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電脳世界ディストピア  作者: OTAM
1章 むやみにイベント盛りだくさんなある日の出来事
24/172

21話 透視とか遠隔視って相当緻密にコントロール出来ないと精神衛生上非常に宜しくないと思うの

 簡単な挨拶のあと、初老の医師の立ち会いのもと、夏芽を覚醒させるための手術が始まった。

 千里は専用のアーリーを構えて、大須 冬彦はもう一つ持っていたらしいアーリーを手にネットワークへと干渉すべく作業を開始。

 医師は電磁波を照射する装置にあれこれとデータを入力している。

 俺はと言えば、先にも述べた通り、やることがないので病室の外の椅子に腰かけて右目に映る風景を眺めていた。


「なあ、夏芽?」

『ん、なに?』

「君は目を覚ましたらどうするんだ?」


 預かり物のアーリーを操作しながらそんな事を尋ねてみる。

 我ながら漠然としていて答えづらい質問だとは思うが、別に答えを求めている訳ではないからさしたる問題ではない。

 そういった意図をきちんと汲み取ってくれた夏芽は下あごに人差し指を当てたまま、視線を虚空に彷徨わせて考え込むような仕草を見せる。


『よく分からない。 そもそも自分が昏睡状態にあるとか言われてもピンと来ないし、目を覚ました後のアタシを取り巻く環境がどんなものかもよく分からないもの』

「……そりゃそうだよな」


 夏芽にだって昔は友達くらいいただろうし、好きな異性もいたかもしれない。

 けれど、彼女は正確な期間は知らないが、それなりに長い間眠り続けていたんだ。

 夏芽の周りにいた人達はきっと夏芽とは異なった時間を歩んでいる。

 その中に舞い戻る事が不可能だとは思わないけれど、思う以上の困難が伴うのは間違いない。


『まあ、体は物凄くなまってそうだから、リハビリから始めないとね』


 と、夏芽は屈託のない笑みを浮かべてみせた。

 その笑顔からは目を覚ました後の不安とか、そう言ったものはほとんど感じられない。


「ああ、そうだな」

『そういうアンタは?』

「俺か? そりゃあ、夏芽みたいな特殊な境遇にはいなから、普通に進学としか言いようがないなぁ……」

『ふーん。 高校、どこ行くの?』

「九尾高。 千里も一緒だ」

『へぇ……それってもしかして、秋一が「千里は俺がいないとダメダメだからなぁ、ついて行ってやるよ」とか言って同じ高校を志望した、みたいな?』

「いや、俺は学力相応のところを受けただけだよ。 わざわざランクを落としてまでついて来たのは千里のほう」


 俺はもっと良い高校に通えるんだから、と反対したのだが。

 千里はそれを「秋一のいないところでいじめられて不登校になったら意味ない」と突っぱね、九尾高校を受験した。

 そして、さも当然のようにトップの成績を収めて合格を決めやがった。


『そっかぁ。 私も高校通い直そうかな、一年から』

「……不安じゃないのか?」


 独り言のように呟いた彼女の表情はあまりにも楽しそうで、思わずそんな事を尋ねてしまう。


『んー、不安がないって言えばウソになるけどさ、兄さんが私のために尽力してくれていたのがそれ以上に嬉しかった、かな?』


 少し恥ずかしそうにはにかむ夏芽。

 その表情のまま、「それに……」と言葉を続ける。


『新しい友達も出来たしね』

「えっ?」

『えっ?』


 思わず間抜け面になってしまったであろう俺に釣られて、夏芽が鳩が豆鉄砲でも食らったような表情になる。


『えーっと、やっぱり厄介事に巻きこんだの……怒ってる?』

「……冗談だよ」


 彼女は恐る恐ると言った様子で俺の表情を伺っている。


『本当かしら? 危ない目に遭ったりもしたから意外と根に持ってるんじゃない?』

「そこは前もっての忠告があったから文句は言わねえよ。 と言うか、むしろ感謝したいくらいだ」

『感謝? 何に?』

「さあ、何だろうな」


 千里が俺のために頑張っていたのを知れたから、とはこっ恥ずかしくて言えなかった。


『何よぉ、友達に隠し事するつもり?』

「友達でも言えない事はあるんだよ」


 俺の言葉に対して『むぅ……』と頬を膨らませて抗議する。

 AR特有の誇張ゆえのフグ科の生き物かハムスターのような膨らみ加減が少し面白い。


「分かったよ。 可愛いふくれっ面に免じて教えてやる。 一回しか言わないから心して聞けよ!」


 夏芽はすぐに真面目な顔に戻って、俺の目をじっとのぞき込むように凝視する。

 内心、「うわぁ、コレ滅茶苦茶照れる」と思いつつも、それを表に出さないよう軽く深呼吸し、


「今回の件に巻き込まれたおかげで夏芽と友達になれた。 だから、むしろ巻き込んでくれた事に感謝してる」


 と、彼女の目を見つめ返して言ってやった。

