36話 実際に会うとメールやブログとキャラが違い過ぎてて対処に困る事があるが、時折凄まじいギャップ萌えに昇華される
「で、会長は君らに何て言ってた?」
「意地悪してゴメンな、って言ってたわよ」
「……ふむ、そうか」
別れ際、俺に対しては怒りと恐怖と憎しみと絶望と媚びが混然一体となったような曰く形容しがたい目線を向けていたのだけれど。 どうやら、彼女は坊主憎けりゃ袈裟までというような性分ではないらしい。 憎い当人に対してはかなり悪辣な態度を取るようだが。
しかし、その点に関しては今回の件で綺麗さっぱり水に流すことにしよう。
「さっきも言ったけど、いくらなんでもあれはやり過ぎよ?」
少なからず怒気を含んだ夏芽の声が受話器越しに耳に突き刺さる。
もっとも、彼女に言われなくともアレがやり過ぎである事は重々承知しているし、やり過ぎだからこそ誰かが必ず止めるとも信じていた。
その一番の候補は本橋さんだった。 職業は正義の味方を自称する彼女ならああいう事態でも冷静に対応出来るだけの胆力を持ち合わせているだろうし、俺を叱り飛ばせるだけの常識も持ち合わせているだろう。 的確に男子を追い払ってから女性陣に指示を飛ばし、会長を慰めてみせるに違いない。
結果的には本橋さん一人に求めていた役割をあの場にいた女子全員が受け持ってくれる形になったが、これは俺にとっては嬉しい誤算ですらあった。
ましてやその結果が千里や夏芽に対する態度の軟化であるならばなおの事、である。
「ねえ、聞いてるの?」
「……ん、ああ、聞いてるよ」
「本当かしら? まあいいわ。 とにかく、明日会長に会ったらちゃんと謝る事、良い?」
「分かったよ。 ただ、彼女が顔も見たくないと言いだす可能性もあると思うけど?」
「顔の見えない距離から謝りなさい」
はいよ、と心のこもっていない返事をよこしつつ、考える。
果たして会長は明日学校に来るだろうか?
何せあんな事があった後だ。 とてもじゃないがKASSのメンバーや俺達と顔を合わせられないと数日家に引きこもる可能性だってないとは言い切れない。
下手をすればそのまま登校拒否なんて可能性すらも無きにしも非ずだろう。 俺のやった事はそれくらい酷い事なのだ。
そうなったら俺は完全に悪役だよなぁ……。 いや、元から完全に悪役だろうがと言われれば一切否定しようがないのだが。
「……そうだな、これから同じ部員としてやって行くんだから妙なわだかまりは早めに解消しておいた方が良いかもな」
「分かれば宜しい……って、え?」
「勝負の前にそういう約束してたんだよ。 あっちも勝ったら庶務として生徒会でこき使われろっつってたし、お互い様だよ」
「……あっそ」
呆れてものも言えないといった調子の投げやりな言葉が返ってくる。
確かにこの交渉を知っているのは千里だけだし、この話をミリ子さんにした時には寝ていたから知らないのは当然か。 正しくはまともに対決せざるを得なくなった時に備えてインカムの音声を盗聴する為にネットワークに潜ってもらっていた、だが。
「言っとくけど、この要求最初にしたのはあっちだからな?」
「ふーん」
何この絶対零度のリアクション。
流石の俺もこのあんまりな反応にはちょっと傷ついた。
「それで、アンタは何を思って会長さんを部に引き入れようとしたのよ?」
「負け犬の吼え面を毎日拝めると思うと学校が楽しくなるだろ?」
「このどクズ! 外道! 異常性癖!」
「おおい、いくらなんでもそこまで言うか?」
冷めた態度から一転して苛烈な罵倒の嵐とか、何かに目覚めそうだ。
「……で、本当は何のためにそんな要求したのよ?」
「相手の要求に合わせた要求を考えてたら自然とこうなった」
「要するに深い意味はないってことね……」
仮にあったとしても説明する必要はないってのが正解だけどな。
「とにかく! 明日にはきちんと謝っておく事、分かった?」
「ああ、分かったよ。 んじゃ、また明日」
「うん、おやすみ」
と、電話を切った直後に重大な問題に気付いてしまった。
……明日は日曜日だ。
「まあ、明後日に回せば良いだけの話か……」
誰に言うでもなく呟きながら、改めてスマホを通話機能を起動させる。
電話番号はうめ先輩から予め聞きだしておいた……
「はい、西条です」
「どうも、羽原っす」
「ひぃっ!?」
軽い調子で名乗った瞬間に切られた。
それも怯えきった声のオプション付きで。
こうなってしまっては最後の手段。 これまたうめ先輩から聞きだしておいたメールアドレスに読まざるを得ないような文言を送りつけるしかあるまい!
……あれ、これって余計に会長を追い詰めてないか?
