25話 他愛のないメールって送る方と返信する方の思考時間の格差が酷いってレベルじゃないと思うの・・・・・・
色々あって盛大に高校デビューに失敗した日から数日が経ったある日。
連れション(女子の場合、こう言って良いのかは疑問だが)に行った千里と夏芽を待ちながら、二人の生徒のやり取りを眺めていた。
一人は身長165cm程度のやや低めの、まだ春なのに日に焼けたような肌のスポーツ少年風。
もう一人は身長は170ちょっとといった程度のやや太めの男子。 と言っても決して肥満と言う訳ではなく、どことなくがっしりした印象もある。
彼らの口ぶりや態度を見るに二人は中学時代からの友人のようだ。
ちなみに、非常に悲しい事だが俺は友人どころかまともな話し相手すら一人として見つかっていない。 どうにも千里のあの自己紹介のせいでとんでもない奴と認識されているらしく、(特に女子からは)露骨に敬遠されている。
更に不運な事に九尾高校に進学した同じ中学出身の生徒は俺を除いて全員女子で、接点のある奴は千里以外には一人もいない。
「なあ、このメールどう返せば良いと思うよ?」
「いやまずメールを見せてくれ」
「ほらよ」
ケータイを受け取った男子生徒(太い方)はさっと液晶に視線を滑らせ、内容を音読。
「……『昨日ケーキ食べた! めちゃうま~♪』か。 なるほどなぁ……」
「な? だからどうした、としか思えないだろ?」
「うーん、確かに……」
男子二人が雁首揃えて難しい顔で液晶とにらめっこしている。
その光景は傍から見ていると何となく間抜けだ。
「そうだな、とりあえずそうか良かったな的な内容で行けば良いんじゃないか?」
「いや、何かそれすげえ興味なさそうで感じ悪くないか?」
「それもそうか……そうだよなぁ……」
二人揃って頭を抱える。 動作が見事にシンクロしているのが妙に笑いを誘う。
とは言え、メールの相手に真剣に返信しようとしている、真剣に協力しようとしているその姿勢は評価しても良い。
俺だったら、もしも千里からそんなメールが送られてこようものなら――
『それで、ここからどうやって変態談義に持って行くんだ?』
でお終いだろう。 まあ、千里以外の相手だと多少はまともな返信をするだろうが。
何かこういうと俺は千里の事が嫌いなように聞こえるな。 実際は……まあ、今語る事ではない。
改めて二人の男子に意識を向ける。
相変わらず、何と応えて良いのか分からず悩み続けていた。
「仕方ないな……」
のっそりと立ち上がって、二人の傍へと歩み寄る。
「こういうやり取りは基本的に5W1Hをきちんと拾う事が重要だと思うぞ」
「おわ、ハバラ・テラス」
と、あからさまに仰け反ってみせたのは小柄な方の男子生徒。
ちょっと待て、ハバラ・テラスってのは俺のあだ名か?
言いたい事は分かるが、かの家畜人からの引用とか高校生がやるこっちゃないだろ……。
それにあれか、千里はヤ○ーか? 一日即堕ちコースなのか? 止めてくれよ。
「そのあだ名をつけたボケナスについては追及しないが、俺の話は聞いとけ」
「話って、5W1Hのことか?」
「ああ、そうだよ。 まず、そのメールの内容に不足している情報を整理してみろ」
言われるがままに二人は「ああでもないこうでもない」と話し合いながら、メールの内容を検証して行く。
そうして2分ほど経過したところで、二人はメールに欠けているものを一通りリストアップし終えた。
1.ケーキを食べた時間
2.ケーキを食べた店
3.一緒に食べに行った相手(一人の可能性もある)
「まあ、こんなところか」
他にも食べたケーキの種類とか、ケーキを食べに行った理由とかも掘り下げられるが。
特に意外に重要なのが食べに行った理由だろう。 実は誕生日だったと告げるのが恥ずかしかったなんて可能性もあるからな。
もちろん、あからさまに「何で食べに行ったんだ?」なんて聞き方をしようものなら、相手がどう返せば良いのか分かなくなってしまうだけだが。
