38話 粉っぽいパン、肉、千切りキャベツ、ソースという組み合わせのケバブにおふくろの味を感じるのは必然だと思うの。きっとトンカツソースとかマヨネーズをかけたらアレの味になると思うよ
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様、きゅーちゃん。 また、週末に会いましょう」
「はい! 昨日のお休みの分も頑張らせてもらいます!」
私服(眼鏡着用)に着替えたウチは裏口からP-maidを後にした。
が、数歩進んだところで私の歩みは止まってしまった。
「どうも、メイド会長……じゃなかった、生徒会長」
「どんな言い間違いやねん! それにアンタいつもは会長としか言わんやろ?!」
「そうだったか? まあ、そんな事はどうでも良いや」
などと抜かしつつ、それは脇に置いといてとジェスチャーをしてみせる影が一つ。
そいつの正体はあえて言うまでも無く、羽原 秋一だった。
服装は小ざっぱり纏めており、表情は軽薄そうな笑顔でだけれど、なまじ高い身長と真っ直ぐ伸びた背筋、そして軽薄さの後ろに見え隠れする確信めいた自信のせいで、特別目立った特徴がある訳でもないにも関わらず、人目を引くには十分過ぎるほどの確かな存在感を備えている。
お前のような高校1年生がいてたまるか、と叫びたくなるほどの貫禄だ。
怯むと付け込まれそうなので精いっぱい去勢だけは張って対抗する。
「……おちょくりに来たんとちゃうんなら何なんよ?」
「昨日はすみませんでした! ありゃ流石にやり過ぎた」
「え? えっ?」
何を言われるかと身構えたところにまさかの謝罪。
あまりに予想外のその行動にぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
少しして、羽原 秋一が頭を上げ、何事も無かったかのように話を再開する。
「昨日の内に電話で謝るつもりだったんだけどな」
「さよけ……それにしても、えらい簡単に頭を下げるんやね?」
「必要だと思えばな。 当たり前の事だろ?」
よくもまぁ、しれっと言ってくれる。
「……何でアンタに突っかかっとったんかよう分からんくなって来た」
「突っかかったって言うよりも、何か侮られているから先輩の怖いところを見せてやろう的な軽い気持ちで手を出して火傷したってだけの話でしょう?」
「アンタ、ホンマに悪いことした思うてるんか?」
思わず半眼で睨みつける。 けれど、こいつはその程度の視線なんてそよ風のようにこの季節なら寧ろ心地よいと言わんばかりに受け流してしまう。
そして、こっちの気も知らずに、いやこいつの場合知った上であえて平然とウチを真っ正面から見据えてみせる。
何か言うつもりだろうかと、黙って見つめ返してみるものの一向に口を開く気配がない。
徐々に見つめ合っているのが気恥ずかしくなって、顔を背けてしまった。
「少なくとも大人げなかったとは思ってます」
アカン、コイツやっぱり滅茶苦茶腹立つ。
何が鬱陶しいって、わざわざこっちが目を背けたタイミングで口を開く所なんかが特に胸くそ悪い! しかも言うに事欠いて、先輩の私に大人気なかったって! もう前提として自分が上って認識やないか!?
一瞬でも、ちょっとでも、少しは殊勝な所もあるやないかとか思った数秒前の自分を引っ叩いたりたい。
「まあ、そんな事はどうでも良い」
「いやいやいやいやいや、良くないやろ!?」
「ところで会長? 次の選挙には立候補するんですか?」
問答無用にこっちの追及をぶった切って、そんな質問をぶつけて来た。
「……あぁ、そう言うことかぁ」
何の意図があってそんな質問をしたのか、少し考えて答えを見つけ出した。
こいつは生徒会を部室にするという約束をウチと交わした事を懸念しているらしい。
確かにウチが生徒会長で無くなってしまったら、あの約束を履行しようがない。
「正直な話、いっぺんやってみたいってだけの動機やったからなぁ……他に候補者がおらんようならともかく、そうやないんなら辞めるつもりや」
「なるほど……」
下あごに指を当てて、何やら考えるような仕草をしている。
やっぱり、こいつが気にしてたんは部室の事で、謝ったりしたんも会長を続けるように説得する為の布石ってところか……。