「ま、いっか♪」
と言う訳で、メールを送信。
タイトルは『読まねばばらす by秋一』で、内容は普通の謝罪文。
ついでにこっちの電話番号も記載しておく。 さっき掛けたのが履歴に残っているとは思うが、恐怖から逃れたい一心で履歴を消してしまっている可能性が無きにしも非ず。
後は俺の名前を見た瞬間に立てなくなるレベルのトラウマを負っていない事を祈る。
「……アーリーの修理依頼の書類でも書くか」
暫く手持ち無沙汰になるであろうことを見越して机に向かう。
片手間に大須 冬彦から借りたままのAR表示モードでアーリーを起動させ、ニューロンネットワークに接続。
すると中空に画面が浮かび上がり、新天寺社のロゴが表示される。
通常は今日のサバゲーで使ったようなゴーグルやアーリー対応の眼鏡がないと認識できない代物だが、俺の場合はこの目のおかげで何も無くてもAR表示で閲覧可能。
それから指での操作のためにアーリーのカメラの角度を適当に調整、視界に映る実在しない筈の画面をつまんで左右に揺らす。
AR表示の画面は間違いなく俺の期待した通りの動きを見せてくれた。
画面の隅のお気に入りを中指でタッチして検索エンジン一覧を表示、その中から一番多用しているYRHOO!のマークを人差し指でプッシュした。
これが俺のアーリーであれば使用履歴を参照して自動的に一覧の一番上にYRHOO!のマークが、検索バーを伴った状態で表示されるのだが……。
余談だが、人差し指でのプッシュはマウスのクリックに相当し、それ以外の指に関してはそれぞれクリック、ダブルクリック、長押しに各々が好きな機能を付与出来る。 親指はマウスで言うところの右クリック、中指にはお気に入り等の比較的使用頻度の高いものを設定し、薬指は扱い難いので何も設定せず、小指にはファイル作成や保存の役割を与えるというのが一般的な組み合わせだろうか。
他にも使用するツール次第では視界どころか空間全体を可視化されたデータベースにする事も可能になるのだが、大須 冬彦の使っているデフォルトのブラウザにそこまでの機能はない。 と言うか、一般家庭でそこまでの機能を使う必要に迫られる事がまずない。
とにかく起動したエンジンに“KASS”と入力して検索、エストニア語で猫を意味するらしいというどうでも良い知識を得つつ、“サバゲー”のワードを追加。
表示された検索結果の中から、KASSのメンバーのブログを発見、当然のように閲覧。
久しぶりにKASS全員集合♪
と言っても、色々あって物凄い変速ルールのゲームだったけど。
でもでも、サバゲーである事に違いはないよね?
それにインカムの使用や学校を舞台にした屋内戦なんて変速ならでわ!
きっと面白いゲームになるはずだー!
ただ、相手の方が数が少ない上に素人っぽいのがなぁ……。
誰だって最初は素人なんだし、素人だからってバカにする訳じゃないけど。
でも何だかなぁ……
なんて思っていた時期が私にもありました。
結果はまさかの負け。それも全滅。
いやぁ、相手チームの子たちはむちゃくちゃ強かったよぉ。
想像もつかない場所からの奇襲(私はこれにやられた!)
5人がかりで追い詰めたら4人を巻き添えにする超絶スキル!
30メートルも離れた場所から拳銃で狙撃する男の子!
(しかも、この子が孔明もビックリの軍師さん)
その上、みんな可愛くて格好良い!
って、これはサバゲー関係ないか……
とにかく、ゲームには負けちゃったけど面白い勝負だった!
下級生組も揃ったし、これからはこういうゲームが沢山出来ると良いな!
当たり前といえば当たり前だが、会長の件については特に触れられていない。
一人二人軽率な馬鹿が書いていてもおかしくないとは思ったんだが、ミリ子さん辺りがしっかり緘口令を出してくれているのかもしれない。
確たることはもう少しチェックしてからでないと言えないところだが。
リンクを漁り、KASSメンバーのものと思しきページのバナーを長押しし、別のウインドウでそれらのページを開く。
さすがにゲーム終了から時間が経っていないということもあってか、あるいは特殊な状況だった上に負け試合だったからなのか、今回のゲームを扱っている記事は少ない。
……と、一通りチェックし終えてある事実に気づく。
「想像もつかない場所からの奇襲でやられた人って言うと……」
ついでにこの文章で男、というのはあまりないだろう。
同じKASSのメンバーもこれを見ているのだから、ネカマというのも違和感がある。
ということはつまり……
「ミリ子さん、ブログだとキャラが違え」
過去の記事を読み進めていくと、最初はメンバーに内緒でのブログ更新だったのがそのうち気づかれ、しかしいまさら伽羅を変えるわけにもいかずこのまま押し通す格好になったというありがちな経緯が手に取るように理解できた。
しかも、最初の頃は絵文字・顔文字もバンバン使用していたようだ。
メンバーにばれた辺りから目に見えて顔文字の頻度が下がり、今に至るってところか。
確かに、このテンションは文末にいちいち顔文字が幻視できる類のもの。 何と言うか……妙なところで可愛い人だな。
そんな調子で彼女のブログを遡っていると、気づけばすでに日が変わっていた。
ちなみに、この日、会長からの折り返しの電話はかかって来なかった。 俺の名前を見た瞬間に本当に泡を吹いて倒れたのかもしれない。