 最初に思った事とは違うが、別にウソは言っていない。

 確かに今日会ったばかりで、友達だと胸を張って答えるには付き合いが短すぎる。

 けれど、今日夏芽に出会った事で彼女と言う存在を知り、彼女のことをもっと知りたい、その為にも友達になりたいと思ったのは紛れもない事実だ。

 彼女が俺と同じ不思議な才能を持っているから。

 そして、彼女が身内の悪事に心を痛められる優しい女の子だから。


『……そんな恥ずかしいこと堂々と言わないでよっ!?』

「言えっつったのはお前だろ!?」

『そ、そりゃあ、確かにそうだけど……』


 顔を赤くして、両手の人差し指同士をくっつけては離しを繰り返しながらふにゃふにゃと何やら呟いている。

 ARだから顔の赤さが半端じゃない。 冗談みたいに真っ赤に茹っている。

 見ているこっちまで何故か恥ずかしくなってくる……。


「まあ、その……なんだ。 元に戻ってもヨロシク」

『あ、うん。 こちらこそヨロシク』


 我ながら初々しくて気持ち悪いことこの上ない。

 何とも言い難い微妙な沈黙が流れる。 間が持たなくなった俺は居心地が悪い訳ではないが、気恥しい静寂を取り繕うようにアーリーの画面へと視線を戻した。

 もっとも今起動しているアプリはAR機能を使用しているから、見張りをする上で必要なものは画面を見なくても目視できるのだが。

 そこを指摘されないよう、あくまでアプリの機能を試していますといった風を装う。

 ワイド・ズーム、映すカメラの変更。 フロアマップの表示、階数の切り替え。

 アレコレ試している内に、思った以上にこのアプリが多機能である事を理解する。


「これ……透視機能や他のアーリーのカメラも閲覧出来るんだな」


 その事に気付いた俺が真っ先に覗き見たのは千里のアーリーのカメラ。

 そこには間違いなく例の医師と大須 冬彦の姿が映しだされていた。

 ちなみに、透視機能と言うのは他のカメラの映像を引っ張って来て、今俺のいる位置から"もしも壁がなかったらこう見えていたであろう"という景色を推定し、カメラ越しに見ると壁や床が透けているかのように表示される機能である。

 つまり、この機能をオンにした状態で今は閉ざされている夏芽の病室を見ると……室内とベッドと医療機器、そして相変わらず床に伏したままの彼女の身体がドア越しにでも確認出来た。 医師や大須 冬彦、千里の姿が見えないのはカメラが彼らの姿を殆どとらえていないからだろう。

 視覚的なインパクトは絶大だが、カメラ越しの映像が見えるならあまり必要ない機能だ。


「なあ、夏芽。 こいつの情報解析をしたら……あれ?」


 振り返ると、今日一日中ずっと俺の傍らに浮いていたAR少女の姿が消えていた。

 突然の出来事で一瞬うろたえる。 が、すぐに彼女を目覚めさせるための手術をしているのだから消えるのはむしろ当然だと察し、冷静さを取り戻した。

 そろそろ手術が終わる頃だろう。

 何となくそう考えつつアーリーを弄り、病院の外のアーリーのカメラの映像を眺める。


「……あ」


 映し出された映像に見知った顔が二つ。

 一方はRUMIコスの女の子で、もう一方はYulyのコスプレをした女性。

 彼女に助けられたのが何時間か前になる。 今の今までずっと戦い続けていたのだろうか。

 恐るべきバイタリティと言いたいところだが、双方アーリー越しに見てもはっきりと分かる程に疲労の色が浮かんでいた。

 それでもなお二人の動きは人間の常識を越える程に鋭く、激しく、荒々しい。

 とてもじゃないが、俺なんかが首を突っ込む余地なんてないだろう。

 そんな事を考えながら常軌を逸した死闘を見守っていると、徐々に両者の力関係と立ち回りが見えてきた。

 RUMIコスの子は身体能力が漫画やアニメのキャラクターみたいに高く、その並外れた筋力故の強度のおかげで生身から繰り出される攻撃であればたとえ包丁で斬られたとしてもかすり傷で済んでしまうらしい。

 対するYulyコスの彼女は豊富な戦闘経験で化け物じみた少女と限りなく互角に渡り合っている。 より正確に言えば一回一回の攻防は常時Yulyコスの女性有利で、大局的に見ればRUMIコスの彼女の粘り勝ちといったところだろう。

 要するに決定打を与えられないのだからいつか負けると言うだけの話である。

 言い換えれば、決定打を与え得る手段があれば勝敗はきっと逆転する。

 そして俺なんかが考え付くことは戦い慣れているYulyの格好をした彼女も当然把握していて、なるべく殺さない範囲で、相手を無力化する手段を探っているように見えた。

 ……その手段の一つが俺の懐にあるものという予想はまず間違ってはいないだろう。

 ここの見張りという役割を放棄することは多少気がかりではあったが、本来大須 冬彦にとって俺はない頭だった訳で。 ならば、俺一人いなくなったところでさしたる問題にはならない筈。