「それなら好都合だな」
「……え?」
が、羽原 秋一の発言は私の予想に反するものだった。
「だって、生徒会長を一度は経験している金髪美少女と高校に入って一カ月しか経っていない小僧じゃあまりにも不利でしょう? 無名の候補者くらいならさほど問題はないけど、現会長を相手取ってとなると話は別だ」
なにやら持って回った言い方をしているが、要するに――
「部室なんて俺が生徒会長になればそれで済む話だろ? いざとなれば役員を部員で固めても良い」
そう言うことだ。
さも当然のように言っているが、実際に立候補者がいないなんて事は滅多にない。
それに1年生の立候補と言うのは先輩方から「何となく生意気」という無意味な反発を受ける事もある。
実際、ウチが出馬した年度後期の生徒会長選でウチに投票したんは学年を問わず男子、それともう卒業するからあんまり関係のない3年、同学年の1年で、2年生からの得票は目に見えて少なかった。
ましてやまだ右も左も分からない新入早々とあってはそこに「流石にない」という現実的な意見が思いっきり反映されてしまい、下手をすれば勝負にすらならないだろう。
もっとも……
「アンタやったらなってまいそうなんがなぁ……」
「なってまいそう? なるに決まってる、が正解」
多少冗談交じりな雰囲気で口走った台詞だが、コイツの場合は冗談にならない。
公衆の面前に新入生にあるまじき風格を漂わせて颯爽と現れて、身振り、口調、呼吸、間、リズム、放たれる言葉の一つ一つに至るまで計算しつくされた人心掌握の手腕を持って聞くもの全てを熱狂させてしまいかねない。
流石にそこまでは過大評価だと思いたいところだが、よほどの対立候補が出馬してくれない限り、当たり前のように勝利をかっさらってしまうだろう。
ついでに言うと、こいつが生徒会長を目指すと仮定した時……
「……公約はどうするん?」
「んなもん適当にでっち上げりゃ良いだけだろ?」
にやり、と。 羽原 秋一は怖気がするほどに邪悪な笑みを浮かべた。
あかん! コイツに生徒会長なんかさせたら九尾高校が廃校になってまう!?
それこそ二足歩行の禁止とか、不純異性交遊の奨励とか、裸エプロンの制服化とか、そんな人間の尊厳や理性の美徳を根底から覆し、嘲笑するようなとんでもない公約を掲げ、それでも何故か当選して、マニフェストを実現してしまう。
もちろん、現実にそんな負のオーラ溢れる公約が認められるわけがないのだけれど、それでも私の本能が告げる。
――コイツにだけは、生徒会長なんかやらせたらアカン、と。
「やっぱり気が変わった。 ウチ、今回の選挙にも出るわ」
なんて言って昨日の件で脅されへんやろうか、って不安はあるにはあった。
けど、幸いにもそんな気配はなく、「そっすか」の一言で片づいた。
「昨日のお詫びってことで、何か食べに行きません?」
で、代わりに飛び出して来たのがこの一言。
「あんた、さっきP-Maidコース食べたところやん」
「つってももう2時間前。 それに綺麗な子と食べる食事は常に別腹」
あまりにも平然とそんな事を口走るが、どうにも軽い男は信用できへん。
ましてやコイツの場合、軽さに腹黒さがミックスされて何と言うか禍々しい。
こんな奴に捕まってしまったうめちゃん(とオマケ程度に先日の取り巻きの女の子達)の先行きが不安で不安で仕方ない。
「まあ、軽くなら付き合ったってもええよ」
「んじゃ、何か買ってパークスの屋上で食べるか」
「何かって……ホンマに思い付きで誘ったんやな」
「そりゃあ、こんなところで遭遇するとは思ってなかったからなぁ」
ごもっとも。 ウチも昨日の今日で再会するとは思ってなかったし、思いたくなかった。
何て懊悩している間にも羽原 秋一はアーリーを操作して色々調べている。
手元を見てみるとARキーボードを裸眼で使いこなしているらしい。
「時間的にケーキとか良いか?」
「うん、ウチは別に何でも構わんよ。 シティに寄ってってもええし、いっそのことそこでトルコケバブ買ってっても」
「ふむ……そういやあそこ今年で開店10年じゃなかったっけ?」
「それは知らん」
ちゅーか、10年前ってアンタまだ幼稚園児とちゃうん?
