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電脳世界ディストピア  作者: OTAM
2章 よし、ここからグダグダ日常・部活ものに舵を切るぜ!
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37話 微妙な傾向、価格設定、客層、インテリア、立地…チェックすべきものは多いからメイド喫茶選びは慎重に!

 翌日、日曜日の午前12時半。

 Г(ゲー)-Booksでの古ラノベの発掘作業を平和に済ませた俺は、返すのを忘れたアーリーを片手にでんでんタウンをぶらついていた。

 と言ってもカードゲームをする訳でもなく、同人誌に手を伸ばす事も無く、ゲームなんかは大体新天寺社の通販やダウンロード販売・近所の古物市場で事足りてしまう俺にとってはこれと言って目ぼしい場所はないのだけれど。

 特に衣装に気を使うおしゃれさんになったつもりも無いので、難波や天王寺に足を伸ばしたところであまり意味がない。

 とは言え、電車で来た時には賃金が、自転車で来た時には体力的に、Г-Booksにだけ寄って帰るというのは勿体無い気がしてならない。


「……しゃーない、そこら辺で何か食って帰るか」


 という面白みも何もない結論に至った。

 アーリーのブラウザを立ち上げる。 野外なのでブラウザAR表示機能はOFF。

 上下に並んだ2つの画面の下方にARキーボードを表示。 と言っても、本来はゴーグルなり何なりをかけていないと本来は見えない、操作も出来ないくはないが恐ろしく不便の二重苦なのだが。

 俺の場合は右目のおかげで問題なく使用出来る。 まあ、使えなくてもスクリーンに表示されたものを押せば同じ効果は得られるのだが。

 メリットと言えばせいぜい近未来感が溢れていて格好良いのと、画面に触らなくて済む事くらいか。

 検索機能によって表示された周辺、徒歩10分以内の飲食店は20を超えていた。

 それを一旦画面の端に追いやって、別ウインドウで更に絞り込みをかける。

 こんな狭い画面じゃなくてゴーグルを利用してのAR表示か、店舗検索専用のアプリが使えればもっと簡単に店を選択できるのだが、生憎と大須 冬彦が業務用に使っていたこのアーリーにそんなものは入っていない。

 これが自前のアーリーであれば良く行く店順だとか、まだ行った事のない店だとか、混雑していない店だとかそんな検索まで可能な上に、「日曜日の昼食で外食する場合は長時間居座る事が多いので、利用者の滞在時間が長い店舗を表示」なんて超検索までやってのけてくれる。

 もっとも、そんな検索が可能な理由を、過剰なまでの情報量を利用しているその組織の裏側を知ってしまった今ではその機能を気軽に使いこなせる自信はないが。

 思えばミリ子さんのブログ一つとってもあのブログの内容、更新するのに用いたアーリーのIDや使用履歴を照らし合わせ、ニューロンネットワークを介して集積された他のアーリーの情報を重ねていけば新天寺社の関係者であるうめ先輩が、新天寺社の裏を知りながらそこから抜けた大須 冬彦(俺のアーリーではないのでデータ上はそうなるはずだ)の二人が何故か一緒に変速ルールのARサバゲーを行った事が分かる訳か。

 それどころか仮にKASSの誰かが千里に一目惚れし、あいつとの接点を持つ為にオタク趣味に走りだしたとすれば、それすらも両者の様々な購買情報を介して推測出来てしまうのだろう。 そんなこと解析しても新天寺社には何の得も無いだろうが。

 ……なんて小難しい事を考えていると俺の腹の虫が力強く雄叫びを上げた。


「そうだな……追加ワードで、てんいんがかわいい、と」


 打ち込むや否や、一件のメイド喫茶がでかでかと表示された。

 これが検索ビジネスだかロビー活動だかの成果なのか、はたまた本当に可愛いメイドさんがいるのかは定かではないが、清々しいほどのイチオシっぷりである。

 何と言うか、女で釣って裏切り者の大須 冬彦をおびき出そうとしているんじゃないかとさえ思えてくるが、いくらなんでもアレが学校でサバゲーやってるなんて異常行動を見て「よし見つけたおびき出そう」などと意気揚々とトラップを張っていたら何か嫌だ。

