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電脳世界ディストピア  作者: OTAM
2章 よし、ここからグダグダ日常・部活ものに舵を切るぜ!
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28話 ひとから借りたものを汚したり壊した時の焦燥感は異常。特に某国民的RPGの冒険の書のでろでろは軽く死ねる

 よく分からん成り行きで坂田うめの自宅にお邪魔する事になった。

 学校から歩いて20分。 電車通学なのでここから駅まで30分以上かかるのだと思うと帰りの事を考えるだけでも億劫だ。

 これと言って見るべきもののない道のりの先にあったのはこれまた至って平凡な一軒家。

 強いて特徴らしきものを挙げるとすれば、やや古くさい点くらいだろうか。


「これでお父さんもお母さんも今夜は帰って来ないの的な台詞があれば役満だな」

「……何で知ってるの?」

「マジかよ……」


 流石の俺も思わずつばを飲み込まずにはいられなかった。

 いかんいかんとは思いながらもついつい、彼女の制服越しの肢体を意識してしまう。

 ……もっとも、彼女と俺の立場を考えると俺が今夜は家に帰れないの、むしろ一生帰れないのになる可能性も少なからずあるのだが。


「……でも、おばあちゃんと弟はいる」

「まあ、そりゃそうだよな」

「……両親、は顔も知らない」


 こんな不憫な子をつかまえて下品な想像する奴は殴ってやりたいね、まったく。


「で、何で俺はここに招待される羽目になったんだ?」

「……服を、返そうと思って」


 そう言えば止血用にシャツジャケットを貸したな。

 しかし、そんな用事なら明日にでも学校に持って来てくれりゃそれで済んだのに。

 やっぱり罠なんだろうか、なんて事を考えながら絵に描いたような昭和の日本家屋の引き戸を眺めていると、何の前触れもなく、それがガラガラと音を立てて開いた。

 そこから飛び出して来たのは武装した厳ついおっさんでも、黒服サングラスのそっち系のお方でもなく、小学4年程度と思しき少年。

 さっき言っていた彼女の弟だろう。


「おかえり、ねーちゃん! そいつ誰?」

「口の利き方のなってねえクソガキだな」


 警戒していると言った様子は特にない。

 ただ見慣れない相手に相応の関心を向けていると言った程度の反応だ。

 ついでに言うと異性を連れて来た事に特別な意味を見出すほどマセてはいないようだ。


「で、誰?」

「お前の姉ちゃんの学校の後輩だよ」

「名を名乗れ!」

「人に名前を尋ねる時は、ってお約束の反論させてもらって良いか?」


 興味津々と言った様子で俺を指差しつつ見上げる坂田(弟)。

 その適当に切って適当に伸びて来ましたと言った感じの髪を頂く頭をぽんぽんと2,3度叩いてやる。

 俺の手をもう一方の手で払いながら、俺の反論に威勢良く答えた。


「坂田 (ダイ)!」

「そうかそうか、俺は大須(おおす) 冬彦(ふゆひこ)だ」


 とっさの偽名。 特に意味はない。

 ぐっと堅く握手を交わし、男同士の友情を育む。

 しばらくすると大の方から手を解き、坂田 うめに「友達と遊んで来る!」と言い残して走り去って行った。


「弟の握力は人並みなんだな」

「……血は、繋がってないから」

「でも、可愛い弟だ」

「……うん」


 こくりと首を縦に振る彼女の表情は変化に乏しいなりに薄く微笑んでいた。

 その表情を見ていると、決して悪い子じゃないんだろうなぁなんて馬鹿げた事を考えてしまう。 一度は殺されかけた身の上で言うのはどうかと思うけれど。

 しかし、俺の横を通り過ぎて引き戸を開ける彼女は普通の女の子にしか見えない。

 まあ、日常を壊しかねない非日常なんてのは大体普段は平凡の仮面を被って全裸待機しているものなのかも知れないが。


「……入って」

「ああ、お邪魔します」

「お帰りなさい、うめちゃん。 ……あら、彼氏?」


 今度はおばあちゃんが現れた。 おばあちゃん、と言っても年齢は50を超えているかどうかも怪しい風貌で、地味な色調の長袖のシャツとジーンズ・エプロンを身にまとう彼女は坂田うめの母親だと言っても誰も疑いはしないだろう。


