26話 ボブって聞くとゴツイ野郎しか思い浮かばない諸君! ボブ≒おかっぱと聞いておかっぱ頭のゴツイ野郎しか想像出来なくなってしまえ!!
「で、何部を創設するんだよ?」
「秋一に首輪で繋がれる部!」
笑顔のまま俺達の方にやってきた千里めがけて俺の拳が唸る。 渾身の右フックが容赦なく彼女の下あごを打ち抜いた。
が、千里は崩れ落ちそうになるのを机に手をついて踏みとどまり、即座に立ち上がる。
「へへっ、良いパンチじゃねーか……でも、それじゃオイラは倒せねーよ」
「変なキャラ作ってないで、話を進めろ。 もう一発殴るぞ?」
「おk。 さっき夏芽と話してて思いついた事なんだけど、放課後に半ば私物化出来る部室があると楽しいと思わないか?」
「今さらっとろくでもない本音が漏れ出たな、おい」
部室は有限なんだから、くだらない事に使うんじゃありません。
とは言え……
「本当に私物化して、無為に時間を過ごすだけじゃないのなら手伝ってやらん事もない」
「だってさ。 良かったわね、千里ちゃん」
「むぅ……そうは言ってもなぁ、秋一は注文が多いから……」
俺の注文が多いんじゃなくて、お前に突っ込みどころが多過ぎるだけだろう。
と、言ったところで千里には馬耳東風も良いところなのだろうが。
「で、どんな部活にするんだ?」
「えっと、超能力者とか……」
「宇宙人や未来人や異世界人なんか探すS○S団は却下な。 それから友達作りに励む隣○部、生徒の悩みを解決する奉○部、世界の支配構造を打ち砕く未来○ジェット研究所もナシだ。 せめて本を食う女子高生に三題噺を延々と書き続けると見せかけて事件を解決する文芸部や、基本的にお茶会ばかりでも学園祭の時には主役になれる軽音部程度には活動すること、良いな?」
「ううっ、私は校内で秋一といちゃいちゃ出来る場所が欲しかっただけなのに」
がくりと崩れ落ちた千里は膝と両手を床について打ちひしがれる。
学校をなんだと思っているんだ、こいつは。 そもそも超能力者はここに二人いるし。
しかし、千里の能力で何かしらの部活となると……
「アーリー部とか、AR部とか?」
「……物凄く気乗りしないわね、どっちも」
苦虫を噛み潰したような表情で夏芽がため息をついた。
思い付きで言ってはみたものの、正直気が進まないのは俺も一緒だ。
あの日知ってしまったアーリーの、新天寺社のろくでもない裏の顔を思えば、とてもじゃないがアーリーを持ち歩く事さえ躊躇われる。 要するにあれは発信機と盗聴器を抱き合わせたような代物なんだから。
個人的な考えとしては、地下に潜って新天寺社と抗争を繰り広げる訳でもないのならあってもなくてもさしたる影響はないと思うが。 新天寺社を追う立場にあった本橋さんがワクドでアーリーを弄っていたのもそういう判断によるものだろう。
まあ、余計な情報を送らないように改造されていたって可能性もあるが、それならそれで千里に頼めばそれくらいの事は何とかしてくれそうだし。
「どうする、千里?」
「んー、私はどっちでも良いけど……」
考える振りをしながら、俺と夏芽の様子を伺う千里。
一応、こいつなりに気を遣っているんだろう。
個人的には何も知らない一般人の前で妙な含みのある話する事の方が気になるのだが。
「俺はどっちでも良いかな。 特に入りたい部活がある訳でもないし」
「……良いの?」
夏芽が不安そうに俺と千里の表情を伺っている。
彼女に至っては俺達は殆ど何も聞かされていない新天寺社の前進とやらとも接点がある。 俺達以上に色々と思うところもあるだろう。
「別に構わないけど。 ただ、創部となると色々手続きがあるだろうから、何をするにしてもそれを調べてからだな」
「おkおk! 面倒くさい事は全部任せた!!」
「……お前なぁ」
いや、確かに調べものとか手続きとか、そういう地味な作業は得意だけどさ。
面倒くさいから押し付けたとあからさまに言われるとなんか腹が立つ。
「まあ良い。 それより出すもん出したんならはよ帰るぞ」
「ちょ、出すとか言わないでよ」
「それはスカtごほぉ!?」
「そっち系のネタ振りでは断じてないからしょうもない事を口走るな」
実に自然な動きで千里の下あごに裏拳を叩き込みつつ、荷物をまとめたカバンを担ぐ。
それから、完全に置いてけぼりになっていた新と太郎の方を振り返り「じゃ、また明日」と軽く会釈した。
「ああ、また何かあったら相談頼みます、師匠!」
「右に同じく。 困った時にはたのんます、先生!」
「俺は先生でも師匠でもねーよ」
二人に手を振りながら教室のドアをくぐる。 俺の後ろを顎をさする千里と松葉杖をついた夏芽がゆっくりと追いかけてくる。
「師匠だって」
「おかげ様でな」
「形はどうあれ、友達が出来て良かったじゃない」
整った双眸で俺の顔を覗きながら、しれっとそんな事を言ってくれる夏芽。
歩調を合わせてはいるもののそれでも慣れない動きで俺の横を歩く彼女は俺達より一つ年上。 その上、俺や千里の知り合いだ。
考えてもみれば俺なんかよりずっと不利なスタートラインに立っていると言っても過言ではないんじゃなかろうか? 千里と同列に自分を置くのは何か嫌だが。
「もう少しゆっくり歩いた方が良いか?」
「ううん、大丈夫。 それより、どこ向かってるの? 北門とも南門とも違う方角なんだけど……」
「生徒会室だよ」
「どうして?」
「生徒手帳に創部の手続きは生徒会でって書いてたから」
正確に言えば、いくつか条件を満たした上で生徒会に届けを提出、そこでの審議を経て職員会議に回され、最終的な結論が下されるという流れらしいが。
果たしてこれは面倒くさい仕事を体よく押し付けているだけなのか、それとも生徒の自主性の尊重と教師の責任のバランスを取ろうとした結果なのか。
一見すると手間が増えているだけのようにも見えるが、実際のところはどうなっているのだろうか?
