「あ、ありがとうございます。 ミルクティーあります?」
「……うん」
私の返事を聞くなり副会長は慣れた手つきでミルクティー(と言ってもインスタントだが)を淹れ、適当なお茶請けを紙皿に盛りつける。
どうしてそんなものが生徒会室に当たり前のように置かれているのかという突っ込みはそれらの設置されたテーブルに張り付けられている『きゅーちゃんの云々』と書かれた紙が雄弁過ぎるほどに語ってくれているのでもはや気にしない。
しかも、その一点を除けば至極普通の空間かと言えばそんな事はなく、千里ちゃんが当たり前のように椅子に腰かけてアーリーを弄っていたり、祝賀と称して押し掛けて来たKASSの面子が数名部屋の隅でヤンキー座りしていたりと混沌としている。
そんな空間でただ一人、アタシだけが場に馴染めないでいた。 まあ、この場合、唯一の常識人がアタシとって事なのだろうから、そう思えば悪くない気もするのだけれど。
「でも、流石に終始突っ込みは疲れるわ……」
「安心しろ。 突っ込み役は私も引き受けてやる」
そんな頼もしい台詞と共に生徒会室に入って来たのはミリ子さん。
本名もちゃんと聞いたのだけれど、何となくミリ子さんで定着してしまったせいでもはやミリ子さんとしか認識できない。 本名の方は日本人がリンゴを見た時に「リンゴは英語でApple」と認識するような、異郷の言語に近いものを感じてしまう。
「そうは言ってもミリ子さんも結構こゆいですけどね」
「む、私のどこが濃いというのだ?」
「えっと、相応の事情があったらごめんなさい。 眼帯とか……」
「ふっ、君には分からん事情があるのだよ」
などと供述しながらふぁさっと前髪をかき上げた。
まあ、この人もお年頃だから仕方ないと言えば仕方ないか。 女の子なのにサバゲーに現をぬかしている時点で大なり小なり特殊な女子だろう。
とは言え、その一点を除けば確かに間違いなく常識的な人である。 今も遊びに来たKASSのメンバーを連れ戻しに来ていたらしく、部屋の隅に固まっていた彼らの前に立ちはだかってあれこれと叱り飛ばしている。
やがてミリ子さんに尻を叩かれながら、KASSメンバーは生徒会室を後にした。
多少静かになった室内を秋一と会長の騒がしいやり取りが埋め尽くす。
「あの日、一緒にケバブ食べながらした約束は何やってん……」
「そりゃあれですよ。 俺自身が生徒会長になるのはなろうと思えばいくらでも出来るけど、権力と責任を背負って人の上に立つのは好きじゃないから、その辺は無能な先輩に押し付けて、俺は裏から美味しいところだけ頂こうかと」
「清々しいほどのゲスっぷりやな……呆れてものも言えんわ」
秋一の身も蓋もあったものじゃない告白に気勢をそがれた会長ががっくりと項垂れる。
そして、秋一は本当にいちいちろくでもない。 初めて会ったときはこんな奴だとは思わなかったのに。 もっとも、それでも根っからの悪人じゃないのは間違いない……筈。
「そんな事より一緒にケバブってどういうこと?」
「……ケバブって、何?」
二人のやり取りの内容をしっかり拾って話に割り込んで行く千里ちゃん。
アタシの隣でお茶を啜っている副会長は、割とどうでも良い部分に反応して首を傾げている。
「ケバブってのは中東とその周辺の肉料理のことですよ。 ちなみに俺と会長が食べたのは肉とサラダをパンに挟んで食べる形式の奴です」
「カラスクか。 あそこ美味しいよな、全体的に割高だけど」
「会長指差して「そういや今年で10周年だって? おめでとう店主。 ところで、あそこにいる金髪のカワイコちゃんと付き合って今日でちょうど1年なんだ。 祝福してくれよ」つったら半額になった」
「あそこで値切っとったんかい!? しかも今日日カワイコちゃんて!?」
突っ込む所はそこじゃないし、アタシ達が聞きたいのは料理の話ではない。
この二人に任せておくと永遠に核心まで辿りつけそうにない。 そう判断したアタシは横から割り込む格好で質問を投げる。
「いつの間にデートするような間柄になったのよ? 弱みでも握って脅したの?」
「お前は俺をなんだと思っているんだよ……」
「性格破綻者」
一蹴してやると秋一は「ですよねー」と同意しつつ肩を落とした。
対する会長は「でっ、デートちゃうわ!?」と顔を真っ赤にして叫んでいる。
激しく揺れる頭につられて金の絹髪が波打つ。 一瞬、本当に一瞬だけ秋一が彼女の事を苛めたくなる理由が分かった。 この人は何と言うか面白可愛い。
「で、二人でケバブを云々ってのはどういう事なのよ?」
「……っは!」
改めて問い直すと、今度は千里ちゃんの双眸が驚愕で見開かれる。
「先日のアレで強烈な精神的ダメージを負った会長の心に付け込んで、あれは特殊性癖の恋人のおねだりに答えただけだから恥じる事はないと思うように仕向けて、こましただなんて!? きっと会長のレモンティーを飲みたいと言ったらその日の夜には……くそっ、なんて時代だ!?」
「時代よりもお前の脳みその方がどうかしてる!!」
「ピンク色に汚れたその脳みそ濯いでこいやぁ!!」
「ひでぶっ!?」
長テーブル4つで作られた正方形。 それを会長は右側から、秋一は左側から迂回して千里ちゃんに容赦ない、本当に容赦ない突っ込みを浴びせた。
座っていた椅子をひっくり返して吹っ飛んだ彼女は、盛大に壁に打ち付けられる。
あんまりやってるとそろそろ脳が潰れて死ぬ、と言いたいところだけど今回は黙認。
恋人扱いくらいはからかいの範囲だけど、いきなり薄い本の中でもマニアックな部類の妄想を実在の人でやるものじゃない。
「まったく、君たちはメンバーが増えても変わらないのね」
馬鹿げたやり取りの直後に生徒会室にやって来たのは本橋先生。
秋一の目で見れば頭上にヒヨコを飛ばしてそうな感じに目を回している千里ちゃんを無視して、適当な席に腰掛けた。
「もしかして、生徒会の顧問ですか?」
「ええ、AR部と兼任ということになるんでしょうね」
「っち、生徒会顧問が最後の砦やったのに……」
会長が舌打ちしながらそんな事を呟いた。
と言っても、生徒会室を部室にされる事は半ば諦めていたらしく、本気で悔しがっているようには見えない。
「さて、今日明日中に部活関係の手続きを一通り済ませるわよ?」
全員、改めて席に着いたところで本橋先生の言葉に各々短く返事をし、彼女の持って来た資料を受け取る。
こんな感じで生徒会兼AR部の初めての活動が幕を開けた。