「命の恩人を見捨てるわけにはいかないよなぁ……」


 ベルトとジーンズの間に突っ込む形で携行していた銃の感触を衣服越しに確かめてから、ゆっくりと立ち上がった。




― ― ― ― ―




 ゆっくりと重い瞼を開く。 病室の清潔な反面、無機質で味気のない天井が視界を覆う。


「……眩しい」

「なつめ!」


 酷く温度差のある声が二つ。

 一つは長いにも程がある眠りからようやく目を覚ました私が発したもの。

 もう一つは私の為に邪な野望の狗になりながらも、飼い主気取りの野心家を欺いた兄さんの声だった。

 飛んできたかのような勢いで私の傍に駆け寄ってきた兄さんがわたしを抱きしめる。


「良かった……良かった……!」


 声が少し上ずっている。 わずかに嗚咽が混じっている。

 それだけでも兄さんがどれだけこの日を心待ちにしていたのか手に取るように理解出来る。


「兄さん……」


 思うように動かない体を、初めて扱う電化製品を操作するように注意深く動かし、兄さんの腰に手を回した。

 たったそれだけの動作で、なまりきった体は既に悲鳴を上げる。

 思うように動かないのは体だけじゃない。 目覚めたばかりの脳は今の今まで肉体から抜け出して活動を続けていた筈なのに思うように働いてくれない。

 ……何か、大事なことがあったような?

 けれど、喉元まで出かかったそれを思うように言葉に出来ない。

 それでも何か手掛かりになりそうなものを探して視線をさまよわせる。

 抱き合う私たち兄妹を一人の女の子が感情の読み取れない目で見守っていた。

 北里 千里。 2年前、私が意識を失う少し前に新天寺社の関連会社にハッキングを仕掛けた女の子だ。 技術的には高い水準にあったものの、次のターゲットを決める手順にお粗末な法則性があった為に兄さんをリーダーとしたチームにハッキングを阻止された。

 そして、その技術力が買われて兄さんに手を貸すことになった……秋一の親友。


「秋一は……?」

「秋一なら外に……あれ、居ない?」


 私の言葉に応えるように病室のドアを開け、外の様子を伺う北里 千里。 秋一の不在を確認して首を傾げる。

 そんな何気ない仕草のひとつひとつが彼女の小柄さと相まっていちいち愛らしい。

 なるほど、秋一がシスコンに兄貴みたいに過保護になるのも無理からぬ話だ。

 ……思い出した。 秋一がいない、その理由を二人に伝えなくちゃいけないんだ。


「お願い、秋一を助けて」


 長らく喋っていなかった私の声帯は半ば声の出し方を忘れていた。

 それでも何とか力を振り絞って言葉をひねり出す。

 秋一がアーリーを利用して外の景色を眺めていた事を。 その際に秋一が見たものの一部始終を。

 秋一が何を見ていたのか気になって、彼の手にしていたアーリーに潜り込んでいた私が見たものを。

 出来る限り手短に、かつ正確に伝える。

 ろれつすらも怪しい有様で、どれだけ伝わったのか疑問の残る所だけれど。


「なるほど。 君の言う二人はきっと病院で暴れていたコスプレイヤーだろうね。 冬彦くん、君のアーリーから監視カメラにアクセスしてくれないか?」


 と、私の意を真っ先に汲んでくれたのは初老のお医者さん。


「あ、はい。 どこの映像を何時間遡れば?」

「10階エレベータホール前で、2時間くらいかな」


 指示されるままにアーリーを操作する兄さん。 あっという間にお目当ての映像を見つけ出すと、それを全員に見えるように向きを変えて差し出した。

 ヴォーカロボットRUMIのコスプレをした女の子のスカートから拳銃を抜き取った秋一が、その女の子に襲われていた。 そもそも本気で戦う意思のなかった彼は徐々に追い詰められ、エレベータホールで対に逃げ場を失う。

 絶体絶命の危機に陥った彼を救ったのはこれまたコスプレをした女性だった。

 エレベータへと秋一を逃がした彼女は鮮やかな身のこなしで対峙した少女の攻撃をかわし、やがて窓から彼女を投げ落とした。

 けれど、さっき私が見たRUMIコスの彼女は即死も良いところの状況を切り抜け、平然としていた。


「……秋一じゃあどうしようもないと思われ」

「と言うよりも、真っ当な人間の割って入る余地がない、と言った感じだね」


 北里 千里とお医者さんの意見は私と同じだった。

 こんなとんでもない戦いに介入できる人間なんて滅多にいない。

 ましてやごく普通の中学生ではたとえ銃を持っていたとしても当てることすらままならないだろう。

 けれど――


「いや、案外行けるんじゃないかな?」


 ただ一人、兄さんだけは私達と異なる結論に達していた。

何気に初めての一話内での視点変更。

チョイと悩みましたが、丸々1話取るほどのものでもないのでこういう形に落ち着きました。

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