 ついでに言うとあいつが女につられると思われている事に対しても色々と突っ込んでやりたい。 奴を釣れるとしたらそれはメイド喫茶ではなく妹喫茶だろうが、と。

 何はともあれ行き先は決まった。

 その店――P-maidというらしい――のサイトをチェックしてみると、何やらここには去年のメイド・オブ・ザイヤーで“メイド・オブ・メイドin日本橋”の称号を獲得した日本橋一、否、関西一のメイドなる女性がいるそうな。

 これはもう行くしかあるまい!

 心の中で思いっきり叫びつつ、アーリーの画面を参考にP-maidを目指した。






 マロンブックスからならほぼ直線に近い場所。 徒歩5分もかからないだろうか。

 言ってしまえばメイド喫茶のターゲットになりそう(という偏見を持たれがちな)連中がたむろするであろうエリアの、主だった店舗からさほど歩くことなく行ける場所にその店はあった。

 外装は瀟洒な造りのこじんまりとした、申し訳程度にお屋敷風ではあるが普通の喫茶店だ。

 店先に置かれた植木の緑が爽やかで、暖かい日であればやたらと黒服率の高い人々が行き交うのを眺めながら、風情のなさにここならではの風情を感じながらコーヒーを飲むのも悪くないかもしれない。

 なんて事を考えながら店内を眺めていると一人の店員(メイドと言うべきか)が俺に気付いて笑顔で会釈をしてくれた。 なるほど、店外にまで意識を向けられる上にあの対応が出来るとは、なかなか良く出来た店じゃないか。

 この手の店は多少割高になるのだが、あの笑顔に免じてここで昼食にしよう。

 ドアに手をかけて店内へと一歩踏み入れる。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


 接客中のメイドを除いた全員が一斉にこちらを向いて笑顔でお辞儀をした。 多少角度が甘いメイドもいるが逆に深すぎるメイドはおらず、全員がしっかりとへその下辺りで手を組んだ格好になっている。

 笑顔は薄く笑みを浮かべていると表現するのが妥当な程度の、あまりわざとらしさを感じさせない、それでいて笑顔を作っている方もさほど苦にならない程度のもの。

 そしてたった一言の定型句の挨拶ではあったが、少し低めに抑えた声は彼女たちの女性を強調し過ぎず、3歩引いて主人の影を踏まずとでも言えそうな恭しさを、ともすればよそよそしくも感じられるものだった。

 胸元の大きなリボン、飲食店勤務でそれはないだろうと言いたくなる髪、エプロンと言う割には何かをこぼすと胸元が汚れそうなデザインのエプロン辺りは流石に本業じゃないから仕方ないとして、膝丈よりもやや長いくらいのスカートなどあまりあざとさを感じさせない衣装。

 それらを総合して見るに現実のメイドに近い志向の接客を良しとしている店のようだ。

 どういうメイド喫茶が主流なのか、流行なのかなんて知らないが個人的にはこういう店の方が好きだ。


「おかえりなさいませ、ご主人様。 こちらのお席へどうぞ」


 俺の傍まで来て改めてお辞儀をしたのは、関西風の訛りで話す金髪碧眼のメイドさん。

 そちらに視線を向けると両手をおへその辺りで組んだ基本姿勢で、こちらに微笑を向けていた。

 身長は160あるかないかと言ったところだろうか。 決して高い訳ではないが腰まで伸びるブロンドの長髪が強烈に目を引き、圧倒的な存在感を放っている。

 瞳の色は緑色。 顔立ちはまず間違いなく平均的な日本人のそれではあるが、桃色のフレームの眼鏡の奥から覗く凛々しい眼差しが印象的。

 夏芽の吊り目が意志の強そうな目だとすれば、彼女のそれは気が強そうな目とでも形容すべきだろう。

 メイドとしては若干不向きな印象も無くはないが、それを整った顔立ちと来たお客様(いや、ご主人様か)には絶対に満足して帰って(これも出かけてと言うべきだろうか)もらおうという心構えから出る偽りのない笑顔が補って余りある。

