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電脳世界ディストピア  作者: OTAM
1章 むやみにイベント盛りだくさんなある日の出来事
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18話 突っ込みにおいて重要なのは相手との距離感。どぎつい突っ込みを見舞うのは信頼のおける相手だけにしておけ!

「いっつぅ……いきなり何なんだ、君は!?」

「お前が大須 冬彦で間違いないよな?」


 蹴り飛ばされた恨みを込めて、床に尻を着いたまま俺を睨む大須 冬彦を仁王立ちで見下ろす。

 すぐ傍で千里が何か言いたそうに口をパクパクさせているが、今は取り合っている場合じゃない。

 とにもかくにも、大須 冬彦と威圧するように向かい合う。


「……ずいぶんな挨拶だな、羽原 秋一」

「やっぱり俺のことも知ってたか。 さっきのワクドでのやり取りを聞いてか? それとも

お前のアーリーのふざけた特殊機能でか?」


 と言いながらも、どれも不正解であろうというのは概ね理解している。

 名前を知っていることにこれと言った反応を示さなかったのを見た大須 冬彦は少しの間、うろんげな目つきで俺を睨む。

 が、やがて視線を千里の方へと逸らしたままゆっくりと立ち上がった。


「話したのか?」

「ち、ちゃいます。 私は何も!?」

「それは千里を俺や母さんを知っているぜって脅してた事か?」


 相変わらず自分でもふてぶてしいと思わざるを得ない態度を貫く俺。

 千里は「何で知ってるん?」とでも言いたそうな驚愕の眼差しを俺を見た。

 対する大須 冬彦はやっぱりか、といった様子で俺と千里を交互に見比べている。

 俺のすぐ傍で夏芽が、


『兄さんがそんなことする訳ないでしょ!?』


 と憤っているが、今は相手をしても仕方がない。


「別に千里が話した訳じゃない。 ただ、俺も別経路でアーリーの裏側を見る羽目になって、アンタを探していたらたまたま千里が一緒にいたってだけの話さ」

「ほう、それだけの情報で君は僕と彼女の関係を理解したと言うのかい?」

「大体、な。 新天寺社絡みの悩みがあれば千里は俺に相談しない筈はないんだよ」


 けれど、何かしらの強制力を伴う口止めをされているのだとすれば話は別だ。

 で、友達の少ない千里に対して効力のありそうなものと言えば家族か俺くらいである。

 ……何故だか言ってて悲しくなってくる話だが。


「まあ、その件についてはさっきのドロップキックで許してやるとしてだ。 ここからが本題なんだ。 大須 冬彦、なんで俺がお前の名前を知っていると思う?」

「そんなもの分かる訳がないだろう」


 幾つかの可能性は頭にあるが、どれも仮説の域を出ないと付け加える大須 冬彦。

 まあ、こいつが持っているであろう情報からならそんなもんだろう。 千里が俺についてペラペラ喋るとも考えにくいし。


「なあ、夏芽。 お前のその能力のこと、お前の兄さんは知ってるのか?」

『え……ええ、知っているわよ』

「……夏芽を知っているのか? いや、ダイブ中の夏芽が視えるのか?」


 一言で何かしら察したらしい大須 冬彦は俺の視線を頼りに夏芽のいる、しかし俺以外にとってはなにもないに違いない一点を見つめる。

 そして、そこを見つめたまま暫く黙り込む。


『ねえ、秋一。 兄さんはどうなってるの?』

「千里、お前のアーリーを大須 冬彦に向けてくれないか?」

「え、あ、うんっ」


 慌てながらも、慣れた手つきでアーリーを取り出す千里。

 それを言われるままに大須 冬彦へと向けた。

 意図を察した夏芽はすぐに姿を消した。 彼女の兄は未だ虚空を凝視している。

 当然だが、今は俺の目にも何も映らない。


「で、千里?」

「何?」

「そいつに何か妙なことはされなかったか?」

「何かっていうと、秋一に危害を加えられるのが嫌なら俺のアレを咥」


 大須 冬彦はこれでもかと言わんばかりに盛大にむせた。


「すとおおおおおおっぷ!!!」

「え゛ろんっ!?」


 思わず千里の頭を引っ叩いた。

 引っ叩きついでに大須 冬彦を視線で射殺さんばかりに睨みつける。

 視線の意味を察して、ちぎれんばかりに首を横に振っている。

 その反応にウソ偽りはなさそうだ。


『ちょっと、今物凄い勢いでカメラが揺れたんだけど、何があったの?』

「いや、そこのアホに教育的指導をしていただけだ」

『いきなり画面が揺れると結構気持ち悪いんだからちょっとは考えなさいよ』

「あー、はいはい。 そいつはわるうござんしたねぇ」


 むすぅと頬を膨らませる夏芽。 現実の人間では到底不可能なほど膨らんでいる。

 つくづく面白いな、AR。

 悪戯心で頬をぷにぷにとつついてみる。 が、所詮はAR。 触れることは出来ずスカスカとほほにめり込んでしまう。


「おい、人の妹にべたべた触るなよ?!」

「そいつはもう手遅れだな。 愛千橋ですやすや眠ってる可愛らしいお顔に……」

「ぶっかけた、のか……?」

「んなわけあるかああああ!!」

