22話 某ゲーム機の顔シューティングは地味にハマるから油断ならない
戦うコスプレイヤー二人の居場所を見つけるのはさほど難しいことではなかった。
何せ大須 冬彦のアーリーの機能に加えて、アレだけ派手に暴れているのだ。 自然と周囲の関心・注目を引き、二人のいる方へと人の流れが生まれる。
ましてや今は大通りの歩道の屋根の上という目立つにも程のある場所で元気に跳ね回っているのだ。
噂を、伝聞を辿って行けば、むしろ二人を避けて通る事の方が難しいくらいではなかろうか。
しかし、問題はここから先。 どうやってYulyコスの彼女の援護に入るか?
まずあの二人の戦闘能力は凡人の介入を許せるような代物じゃない。
一方の俺は戦闘能力なんて単語を使う奴は「そういうお年頃」と一笑されるような実に平和な世界で生きて来た至って平凡な中学生である。
もちろん普通に首を突っ込んだところでワンパンチ即K.O.なのは間違いない。
下手をすれば助けたい方の足を引っ張ってしまう可能性さえある。
そこで登場するのが懐の拳銃……なのだが。
これはこれで今まで一度たりとも撃った事のないものをいきなり動く標的に向けて撃つことへの凄まじい不安が付き纏う。
有効射程とか流れ弾とか、何に対してどう気を使えばもさっぱり分からない。
自分で撃つのを放棄して彼女に渡すのも手かもしれない。
とは言うものの、これはこれで俺自身が戦いに介入する時と同じようなリスクが伴う。
うっかりRUMIコスの子の手に渡ってしまったりしたら目も当てられない。
などと考えている間も二人は衆目のことなど気にも留めず、延々と戦い続けている。
後悔する前に考える前にとにかくやれ、といった類の少年漫画の主人公的なスタンスははっきり言って俺の性に合わない。 基本的に小市民であり、凡人である。
と言うか、こんな状況下に置かれて即座に動ける方がおかしい。 動かざるを得ない状況であればとっさに体が動く事もあるかもしれないが、今のところ戦況はこう着状態。
ここで拙速を尊ぶとばかりに突っ込んでいけるほど俺の肝は座っていない。
それに……見ず知らずの相手で、かなり物騒な性格をしているとはいえ若い女の子に銃を向ける事にもどうしても抵抗を覚えてしまう。
「さて、どうしたもんかなぁ……」
『アンタねぇ、プランもなしに一人で飛び出してどうするのよ?!』
「うおっ!?」
考え込んでいる俺のすぐ隣に怒声とともに現れたのは紛れもなくついさっき消えた筈の AR少女――夏芽だった。
「お前、何してんの?」
『何してんのじゃないわよ! アンタが考えなしに出て行っちゃうから、兄さんの知恵を貸してあげようと思ってここに来たのよ!』
「大須 冬彦の? ってか、知恵って何の? っていうか、そもそも何でお前はその姿?」
ついつい質問攻めにしてしまう。 それも、どの質問も少し考えれば勝手に事故解決できるような単純極まりないものばかり。
『アンタなら一から説明しなくても大体想像ついてるでしょ?』
「ああ、まあな」
夏芽がARなのは超能力で改めてネットワークに侵入しているから。
大須 冬彦の知恵とやらは、それが具体的に何を指すのかまでは分からない。
が、策もなしに出て行った俺の目的をアーリーの機能を駆使して調べ上げ、これから遭遇するであろう問題を予想した……ってところだろう。
「で、知恵ってどんなものなんだよ?」
『ちょっと待って。 その前に状況を確認しておきたいんだけど、良いかしら?』
彼女の真剣な眼差しを正面から受け止めつつ、首を縦に振る。
『秋一はあそこで戦ってる人……と言っても今の私には見えないんだけど、のYulyの格好の人を助けたい。 でも、あの戦いについて行く方法がないから手をこまねいている』
「ああ、その通りだよ」
素直に認めてしまうのは少し腹立たしいけれど。
『で、唯一介入する手段があるとすれば懐の拳銃くらい。 でも、それを渡すチャンスがあるかどうかも怪しい』
「そういうことだ。 仮にあの人が緑の方を首尾よく撒いたとして、その隙をついて接触できるかっていうと難しいだろうしな……」
別に運動が苦手って訳ではない。 苦手どころか、さらっと人並み以上の記録を叩き出して体育会系の部活に所属してる連中から「その才能、うちの部で開花させないか? ついでに北里もマネージャーとしてだな……」と誘われる程度には動ける部類だ。
ただ、今しがた人だかりの向こうで大暴れしているあの二人は異常過ぎる。
俺の知る限り人間は、それも見た目は華奢な女の子はスクーターをかついでぶん投げるなんて芸当は出来ないし、そもそも何で屋根の上にスクーターがあるのか教えて欲しい。 同様に、とっさに飛んできたスクーターの上に着地して二段ジャンプするような超反応はスタントマンだって出来やしない。