 そして、この少女の肩口には小さなリボンがあしらわれていた。

 ちょうちょ結びのリボンの尾の一方にはHouse Keeperと書かれている。

 確か「メイド長」に相当する職を指す言葉であり、要するに彼女がこの店のナンバー1メイドということだろう。

 実は店長だとか、本当にメイド長的な業務をこなすだとか、彼女だけ社員だとかそう言った立場的なものを示すものではないと思われる。

 そして、もう一方の尾にはMaid of maidの文字が。 これに関してはさっき調べた通りの意味と見て間違いないだろう。

 なるほど、彼女がこの街で一番のメイドさんなのか。


「ご主人様、こちらのお席へどうぞ」


 と、促されるままに席の方を振り向く。

 ついでに店内の様子を伺うと、昼飯時と言う事もあって店内の席は殆ど埋まっていた。

 時期が時期だけに大げさな戦利品を持ち歩いているようなご主人様はいないが、一人残らずそこそこのものが入るサイズのカバンを持ち歩いている。

 かく言う俺もその後多分にもれず、ラノベが10冊ほど入ったカバンを肩にかけていた。

 そして、その客の中に一人見知った顔を発見した。

 そいつはまだ三寒四温のこの季節に、そして今日は三寒の方に該当する日にも関わらず、メイド喫茶で汗水たらして――麻婆豆腐と格闘していた。

 その男の名は大須 冬彦。 言わずと知れた夏芽の兄貴である。

 彼が現在水道水(ほんまか)という真名の従者を引き連れてかっ込んでいる料理は何度見ても間違いなく赤と白のコントラストが眩しい――麻婆豆腐。

 なんでメイド喫茶でそんなおしゃれと程遠いものを出すんだよ、ネタにしても古いだろ、今あそこ絡みのネタを投入するなら魔女夜(まじょよ)にしておけよ等と心の中で突っ込んだところで大須 冬彦のスプーンが掬い取るのは――麻婆豆腐。

 わざわざメイド喫茶まで来てメイドさんのオプションサービスの介入の余地のないものを平らげるそいつに辟易し、「ああ、アホかと―――馬鹿かと。(中略)元よりメイド喫茶というのは、もっと萌え萌えとしているべきなんだから―――!」などとナレーションしてみたところで店内を匂いによって支配しているのは――麻婆豆腐だった。


