39話 生徒会に限らず学校の生徒の自治組織程度でもころころ変わられると案外面倒くさい
先日のサバゲーから半月ほど経過した5月上旬のある日。
「……なんでやねん」
そんな呟きを繰り返しつつボクの横でわなわな震えているのは中学時代からの親友、西条 九。通称きゅーちゃん。
五月頭の選挙、その開票結果によって生徒会役員に任命される事となった生徒が壇上に並んでいる。
ボクは二度目の副会長で、きゅーちゃんも引き続きの会長。 他に立候補者を押しのけての当選で、当然ながら彼女自身の望んだ結果……の筈なのだけれど。
でも、上辺だけを笑顔で取り繕っている彼女の呟きを聞けば少なからず怒気が含まれていると察知できる。
……その理由はさっぱり理解出来ないが。
「次期生徒会会計、中野 夏芽さん」
選挙管理委員の女子生徒に呼ばれた1年生の女の子は松葉杖を突いて演壇の前に立つ。 年齢は私やきゅーちゃんと同じらしいけど、少し緊張した表情が初々しい。
ぺこりとお辞儀すると同時に歓声が湧き上がる。 主に男子から。
簡単な挨拶から始まり、無難な所信表明を経て無事平穏に演説を終えた。
「では、次期生徒会書記、羽原 秋一さん」
その名前が呼ばれた瞬間、きゅーちゃんが苛立たしそうな表情を浮かべる。
一瞬の事だったので殆どの人は気付かなかっただろうけれど、ボクは見逃さなかった。
一方の彼は余裕綽々の笑みを浮かべ、堂々とした足取りで聴衆の視線の前へと躍り出る。
こちらは初々しさとは程遠く、下手をすれば校長より演壇に立つ姿が板についているかもしれない。
ただ、不思議と中学時代に生徒会長経験があったという可能性よりも、前世が詐欺師か何かだったに違いないというナンセンスなオカルトが先立つから不思議だ。
「どうも、厳正なる選挙の結果、生徒会書記に任命された羽原 秋一です」
この手の場でするものとしては少し軽薄な印象の挨拶。
思わず、きゅーちゃんと顔を見合わせてしまう。 が、そこは流石と言うべきか、次の一言で先代生徒会の抱える問題点として組織の風通しの悪さを指摘。 更には先代、つまり上級生の非難から入る事で場の空気を一気に緊張させた。
ボクときゅーちゃんの視線は今は3年生の先代書記に向けられる。
今期は受験勉強に集中する為に出馬を取りやめたものの、1年後期から1年半に渡って生徒会に所属し、思い付きで会長になったきゅーちゃんとそれに引きずられて副会長になったボクをいつもフォローしてくれた優しい人だ。
もっとも、彼にとってはその人は見ず知らずの他人も同然。 ボクやきゅーちゃんの至らない所をフォローする為になるべく外部の音を遮断する方針で立ち回っていた事実なんて、ただの隠ぺいにしか見えないのかも知れない。
「彼の記した議事録も、一般生徒向けの資料も、残っていた記録はすべて目を通させてもらいました。 そして、認識を改めざるを得ないという結論に達した。 なるほど、これは必要悪だ、と」
生徒会の中心が1年生の女子二人。
一方は真面目だが大人しめで自己主張が弱く、もう一方は妙に我が強く、良くも悪くも仕切りたがりな節がある。
全生徒に向けての、これから生徒会で上司と仰ぐ相手に対する評。
そして、彼は続ける。 前者に無責任な立場からの要求を聞かせると無駄な心労を抱え込む事になるだろうし、後者に関しては場合によっては殴り込みに行きかねない、と。
外部に彼女たちの仕事ぶりを公開したとしても、お飾りの副会長と会長にしか見えない……かも知れない。
「だからこそ、先代は余計な情報を遮断し、一通りの業務をそつなくこなせるようになるまで彼女らを守り続けて来たのでしょう。 推論ですが、先代会計も1年以上を通して会計を受け持って来た人物。 役員が半年で変わる事で生じる面倒も混乱も見て来たに違いありません」
見ればこれまた3年で受験勉強のために続投を辞めた先代会計、おさげに眼鏡と今時珍しいくらい古き良き優等生然とした女生徒がうんうんと首を縦に振っていた。 どうやら、ボク達の知らないところで二人はそんな事を画策していたらしい。
気付けなかったボク達が間抜けなのか、それとも資料だけで看破してしまった彼が凄いのか。
どちらかなんて分からないし、興味も無い。 けれど、先輩たちの心遣いは素直に嬉しかった。
そんな事を思って少し感動している間にも羽原くんの演説は佳境を迎える。
「先代たちがヒールを引き受けてでも撒いた種。 これを大輪の花へと育てる事こそ俺の天命である、という心構えで生徒会の活動に臨み、必ずや開かれた、全生徒のための生徒会を作り上げると約束しましょう」
その一言で演説が終わり、沈黙が訪れる。
上手く表現出来ない静寂の後、割れんばかりの喝采が訪れた。
彼自身に、演説に対する評価は非常に高く、
「頑張れよ、新入生!!」
「でも会長と副会長には手を出すなよ!!」
「最高の生徒会を期待してるぞ!!」
などなど、上級生から飛び交う叱咤激励は軒並み絶賛。 そして、1年生からは
「流石は鬼畜王! 貫禄が違う!!」
「学校でハーレム構築とか流石は師匠!!」
「よっ、次期生徒会長!!」
「もげろっ!!」
褒めているのかけなしているのかよく分からない声が巻き起こっていた。
ただ、この場にいた全員が彼の演説に何かしら心を動かされたのはまず間違いない。
風通しの良い生徒会の実現のための具体的な方針を打ち出した訳ではない。 けれど、誰もが彼なら何かやってくれると信じていた。
多少、あまりにも出来過ぎることに不信感を覚えているような反応を示す人もいるにはいるし、その気持ちは分からなくはないけれど。
何はともあれ、鳴りやまない喝采を前に思わず隣のきゅーちゃんに尋ねてしまった。
「……ボク、この後に所信表明するの?」
きゅーちゃんは視線を逸らしつつ、答えた。
「まあ、がんばり……」
先ほどまでの原因不明の怒りは既に引っ込み、引きつった笑みを浮かべていた。
……早速会長の面目を叩き潰しにかかる辺り、流石だなぁ……ともはや関心するしかなかった。
結論を言えば、もともと口数のそんなに多くないボクに彼のそれを上回るような所信表明なんて出来る筈も無く、きゅーちゃんも可能な限り頑張って、普段ならば十分過ぎるほどのものを披露したけれど、相手が悪かった。
何はともあれ、こんな感じで新年度前期の生徒会が産声を上げた。