「んごぁっ!?」


 思わず固めた拳を振り抜いてしまった。 かわすどころか反応すら間に合わなかった大須 冬彦はまたしても盛大にすっ転ぶ。

 どうやら俺には何かのはずみで突っ込みがてらに手が出る悪癖があるらしい。

 幾ら気にくわない相手だからって初対面の年上相手でも遠慮なしは流石に不味いよなぁ……まあ、発言が大概アレだったから致し方ない面もあるのだが。


「くっそ、デスクワーカーを気軽に何度も殴るなよ……」


 頬を押えたまま、のろのろと起き上がる。


「それで、君はわざわざ僕を殴る為だけにここまで彼女を追いかけて来たのかい?」

「俺はな。 殴ったらすっきりした。 でも、本当にアンタに用があるのは夏芽の方だ」


 夏芽の方を指差すと大須 冬彦もつられてそっちを見た。

 今はカメラ越しに外の様子を覗いている訳じゃないから、夏芽の視線は少し彼からずれているがひとまず二人は向かい合っている。


「ほら、夏芽」

『うん。 兄さん、聞こえていないかも知れないけどさ……ホントはさ、ちょっとだけ嬉しかったんだよね。 兄さんが私のために、っていうか入院費のために悪いことしてでもお金を稼いでくれてるのが……。 でも、やっぱりああ言うのは気が引けるよ。 別に誰かを傷つけた訳じゃないけど、それでも大量破壊兵器のシミュレーションとか、アーリー所持者を不正に監視するだとか、そんなお金の稼ぎ方して欲しくない』


 ゆっくりと、慎重に、言葉を選びながら話す夏芽。

 割と思いついた事をぽんぽん口にするイメージの彼女としては少し意外な態度のように思える。 が、考えてもみれば相手は自分のために良心をかなぐり捨てた実兄。 方法が間違っていたとしても、その意思を安易に否定することは出来ないのだろう。

 そして、だからこそ彼女は大須 冬彦を止めたいのだ。 その気持ちが嬉しいからこそ。

 けれど、彼女の言葉はきっと彼には届いていない。

 きっと今までも何度も喉を枯らして叫んだことだろう。

 それでも彼女の言葉は結局、大須 冬彦の鼓膜を、心を震わせるには至らなかった。

 見えない、聞こえない、触れられない。

 その辛さはやっぱり俺には想像すら出来ないもので。

 だからこそ、出来る限り一言一句違う事なく彼女の言葉を伝えた。

 俺が夏芽の口調で喋るのはいささか違和感を覚えるけれど、それでも彼女の言葉をそのまま伝えた。


『だからお願い。 私のことは良いから、もうこんな仕事は辞めて欲しい』


 一呼吸置いてから、きっぱりと告げた。

 そして、全てを聞き終えた夏芽の兄、大須 冬彦は――


「……言われなくてもそのつもりさ。 今日で僕は新天寺社から抜けるつもりだった」


 いともあっさりとそれを受け入れた。


「伝言役引き受けておいてなんだが、アテはあるのかよ?」

「アテ、というのは?」

「まず昏睡状態の夏芽の入院費とか、次の仕事とかだよ」


 どんな世界でも、基本的には人間は正しく生きていきたいものだと思う。

 何故それが出来ないかと言えば、要するに世のしがらみゆえだ。

 たとえば勤めている会社の内部の腐敗。

 摘発したくても、社内での人間関係や雇用の喪失を恐れてそれが出来ない。

 その間に犯罪の片棒を担がされて、自ら職を辞することすらも出来なくなってしまう

 ……なんて事はゴマンとある話。


「次の仕事なんて考える必要もないさ。 塀の向こうは衣食住が保障されている」

「税金なんだと思ってるんだよ……いや、そんな事より、夏芽はどうするつもりなんだよ?」


 その問いを発した俺に向かって、大須 冬彦は会心の笑みを浮かべ、答えた。


「問題ないさ。 どうせ今日、目を覚ますことになるんだから」


 自信に満ち溢れたその態度から、俺は一つの仮説をひねり出す。


「……ってことは、千里を呼びつけたのはその為か?」

「察しが良いね。 彼女は僕なんかよりもずっと優秀だし、年の頃も近いからね」

「……?」


 納得し合っている俺と大須 冬彦の隣で千里が首を傾げる。

 頭は相当良い筈なんだけど、昔から不思議とこういう面には鈍い。


「でも、どうやって目を覚まさせるんだよ?」

「そりゃあ勿論、脳にアクセスするに決まってるじゃないか」

「は?」


 何を言っているんだ、こいつは。


「何を言っているんだ、こいつは」

「そう言いたくなるのが分かるが、話は最後まで聞け」


 咳払いをしてから、大須 冬彦は改めて口を開く。


「夏芽の才能については結構昔から知られていたから、データはそれなりに充実しているんでね。能力の使用中は本体の意識が無くなる事も把握している。 ただ、本当なら自力で覚醒出来る筈なのに、それが出来なくなったみたいでな……」

「過去に覚醒時に採取した脳波、でいいのか? のパターンを分析してそれに似た電気信号を流してやれば覚醒するかも知れない……なんて言うんじゃないだろうな?」

「察しが良過ぎる。 君はエスパーか?」

「まあ、エスパーみたいなものではあるけどな」


 肉眼では見えない筈のARが見えるし。

 しかし、生きた人間の脳に都合良く電気信号を送り込む事なんて出来るのだろうか?