「ん、ははら ひゅうひひやはいか」

「食べながら喋るな、汚らしい」


 忠告を受けた大須 冬彦は冷たい水で口の中の麻婆豆腐を流し込み、改めて俺に声をかける。


「羽原 秋一じゃないか」

「あ、知り合いがいるんで相席で」

「はい、かしこまりました」


 メイドさんは丁寧にお辞儀をして、次のご主人様の接客に移った。

 物凄くどうでも良い事だが、即座に他の客と言う流れはプチ寝取られ気分を味わえるな。


「こんなところで何してるんだい、君は?」

「昼飯食いに来ただけだよ。 そう言うアンタは?」

「僕も同じだよ。 夜通しで遊んだ帰りで、食べ終わったら家に帰って寝る」

「つーと、道頓堀辺り?」

「……ああ、そうか。 君はまだ日本橋の全てを知って良い年齢じゃないんだったな」


 そんな事を抜かしつつ、にやりと笑ってみせた。

 ニート・シスコン・遊び人とは……夏芽が心底気の毒だ。

 と言うか、実は女に釣られるような奴だったのかよ。


「……食べるかい?」

「いらん。 それより、何でわざわざこの店なんだよ?」

「そりゃあ、この街のナンバーワンメイドがいると聞いてはね」

「ふーん……で、どうなんだ? アンタの目から見て」

「余裕の合格点。 但し、夏芽には及ばない」


 あれだけ個性あふれるの美少女メイドつかまえて妹の方が萌えると断言するか……。


「その調子だと、夜の遊びってのも夏芽には及ばないで苦労しそうだな……」

「そうでもないさ。 最近だと、いた猫のみさとちゃんが凄く良い。 艶やかな黒髪ロングと意思の強そうな眼差しが実に魅惑的でな……」


 その特徴と完全に一致する人に心当たりがある件について。


「シスコンもそこまで行くとさすがに引くわ」

「ちなみに、君だとロリ巨乳のようこちゃん辺りは気に入るんじゃないか?」


 その身体的特徴もビックリするほど誰かを彷彿とさせるくれる。

 ……なんともまあ、予想外にアレな奴だったようだ。 今後、もしも機会があれば夏芽の愚痴にはちゃんと付き合ってやろう。


「注文しないようだけど……食べるかい?」


 くだらない事を考えながら大須 冬彦の手もとの水を眺めていると、またしても麻婆豆腐を勧められた。

 当然、丁重に断りつつ、メニューを手に取り、目を通す。

 値段は殆どが1000円以内、大人のお子様セットなる目の前で麻婆豆腐を食っているニートとの会話のすりこみのせいで凄まじくきわどい響きにしか聞こえない代物とP-maidコースなるコースメニューが1000円を越えて来るが、セットのドリンクやデザートを単品で頼んだ時の価格を踏まえると良心的な価格のように思える。


「お勧めはP-maidコースだ」

「お勧めが即座に出てくるってどんだけ通ってるんだよ。 アンタ、大阪に来てまだ半月程しか経ってない筈だよな?」


 本当にもう救いようがないな、これは……。

 もっとも、それで困るのは夏芽であって、俺に直接の被害がある訳ではないが。

 それに、夏芽が本気で嫌がるなら流石に態度を改めるだろうから、俺が今ここでとやかく言う必要もあるまい。

 と言う事で、ここは素直に大須 冬彦のお勧めP-maidコースを頼む事にしよう。

 メニューを置いて、テーブルに置かれていたベルを手に取る。 どうやらメイドさんを呼ぶときはこれを鳴らすらしい。


「はい、本日のランチはお決まりになりましたか、ご主人様」


 やって来たのは先ほどの金髪メガネのメイドさんで、俺の注文を取る際に目の高さを合わせようとわざわざ中腰になる。

 そのタイミングで隣の席に座っていた男性が席を立ち、運悪く彼女のお尻にぶつかった。

 とっさに漏れた「うおっ」という一言や体勢を崩して居たところから察するに何かしらの他意や下心があった訳ではないと見て間違いなさそうだ。

 ご主人様にぶつかった金髪メイドは当然前のめりに倒れる格好になり、それはつまり俺めがけて突っ込んで来るということになる。

 とっさの事ではあったものの、座ったまま彼女の細い腰を支えるような感じで彼女を抱き止める。 結果、座っている俺の膝上に彼女のお腹が乗っかるような状況になってしまう。


「も、申し訳ございません……!?」

「あ、いや、大丈夫です」


 そんな何とも俺にとっては美味しい、しかし彼女や彼女のファンにとっては不味い体勢のまま、俺の顔を見ながら本当に申し訳なさそうに詫びる金髪メイドさん。

 ぶつかったはずみで眼鏡が外れてしまったらしく、俺を見る目は若干焦点が不安定な印象を受ける。

 ――と、彼女の顔を見つめていると、もっと重要な事実に気付いてしまった。


「……もしかして、いやもしかせんでも会長?」

「え?」


 相変わらず俺の顔を見ながらも手で眼鏡を探す会長。

 普段はコンタクトをしているんだろうか、なんて事を考えながらピンクフレームのそれを手渡してあげると、「ありがとうございます、ご主人様」と謝意を述べつつ眼鏡をかけ……


「……あ、ああ」

「どうも、昨日ぶり」

「は、羽原 秋一いいいいいいいいいいいい!!?」


 俺の質問に絶叫で答えてくれた。

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