「さっきは知らない風な態度だったが?」
「ありゃ、他人の目があったからだよ」
まあ、アーリーの話をし始めたのは俺なんだけどさ。
さすがに夏芽があそこまで露骨な反応を返してくれるとは考えてなかった。
……ただの他ハード信者だと思ってくれていると信じておこう。
「確か、この階段を上ってすぐだった筈」
「校内の施設の場所全部覚えてるの?」
「まさか。 ただ、千里がこういう事を言い出しそうだなと思ったから、たまたまだよ」
「それ、たまたまとは言わないと思うわよ?」
ごもっとも。
「うーん、愛だな!」
「寝ぼけた事を抜かすな……っと、階段大丈夫か?」
「うん、このくらいなら問題ないわよ。 なんならお姫様だっこでもしてくれる?」
「しようか?」
「……えっ!?」
自分で言い出したにもかかわらず、意表を突かれたとばかりに驚く夏芽。
その拍子に杖を落として体勢を崩して転倒……
「おっと」
……する前に何とか抱き止めた。
「大丈夫かよ?」
「う、うん」
「おっと突然の立ちくらみがー!」
俺と俺に抱きかかえられる夏芽のすぐ傍で千里が突然ヘッドスライディング。
かなり勢いがついていた所から察するに鼻の頭くらいはすりむいていそうだが、無視。
「で、大丈夫か?」
「う、うん……それより、近い」
「ああ、悪い」
松葉杖を拾って夏芽に手渡し、ちゃんと立てそうなのを確認してから離れる。
心なしか顔を赤らめて「ありがと」と呟く。
その横、というか寧ろ下で千里が何やら喚いているがこれまた無視。
せめてもの情けと首根っこを掴んで起き上がらせてやる。 顔を覗きこむと心なしか鼻を赤らめて「何この格差」と呟いた。
そんな二人を引き連れて階段を上り、上級生の色々な感情の混じった視線を浴びながら生徒会室へ到着。
気を取り直した千里が、夏芽が「心の準備するからちょっと待って」というのも聞かずに意気揚々とドアを開け放った。
「たのもー!」
「さすがにその挨拶はねえよ、バカ」
「えっと、失礼しまーす」
「……どうぞ」
静かな、しかし澄んだ良く通る声で返事をしたのは一人の少女。
夏芽と同じように松葉杖をついているにも関わらず、背筋を伸ばして立ったままファイリングされた資料に目を通している。
首から垂れ下がる藍色のネクタイの色を見る限り、2年生だろう。
遊びのない着こなしはまさに生徒会、といった雰囲気を醸し出していた。
しかし、女性特有のふくらみが同年代の女子に比べて圧倒的な存在感を放っているため、そのお堅い着こなしが何故か物凄く不謹慎に見えてしまう。
ネクタイが不自然な軌道を描いてその丸みをいっそう強調するのが実にけしからん。
まあ、本当にけしからんのは千里のそれと変わらない俺の思考様式なのだろうが……。
しかし、そんな思春期丸出しの思考は彼女の瞳を見るや否や一瞬にして消し飛んだ。
俺達を横目で見つめるその双眸はいささか感情が欠如したような印象を与える。
喩えるならば、そう……昆虫や爬虫類を彷彿とさせる漆黒。
そして、その吸いこまれそうな黒に見覚えがあった。
すこしクセ毛のミディアムボブの髪越しに俺達の様子を伺う彼女は確か――
「……げ、坂田うめ」
「……あ」
「「……ん?」」
冬服の肩口に安全ピンで留められた腕章には副会長の3文字が躍っていた。