30話 学校で食べるおやつの味、学校で飲むコーヒーののど越し、学校でするゲームの楽しさは格別。学校でする淫行については……知らん
――放課後。
本橋さんを案内する役目を千里と夏芽に任せ、鶴橋さんと並んで教室を後にする新を見送りつつ生徒会室へ。
生徒会室のドアを開ける。 さすがにまだ誰もいないようだ。
「と言うか、開けっ放しとは不用心な……」
「アンタみたいな無作法モン、今までこの学校にはおらへんかったからなぁ」
ドアをくぐった俺の背後から、今時珍しいくらいコテコテの関西弁が飛んできた。
声の主が誰かなんて振り返るまでも無い。
「確か生徒会長さんでしたっけ?」
「なんやねん。 その、壇上の姿を拝見しただけの新入生だから先輩の顔なんてわかりませ~ん、みたいな態度は!? アンタが3歩歩いて忘れたとしても、ウチは百遍生まれ変わっても忘れへんからなぁ」
「はいはい。 で、生徒会室に何の用ですか?」
「何でアンタのホームみたいな態度やねん! おかしいやろ!?」
最初、腕を組んだままうろんげな目つきでこちらを見ていた生徒会長だったが、今はむくれた表情で、俺をビシッと指差して、もう一方の手で壁をぺちぺち叩いている。
手の動きに合わせて頭も小刻みに動き、その度に思わず金色の絹とでも形容したくなる華やかな金髪が宙を踊る。
その動作に何の意味があるのかはよく分からないが、よく分からないからこそ分かる事もある。
「会長って何か可愛いですね」
「なっ!?」
会長の顔からボッとっ火が噴いた。
「そうやって照れるところがまた可愛い」
「う、ウチは可愛くなんかあらへんわっ!? それにアンタに褒められて照れたりなんかするわけないっちゅーねん!?」
「ツンデレ?」
「どこが?!」
「えっ、褒められて嬉しくないってのは建前で本当は腰を抜かしそうなくらい嬉しいんでしょう?」
「んな訳あるか!? んな訳あるかぁ!? 大切な事なので2回言いましたぁああ!!」
「ツンデレは皆そう言うんだよ」
今度は一歩退きつつ仰け反り、胸元辺りにかざした両手を怪しげに動かす会長。
多分、困惑やら何やらが反映されているのだろうが、本気で意味が分からない動作だ。
しかし、一つだけ確かな事がある。
「会長、実は動きが大げさで感情豊かな自分可愛いとか思ってるでしょ?」
「思ってへんわ!?」
「計算づくのあざとさで男を誑かす女狐は皆そう言うんだよ」
「うぅぅううぅう……!」
この人……ちょろい、そして面白い。
「むー……アンタ、めっちゃ失礼なこと考えてへん?」
「まさか、敬愛すべき生徒会長にそんなこと……」
「内心馬鹿にしてる奴は皆そう言う」
「よく分かりましたねぇ、エライエライ」
と、賛辞を送りつつ頭を撫でてやった。
その直後、堪忍袋の緒が切れたらしく、握りこぶしを作った両手を天高く掲げつつ「きえええええ!」と奇声を発して威嚇のポーズを取る会長。
「お、おお、お……覚えとれえええええええええ!?」
双眸にたっぷりと涙を蓄えた状態で廊下を駆けて行った。
生徒会長、マジ豆腐メンタル。
「……あんまり苛めちゃ、ダメ」
と、まるで見計らったかのように生徒会長と入れ替わりでやって来たのはうめ先輩。
生徒会長が走り去っていった方角を眺めながら、若干非難がましい口調で、相変わらず蚊の鳴くような良く通る声でそんな事を呟く。
「別に苛めちゃいませんよ。 それよりうめ先輩、ちょっと会って欲しい人がいるんですけど、今からイケます?」
「……ここで良いの?」
「はい、ここに来てもらう予定なんで」
「……なら、大丈夫」
申し訳程度に首を傾けて俺の言葉に肯定の意思を示してくれた。
後はいきなり本橋さんと対面した時の為の心の準備をそれとなくさせれば準備は万端。
「えーっと、正直言うとうめ先輩とはそりが合わないかなとは思うんですけど、俺にとっては命の恩人なんで俺の顔を立てると思って適当に合わせて下さい」
「……うん」
またしてもわずかに頭を動かしての首肯。
「多分、もう5分くらいしたら来る筈なんで」
「……分かった」
ぼそりと答えたうめ先輩はカバンを部屋の中心を囲んで正方形になるように置かれた長テーブルの一片に置き、書棚の対面の壁に置かれている電気ケトル・紅茶パック・粉コーヒー・砂糖・紙コップの前へ。 まだ足が本調子ではないらしく、歩く時の姿勢や動きはぎこちない。