その日の相手の様子を思い返しながら「何か良い事あった?」と「何か嫌な事でもあったか?」を使い分けつつ、相手の自慢か愚痴を引き出してやるのが無難だろう。
「で、ここからどうすれば良いんだ?」
「とりあえず質問しろ……って、そういやメールの相手は誰だ?」
「隣の席の鶴橋さんだよ」
「ああ、あのギャルっぽい子か」
ふむ……。
「と言う事はこのメールは事実を送っているというよりは一種のキャラ付けと見るべきかな。 つまり、女の子アピールしてる訳だ。 良かったな、脈ありだぞ」
「マジかよ」
「良かったじゃないか」
二人は仲良くハイタッチをして喜びを分かち合う。
仲が良さそうなのは大いに結構なのだが……
「そういう事をやる前に早く文面を考える。 相手はタイピングがめちゃくちゃ速かったり、15分以内返信がマナーだと思ってる可能性があるからな」
「で、そのはっきりしない情報とやらのどれを使えば良いんだよ?」
「それは自分で考えろ。 とりあえず、自分が話を広げやすいと思ったものにしてみ?」
「広げやすいものかぁ……うーん」
またしても悩む男子二人。
よくもまあ、こんな調子でメアドを聞き出せたものだ。
「仕方ないな、初回サービスだ。 たとえばケーキを食べた時間。 当然24時間全部が食べた可能性のある時間になる訳だが、流石に朝や学校のある昼間に食べるとは考えにくい。 つまり、それ以降……夕方か夜に食べたものと仮定して話を進めてみる」
小柄な方からケータイを引っ手繰り、適当にタイピング。
文面は『学校帰りに買い食い? それとも夜食? あんまり夜遅くに食べると太るぜ?』……と、まあ、こんなところか。
ケータイを受け取った男子生徒はメールの内容をざっと確認。
「太るとか書いて大丈夫か?」
「大丈夫だろ。 9割がた怒った顔文字と『これでもダイエットしてるんだから』的な文言が返ってくるから、『まあ、鶴橋は細いから寧ろ太った方が良いくらいだろうけどな』とでも送っておけ。 それから、食べた時間が学校帰りなら『俺も実は甘いもの好きなんだよ。 今度どこの店のケーキか教えてくれよ』の一文も添えておくとなお良し」
「本当かよ……」
と、首をかしげつつもメールを送信。
それから3分ほど雑談をしていると、メールが返ってきた。
『太るとか言うなー! これでもダイエットしてるんだぞー!ヽ(`Д´)ノ
あ、食べたのは学校帰りだよ。 通学路にあるロッソ・ファン○ズムってお店』
「マジで予想通りのメールが来た……」
「ああ、こんな感じで全て見透かされて思うままに操られて家畜人になって行ったんだろうな、北里さん……」
「いや、あいつの言ってる事は殆どデタラメだから」
俺と言葉を交わしながらも小柄男子はいそいそと文章を打つ。
「そういや、羽原さんは北里さんや中野さんとメールしたりするんですか?」
「さんはいらねえよ。 あと同級生相手に丁寧語は止めれ」
「いや、畏れ多いんで……」
何ゆえ名前もまだ覚えていないクラスメイトに畏れられにゃならんのか。
そして、今気付いたんだがこの二人の名前知らないな、俺。
「よし、こんなもんでどうですか?」
「ん、どれ……『まあ、鶴橋は細すぎるくらいだから、むしろもうちょっと太っても良いくらい思うけど。 ところで、今度一緒にその店に食べに行こうぜィ?』か。 堅いがまあ、良いんじゃねえ?」
いささかがっつき過ぎな感はあるが、あっちから店の名前を教えてくれた時点でこういう流れになる事は想定している可能性は十二分にある。
このくらいの攻めの姿勢を取ってもさほど問題ない……かもしれない。
ふむふむ、どうやら鶴橋さんのギャルっぽさはかなり計算されている節があるな。
「とりあえず、これで行ってみ?」
言われるがままに男子Aはメールを送信。
返事が返ってくるのを待つ間に、改めて二人に尋ねる。
「そう言えば君ら名前は?」
「自己紹介聞いてなかったのかよ?」
「千里のせいでぶっ飛んだわ、そんなもん」
「「ああ、納得……」」
どうやら理解してもらえたらしく、二人揃って首を縦に振ってくれた。
それから太め男子の方が「じゃ、改めて」と仕切り直す。