「殆ど漫画の世界だぞ、あれ?」
『そうね。 でも、一瞬たりとも介入の余地がないって訳じゃないでしょ? たとえば投げ技が決まった直後とか』
確かにその通りだが。
だからと言って投げ飛ばされたRUMIコスの子が起き上がるまでの間に群衆をかいくぐって射撃が当たる距離まで近づけるとも思えない。
Yulyの人に至っては投げた直後には逃げるだろうからこちらもこちらで間に合いそうにない。
大体、何度も言うがあの二人に近づくと言う行為自体、半ば自殺行為だ。
片や軽く弾かれただけでも致命傷になりそうな怪力少女。
片や後ろに立った瞬間、ねじ伏せられそうな現代のくのいち。
出来る事なら近づかずに済ませたい。
『だったら、近づかずに事を済ませちゃえばいいのよ!』
「出来るもんならそうしたいよ」
『だーかーらー、出来るようにしちゃえば無問題でしょ。 アンタの目を使って』
その一言でようやく合点が行った。
「あっ、ARシューティングか」
『そういう事。 そのアーリーにはもう入ってるから、後は兄さんと北里 千里が対人用に改造してくれるわ。 アンタの持ってる銃はもともと新天寺社のものだから、クセなんかも計算に入れて、無風状態なら30メートル先まで正確に狙えるように出来るって。 アンタが下手打たなければだけど』
ARシューティング。 細かいジャンルは色々とあるだろうけれど、AR技術によってカメラ越しの風景上に描写された標的を撃ち落とす、典型的なファーストパーソン(一人称視点)のシューティングゲームだ。
と言っても、ARを用いたそれはプレイヤー本人が動かねばならないため、あまり無茶な動きや特殊なシステムを採用しづらく、大概のゲームは似たり寄ったりの内容になりがち。
しかし、弾の軌道、ターゲットのサイズや動きなんかで微妙にゲームバランスを調整している。
そして、確かに実在の人間を標的にした対戦型ARサバイバルゲームなんてのもあった筈。
そう言ったゲームの中でも特に狙撃の疑似体験に重きを置くゲームであれば、少し設定を弄って調整を加えれば実銃でも使える……かも知れない。
そんな事を考えながら二人の戦いを見守っていると、不意にスマホが震えた。
「なんだ、千里か?」
『いえあ! 秋一の可愛いメス犬、千里ちゃんだお!』
……うわぁ、通話切てぇ。
が、恐らくARシューティング絡みの話の可能性が高いため、切る訳にも行かない。
「で、何の用だよ?」
『今から改造したのを送るから、受け取る準備しといて』
「ああ、分かった」
空いている左手で大須 冬彦のアーリーを取り出す。 新着メールを受信。
最上段にあるメールの添付ファイルを開き、ダウンロード。
数秒後、またしても俺の右目の景色が様変わりした。
「視線を感知する機能は健在か」
二つの目の焦点が合った所にいる対象を自動的にロックオンし、バーチャルの拳銃が映し出される。
更にその対象の体の部位へと意識を向けると、拳銃の位置が微妙に動いた。
そこに当てたいならバーチャルの拳銃のある空間に本物の銃を重ねろってことだろう。
視界の隅に意識を向ける。
何やら意味ありげなスペルと数字がズラリ。
確証はないがそれらの意味するところは銃の構造的な理由による軌道のずれ、弾丸にかかる引力の影響、風向き・風の強さ……etc。
要するに弾丸の軌道を計算するのに必要な情報である。
「あんまり長時間は構えていられないな」
懐に手を突っ込み、安全装置を外してからH&K P2000のグリップを握る。
通りを挟んで並行する二つの歩道の、二人が屋根の上で暴れている方の反対側。 そこで彼女たちを見上げる野次馬から少し遠ざかった場所に陣取り、二人を凝視。
相変わらず二人の攻防は人間の常識を越えた速度と密度を誇っていて、いくら右目による補正があってもとても狙うべき場所を狙えそうにない。
が、それでも懐に手を突っこんだまま、じっとその超人的な動きを見守る。
そして――
――今だッ!
決定的なチャンス。 それは坂田うめと言うらしい少女がYulyコスの彼女の襟を掴もうと手を伸ばした瞬間に、そして彼女が飛び退きながらその手に警棒を押し当てた瞬間に訪れた。
その警棒はただの警棒ではなかったらしく、坂田うめの身体がわずかに仰け反り、硬直する。 その一瞬を捉えて拳銃を構え、引き金を引いた。
狙うは、俺の視線の向かう先は坂田うめの白いフリルのついたオレンジのミニスカートから伸びる健康的な太もも。
思った以上に大きく、けれど少し間抜けな銃声が辺りに響く。
それとほぼ同時に弾丸が肉を穿ち、赤いものが溢れだした。
夏芽の一人称の表記ゆれに気付いた今日この頃。
彼女の一人称は「アタシ」が正解です。
本体の容姿は私でも良い感じの設定なのに「アタシ」です。