それら一式が置かれているテーブルには『きゅーちゃんの放課後ティーセット(はぁと)』と丸っこく、なおかつアホっぽい字で書かれた張り紙がセロハンテープで取り付けられている。
きゅーちゃん……どこかで聞いた名前だな。 あれは確か入学式の……
「考えんでもここまで生徒会室を堂々と私物化する奴なんて一人しかいないか」
脳裏にヘタレ系関西風味金髪美少女の姿を思い描きながら、一人勝手に得心した。
そういやあの人の名前は“西条 九”だったっけか。
得心していると紙コップを二つ持ったうめ先輩がカバンを置いた席に腰掛け、自分の前に紅茶の入ったコップを、そのすぐ隣の席にブラックコーヒーの注がれたコップを置き、伏し目がちにこっちを見ながら手招き。
「あ、それ、俺の分ですか?」
「……うん」
「言ってくれれば俺が淹れたのに」
「……いいの。 ボクが淹れたかっただけだから」
なんか気を遣わせちゃったみたいだな。
「そういや、今日は松葉杖は持ってないんですね?」
「……うん。 必要ない、から」
さっきのあの歩き方で必要ないとは思えないが。
まあ、彼女が必要ないと言うのならそれ以上突っ込む必要も無いか。
「ん、ボク?」
「……あ、私が淹れたかっただけだから」
「いや、わざわざ言い直さなくて良いですから」
無口、デカメロン、怪力、ボクっ娘のグランドスラムとは恐れ入る。
なんて考えているとつい口をついて出そうになった「いや、ボクっ娘、凄く良いと思いますよ。 文化だ、ロマンだ、萌えだ」という妄言をコーヒーで胃袋に流し込んだ。
「……」
紙コップに口を付ける俺の横顔をじーっと眺めるうめ先輩。
距離が近い上になまじ感情の乏しい双眸もあってか、圧迫感が尋常じゃない。
「なんですか?」
「……苦くない?」
「ええ、ちょうど良い塩梅です」
「……苦いの、平気なんだ?」
なるほど。 何も訊かずにブラックを淹れた事を気にしていたらしい。
「はい、平気です。 あと、なかなか美味しいですよ」
「……よかった」
俺の返事を聞いて安心したうめ先輩は薄く微笑む。
「こそっ……じーっ、秋一のうわきものー」
「手が早いってレベルじゃないわね……」
思わずその笑顔に見惚れそうになった俺を、入り口から顔を半分だけ出して生徒会室の様子を伺っている二人――言うまでもなく千里と夏芽――が我に返らせた。
「よお、二人とも」
「私たちは空気です。 だから早くギシアンしてくれよぉ」
「おのれはいきなり何を抜かすか」
距離があるが、とりあえず手の甲で軽く相手を叩くオーソドックスな突っ込みの素振り。
それを合図に千里は生徒会室に上がり込んできて、当然のようにうめ先輩の対面の席にカバンを2つ置いて、腰かけた。
夏芽もやや遠慮がちに生徒会室に足を踏み入れ、千里の隣に腰を下ろした。
松葉杖を長テーブルとイスにかけ、千里が持って来たカバンの一方を自分の方へ引き寄せる。
二人が着席したところで本橋さんが登場。
お互い何を言うでもなく、静かに視線を交錯させる。
うめ先輩について良く理解していない夏芽と千里は二人の反応にはこれと言った関心が無いらしく、しきりに俺と先輩の顔を見比べたり、自分と先輩の胸を比較したりと忙しなく視線をさまよわせている。
ついでに言うと夏芽はうめ先輩の胸を見て驚愕し、千里の胸を見て戦慄し、自分の胸に手を当てて絶望していた。 その後、本橋さんの方を見てほっこりとした笑顔を浮かべていたがそれについては見なかった事にしよう。
と言う訳で、別段暑くもない部屋で俺一人が嫌な汗をかきつつ、状況を見守っていた。
「……はじめまして」
「はじめまして。 今日からこの学校で教鞭を執ることになる本橋 春日よ、よろしく」
「……はい、こちらこそ」
どうやらうめ先輩は彼女が先日自分を10階から叩き落としてくれたコスプレイヤーだとは気付いていないらしい。
まあ、確かにあの派手なコスプレと今の地味な服装とじゃ中々結びつかんよなぁ……。
「と言う訳で、本橋先生が顧問でお願いします」
「……うん。 でも、まだ3人だけ」
「と言う訳で、うめ先輩。 入部して下さい」
「……え?」
「え?」
「えっ」
俺と本橋さん以外の3人が絶句した。
うめ先輩は予想外の発言にただ純粋に驚いたと言った感じの少々間の抜けた声で。
夏芽と千里は……少々不満げな表情を浮かべていた。