「俺は森宮 太郎。で、こいつが今宮 新」
太い方が森宮 太郎、背の低い方が今宮 新か。
「よし、覚えた。 俺は羽原 秋一だ、ヨロシク」
まあ、言わんでも覚えられているとは思うが。 主に誰かさんのせいで。
俺の挨拶に二人が揃って「ああ、はい、こちらこそよろしくおねがいします」と何だか腹立たしいよりも悲しくなってくる程に丁寧に返事されたところで、再びケータイが震えた。
小柄スポーツマン風男子改め、新がケータイを操作し、メールを開く。
そして、満面の笑みを浮かべてガッツポーズをした。
「よっしゃぁ! デート……って程のもんじゃないけど、約束取り付けた!」
「おお、良かったじゃないか」
「ふむ、どれ……?」
小躍りする新の手の中のケータイの液晶を覗く。
『おっけー、それじゃ明日にでも寄り道しよー。 あ、あらたんのおごりね☆』
さて、そのロッソなんちゃらという店のケーキの値段はどれくらいなんだろうな……。
「あ、羽原さん?」
「いや、だからさん付けは止めろっての。 っで、なんだ?」
「お礼を言おうと思っただけですけど……」
「お礼って、んな大げさな。 あとさん付けは止めろと」
今にも土下座しそうな勢いで身を乗り出す新に掌を向けて制止をかける。
が、デートの約束を取り付けたのがよっぽど嬉しかったらしく、新は自重しない。
「じゃあ、師匠と呼ばせてもらいます!」
「……殴って良いか?」
「あー、そいつ言い出すと止まらないんで諦めてください、師匠」
あ、こいつ便乗しやがった。
キングオブ地味ネームのクセにふてえ野郎だ。
「今なんかすげぇ失礼なこと考えませんでした?」
「気のせいだ、諦めろ。 怨むならご両親を恨め」
「言ってる事が支離滅裂!?」
背後にがび~んとかそんな感じの古典的なオノマトペを背負っていそうな表情で突っ込む森宮 太郎。 あの中途半端なボケをきっちり拾ってこれだけの反応を返せるあたり、なかなかの突っ込み役のようだ。
一方、相変わらず浮かれポンチになっている新は俺達のやり取りなどまるで意に介さず、ケータイを抱きしめてくるくる回っている。 はっきり言ってキモい。
「で、新。 おごりって書いてたけど、お前の小遣いどれくらいあるんだよ?」
「とりあえず5000円っすね。 あとはアーリーの副収入が2000円ちょっと」
「アーリーの……ねぇ」
今時、小学生だってそれくらいの事はやっている。 その事は十分に理解している。
が、春休みのあの日知った事実を思うと嫌でも顔をしかめてしまいそうになる。
「あ、師匠はアーリー持ってますよね? 北里さん、なんかすごいって噂ですし」
「いや、俺は少し前に壊してそれからまだ修理してないから……」
言い淀みながらも、ポケットからスマホを取り出す。
「つう訳で電話番号とメアド教えてくれ」
「ういー。 赤外線って何か信用出来ないんで紙に書いたので良いすか?」
「ああ、別に何でもいいよ」
新はノートの切れ端に意外と綺麗な字でアドレスと電話番号を書き始めた。
その間に、特に妙なこだわりの無い太郎と赤外線で互いの情報を交換。
念のため、メールを送ってから電話をかけて確認を済ませる。
「よし、問題なさそうだな」
「師匠! 書き終わりました!」
「そうか、んじゃ……」
ささっと必要な情報を打ち込み、確認のために新にからメールを送る。
無事メールが届いたのを確認して、今度は電話を。
1回目のコールが教室内に響き渡った瞬間、勢い良くドアが開き、むやみやたらと良い笑顔の千里とやや呆れ顔の夏芽が戻ってきた。
豪快な物音につられて3人揃って彼女たちの方へと振り向く。
そして、千里は開口一番、デジャヴってレベルじゃねーぞと言いたくなるような台詞を口走った。
「秋一! 部活を作ろう!」
ビックリするほどAR関係ねぇ!
秋一のキャラ紹介エピとしてもすっげぇ微妙だし、新キャラ冴えない男二人だし、誰得だよコレ?
千里って千早と(字面的に)見間違えるよな、天才HENTAI少女だしとかそんな事を考えながらのんびり書いた結果がこのザマだよ!?