「あ、はじめまして、お母さん。 うめ先輩の後輩の大須です」


 色々思うところがあるのはさて置き、とりあえず会釈と自己紹介。

 まんざらでもなさそうな笑顔で俺の挨拶にあらあらと言わんばかりに手を振る仕草(実際にする人は初めて見た)をしてみせる祖母さん。

 “お母さん”の一言が効いたのかどうかは定かではないけれど、初対面としては好感触の反応だろう。


「あらま、年下?……ん?」


 言いながら、彼女は首を傾げる。

 この反応はおおむね想像の範囲内だが、こうもすぐに気付くとは思わなかった。

 坂田うめは2年生。 という事は彼女の後輩は当然ながら1年生。

 で、今は四月の頭である。 では、俺と彼女はいつ知り合ったのか、という話になる。


「はっはっは、先輩に一目惚れされました」

「あらまぁ……」

「……」


 祖母さん、すっげぇ楽しそう。 一方の坂田うめ、改めうめ先輩すっげぇ恥ずかしそうに俯いている。

 祖母とはそれ以上会話を交わさずに靴を脱ぎ、祖母の横をすり抜けたところでこっちに振り返ってぼそぼそと口を動かす。


「……こっち来て」

「はいはい、お邪魔します」


 靴を脱ぎ、適当に揃えてから彼女の後を追いかける。

 後方から「おばさんはちょっと2時間ほど買い物に行ってくるわ」という独り言が聞こえてくる。 それが意味する所についてはあまり深く考えない事にしよう。


「それじゃ、行ってきまーす!」

「……いってらっしゃい」


 取るものも取りあえずといった様子で財布も持たずに、というかエプロンも外さずに祖母さんは出て行った。 いくらなんでも色々先走り過ぎだろ。

 怒涛の如く彼女が去っていった後には、何とも対処に困る沈黙が残された。

 流石に祖母さんが残して行った爆弾に火をつける勇気はない。 彼女に向かって「えっと、コンドームある?」なんて言えるほど俺は阿呆でも勇敢でもない。

 この人に突っ込みで殴られたら痛いじゃ済まなさそうだし。


「……ここが私の部屋だから、入って」

「お、お邪魔します……」

「……お茶、淹れて来るから、くつろいでて」

「ありがとうございます」


 と、言われても初めて入った女の子の部屋でくつろぐような豪胆は当然持ち合わせちゃいない。

 千里の部屋なら何の躊躇もなくPCを立ち上げてベッドに寝転がってやれるんだがなぁ。

 それどころか本人がいなくても勝手に上がってくつろげる自信がある。

 ……まぁ、自慢げに語るような事ではないのだが。

 そんな馬鹿げた事を考えつつ、床に胡坐をかいて腕を組んだまま先輩の部屋を見回す。

 ああ、うん。 普通だ。 これ以上に形容しようがないくらい普通だ。

 これまた強いて特徴を挙げるならば女の子らしいものが殆ど無く、カーテン・学習机・タンス・ちゃぶ台に至るまでが落ちついた色彩で統一されている点だろうか。 ちなみにベッドはない。

 引き出しを開ければ寝るときに布団を敷くのは他の部屋で寝ているのかがはっきりするが、そこまでして知りたい情報ではないのでもちろんそんな事はしない。

 通学カバンは学習机の上に置かれっぱなしになっている以外に家具以外の彼女の持ち物と思しきものは殆ど見当らず、部屋の主の人柄を伺わせるようなものは一切なさそうだ。

 つまり、適当に間を繋ぐのに使えそうな話題は殆ど無い、ということだ。


「……どうぞ」

「うおわ、おかえりなさい」

「……えっと、ただいま?」


 俺のあまり意味のない挨拶に律儀に応じながら、先輩はお茶とお茶受けの載ったお盆をちゃぶ台の上に置く。

 緑茶に羊羹か。 見た目はかなり若いのに趣味の方はまさしくおばあちゃんって感じなんだな。 もしかしたら先輩や大くんの趣味なのかも知れないが。


「えーっと、とりあえず服返して下さい」

「……うん」


 すっと立ち上がった彼女はタンスの一番上の棚を開けると先日貸したシャツジャケットを取り出した。

 汚れはきちんと落としてくれているらしく、血の跡なんかは無さそうだ。


「……これ、ありがとう」

「どういたしまして」


 うん、清々しいほど会話が続かない。

 受け取ったジャケットをカバンに突っ込み、出された緑茶に口をつける。

 程良い苦みが舌を通り過ぎる。 なるほど、これは甘いお茶受けに合いそうだ。


「って、呑気に茶しばいてる場合じゃねえ! もういっそのこと単刀直入に聞くけど、何でわざわざ家にまで招待したんだ? 何かしら企んでるって気配もないみたいだし」

「……それは」

「それは?」

「……分からない」


 はい、会話終了。 本人すら無自覚の感情をわざわざ掘り起こす気にはなれないしな!

 もっとも、少なくとも発砲した件で恨まれちゃいないらしい事だけははっきりしたと見て良いのだろうか?

 色々あって彼女との距離感、付き合い方というのはいささか推し量りかねる所ではあるが、何はどうあれ嫌われて嬉しいと思えるほど歪んじゃいない。 それだけにその事実には少しだけ安堵を覚えた。


「そうか……」


 取り繕うようにそう呟き、羊羹を一口頬張る。

 控えめの甘さが好みの逸品だった。 祖母さんはなかなかに良い味覚(センス)してる。

 咀嚼しながら理由は自分でも分からないが家に誘ったその理由を考え、不意に一つの可能性についてぶち当たったが、いくらなんでも無理があるだろうと言葉にすることなく羊羹と一緒に飲み込むことにした。


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