 脳と言えばまだまだ機能の解明されていない部分が多い上に、ものすごくデリケートな器官なのに。

 とは言え、大須 冬彦は夏芽の実兄であり、仮にも千里相手に知恵比べで勝った男。

 何の勝算もなしに、ただヤケになっているだけとは思えない。


「で、その覚醒のための手術だか実験だかは愛千橋でやるのか?」

「ああ。 既に話も通してある」


 さも当然のように言うが、その為に水面下でどれだけの苦労を重ねて来たのやら。

 下手をすれば夏芽の命に関わるような行為だ。 そう易々と協力を得られるものではないだろう。

 病院全体の許可なのか、物好きな医者一人を丸め込んだのかは定かでないが。

 そこまで考えて、ふとひとつの疑問が脳裏をよぎった。


「……なあ、夏芽の能力使用時のデータってのは誰が何のために収集していたんだ?」

「新天寺社……より正確に言えばその前身に当たる組織だよ」

「だとしたら、新天寺社は今回のアンタの計画については関与していないのか?」

「当然だろう。 失敗したら貴重なサンプルが失われかねないんだから」


 という事は大須 冬彦は新天寺社に盾ついているも同然ってことか。

 腑に落ちなかった幾つかの点について合点が行った。


「だとしたら、アンタの計画はきっと新天寺社にバレてるから急いだ方がいいかもしれないぞ」

「……そう思う理由は?」

「ちょっと前に愛千橋の10階で新天寺社の回し者っぽい女に襲われた」


 俺の言葉を聞いた大須 冬彦は「そうか」とだけ答え、エレベーターの方へと歩きだす。

 歩きながら、ちらりと俺達の方を見て顎をしゃくってみせた。

 ついてこい、ということだろう。

 俺と千里は一旦顔を見合わせてから、どちらともなく彼の後を追う。


「巻き込まないために隠し続けてきたってのに、どうして首を突っ込んでくるかな?」


 呆れた風な、非難がましいような、しかしどこか嬉しそうな表情で俺をねめつける千里。

 その視線から目を逸らさず、じっと千里の顔を見つめ返す。


「不可抗力みたいなもんだ、仕方ないだろ?」

「はぁ、こっちの気も知らんと。 正義感かただのお人好しかは知らんけど、考えなしに突っ走るのはええ加減にしいや。 ホンマにアホやねんから、アホーアホー、ドアホー」

「酷い言い草だな、オイ。 それに後先云々をお前に言われたくないぞ?」


 お返しとばかりにため息をつきつつ、冷めた目を向けてやった。

 一瞬、怯む気配を見せるがそれでもじとーっと俺を睨み続けている。


「……まあ、なんだ。 何かあったら今度からは素直に相談しろよ。 お前が一人で抱え込んだって解決出来ない事の方が多いんだからさ」

「……うん」


 ようやく俺の気持ちを察してくれたのか、視線を床に落とし、うなだれる。

 おおかた、結果的に心配させてしまった事に落ち込んでいるんだろうが。

 何も言わず、肩を落としたまま大須 冬彦の後を追う千里。


「でも、気持ちはありがたく受け取っておく」


 沈黙に耐えきれなくなった……という訳ではないが、そんな言葉が口をついて出た。

 ついでに千里との距離をつめて、頭をなでる。


「子ども扱いせんといて」

「子ども扱いされたくないんならつまんねえ事で落ち込むなよ」

「……どうせなら頭よりもお尻をなでて欲、じぃっ!?」


 言い終えるよりも早く、千里の脳天めがけて鉄槌打ちが落ちた。

 千里はたまらず頭を押さえて屈み込む。 まったく、少し優しくするとすぐこれだ。


「黙れ、変態」

『アンタ達……どんな会話してるのよ?』


 俺の声しか聞き取れない夏芽が横で呆れ返っている。


「どんなも何も、なんて事のない友人同士のおふざけだよ」

『……ふーん』


 本当に? とでも言いたそうな疑わしげな目を向けて来る。

 が、今は彼女に構っている時ではない。

 うずくまって頭をさする千里に手を差し伸べる。


「ほら、早く行くぞ」

「……うんっ」


 千里は本日最高記録の笑みを浮かべて、俺の手を取った。

 調子に乗って腕を絡めて来た上に当ててんのよとばかりに胸を押しつけて来たので、とりあえずもう一発殴っておいた。


「仲睦まじいのは結構だが、早くしろよ」

 

 エレベーターの前で、呆れ果てた様子で俺達を眺める大須 冬彦。

 その表情は不思議とARでアニメ絵の夏芽のそれとそっくりだった。

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