「まあまあ、細かい事は気にすんなって」
「勝手に人の心を読むな」
「っつーわけで、ちょっとあの外にぶら下げてる肉が見える位置に立っといてくれ」
それだけ言って、ウチの返事を聞く暇も無くトルコ料理店カラスクへと駆けて行った。
あいつの様子を見守っていると、店のオーナーと思しきトルコ人の男性が姿を現して、何やら呑気に雑談を始めた。
二人はそれなりに仲が良いらしく、楽しそうに談笑している。 合間合間にウチの方を見たり、指さしたりするのがちょっとだけ気になる。
少しの間、そんな調子でヨロシクやっていたが、出来あがったケバブを受け取ると会話もそこそこに切り上げてウチの傍へと戻って来た。
「ただいま。 ソースはヨーグルトだけど大丈夫だよな?」
「おかえり、とは言わんからな。 で、飲みもん何にする?」
「コーヒー」
「ブラック? しっぶいなぁ、アンタ」
「なんならレモンティーって言った方が良かったか?」
ウチの視線を受け流し、底意地の悪い笑みを浮かべつつケバブを差し出す羽原 秋一。
それを缶コーヒーと交換で受け取ってから、肩を並べてパークスを目指して歩く。
建物の中には入らず、少し遠回りしてパークスの屋上、もといパークスガーデンを目指す。
「……って、パークスって若向けとちゃうやん」
「その中でもガーデンと言えば、おじいちゃんおばあちゃんの溜まり場だな。 まあ、その分、落ち着いて話すにはうってつけの場所だけど」
「確かにそうかも知れんな。 アンタはウチと歩いてるところを見られたら困る人がぎょーさんおりそうやし」
お返しとばかりに意地悪な笑顔をお見舞いしてやった。
「ああ、そうだな。 アンタも知ってたみたいだしな」
「はぁ?」
が、返って来たのは少々予想外の返答。
意味が分からず、顔をしかめるウチに向けて羽原 秋一は指鉄砲を向けた。
缶コーヒーを口に咥えたままなので、流石に効果音の再現はない。
その動作で、ようやく合点が行った。
「……そう言う意味で言うたんとちゃうんやけどな」
「でも、実際不都合だろ? 本当はここに来るべきじゃないかも知れないくらいなんだ」
そう思うんやったら何で来てん、とは流石に言えなかった。
「で、会長はなんで知っていたんですか?」
「ん、何が?」
「俺の類まれなる射撃の腕前についてですよ」
「ネットで見たのと実はその日もバイトやったから。 直接見たわけやないけど、お客さんからその話を何度か聞いとったし、画像も見せてもろた」
「なるほど、確かに一応話は通るかな」
ひとまずは納得したという感じで頷くと、ケバブを一口齧った。
「藪蛇はゴメンやから、追及したりはせえへんけどな」
「でも、それをゲームのためにわざわざ広める辺り、流石の根性の悪さだよな」
「やかましい。 アンタにだけは言われとうない」
「仰る通りで」
これまた頷きながら缶コーヒーに口を付ける。
「……で、千里の事に関しては喋っちゃいないよな?」
「喋ってへんよ。 おっぱいは皆友達や」
「変な標語だな、オイ。 だが嫌いじゃない」
何だかんだと喋りながら歩いている内に、パークスに到着。
ガーデンの屋上目指して登山を開始した。 まあ、登山と言っても2階から9階まで階段で上る程度の高さでしかないけれど。
「……しっかし、あんまり人はおらんね」
「まあ、緑地目当てにわざわざここまで来る奴は少ないからな」
「せやね。 普通は中のお店か、でんでんタウンか、もっと別のところに行くからなぁ」
いくら緑の少ない大阪と言っても然るべき場所に行けばそれなりのものはある。
何もわざわざここでなければならない理由なんてあるはずもない。
「で、そんな人気のない場所にウチを誘って何をする気なん?」
「何もしねえよ。 純粋に親睦を深めようかと思っただけだよ」
アホか、とでも言いたげ冷めた目でウチを見るその態度に偽りはなさそう。
買い物に付き合おうかと言えるほど親しい訳でもなく、かと言ってでんでんタウンを歩くのはさっき言っていた理由で気が引けるといったところか。
もっとも、自分ひとりであればどんな目で見られても気にするつもりはないらしいから、ウチまで衆目にさらされるのは避けようとした、と。
「っても意外と気が利くとか優しいとか、そんな風には思ったらへんからな」
「千里なら関西弁金髪ツンデレメイド会長ktkrって言いそうな台詞だな、それ」
「ウチ、めっちゃ属性多いな……」
「あと、生徒会選挙について色々聞いておこうかな、と」
なるほど、それが本音か。 親睦を云々も全く嘘ってわけではではなさそうやけれど。
「色々と言われても選管の経験はないし、大したことは教えられへんよ?」
「別に良い、どうせ勝つから。 何ならまた勝負でもするか? 今度は賭けは一切無しで」
「……よっしゃ! 今度こそ正々堂々ウチの溢れる人望とカリスマで負かしたる!」
再戦の約束の後、ウチは秋一に生徒会選挙についてのあれこれを教え、特に話すことも質問も無くなったところで解散した。
微妙に立地や名称を変えていますが、あのトルコ料理店はお勧めの店の一つ
戦利品を眺めるのに向く店ではありませんが、日本橋に来たら是非一度お試しあれ