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電脳世界ディストピア  作者: OTAM
1章 むやみにイベント盛りだくさんなある日の出来事
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17話 残飯と言うとゴミみたいなイメージになるのに残り湯という言葉にはときめきを覚えるのはなぜだろう?

 天才少女。

 そんな名誉なようで貰った本人は煙たいばかりの二つ名で呼ばれていたのは2年前。

 当時の私、北里 千里は天才とは名ばかりの、救いようのない痴れ者だった。

 数ヶ月前に両親にアーリーを買ってもらって以来、表沙汰になれば逮捕されても文句は言えないようなこと繰り返していた。

 一応、アーリーの機能・性能に関する不審な点を解明するだとか、悪用されている可能性があるからとかそんなご大層な建前は掲げていたけれど。


 何を言ったところで不正アクセス、情報の盗み出し、クラッキング……などの行為が方に背く行為である事に何ら変わりはない。

 それらの行為の標的は専ら新天寺社に関連するもので、当時から既に新興企業とは思えない程に堅牢なセキュリティだと有名だった。 それこそ、通販で少し商品を卸しているだけの末端中の末端でさえも新天寺社独自の技術を提供し、保護するほどの徹底ぶり。

 それでも末端の防衛機能が本社に匹敵するなんて事はあり得る筈もないし、中にはシステム管理を怠る者や、単純にソフト/ハードを問わず機械関係に疎い人だっている。

 そういった粗を見つけ出し、情報を覗き見る。 更にはそれらの情報がどこに転送されているかといった点についても確認し、次なる標的を定める。

 それと並行して徐々に厳しくなる守りをかいくぐる為にアーリーに求めるスペックがどんどん高くなっていき、その要求を満たすだけの性能を発揮させるべく自らアーリーに改造を施した(それも初回起動時の同意事項によって禁止されている改造ばかり)。

 その過程で私はアーリーの機能の不審な点を幾つも発見してしまった。 アーリーの無線を利用した独自のネットワーク、それを維持し、情報を送受信する為のシステムが食っているメモリが不自然に大きいなんていうのがその代表例。

 気がつけば私はアーリーに秘められた謎に魅入られていた。

 同時に自分がどこまで行けるのかを試してみたいという欲求に支配されていた。

 はっきり言って、ゲーム感覚だった。


 そんな若気の至りの暴走は、ものの見事に不正アクセスを見破られた上に逆探知され、おまけに個人情報を思いっきり晒された事で終わりを迎えた。

 幾ら相手がクラッカーとは言え、個人情報を漏えいさせた新天寺社は大なり小なり非難される事になった。 けれど、それ以上に大衆の関心は齢12歳にして新天寺社のセキュリティの幾つかを破ってみせた私へと向けられた。

 秋一に言わせれば「新天寺社が上手く向けさせたんだろ。 未成年だからって許されると思うなよって殺一警百だ」とのことだけれど、過程はどうあれ私は間違った事をしていて、それが公になった。

 その日から、私を取り巻く環境は一変した。

 初めに、あまり話す事のなかったクラスメイトは私を犯罪者と蔑むようになった。 仲の良かった友人たちと徐々に疎遠になっていった。 それまで大人しい優等生として私を見ていた先生たちの態度も変わった。

 影響は学校だけに留まらなかった。

今まで私の事を可愛がってくれていた近所のおじさんやおばさん。 私とは別の中学に通っている小学生時代の同級生。

 そして、両親も。

 当然の報いと言えばその通りなのだけれど、私は居場所を失った。

 そんな私をゴシップ誌の記者だとか、下世話な話を好む人達が更に追いかけ回した。

 酷い時には自宅の前や学校の敷地内にまで押しかけて来る始末。


 そんな、どこにも逃げ場のない私を救ってくれたのが秋一だった。

 ある日、無断で学校の敷地内に入ってきたカメラマンとリポーターが

「悪いことをしている自覚はなかったの?」とか、

「アナタのせいで何かしらの被害に遭った人がいるのは分かってるの?」とか、

 そんな風に私に詰め寄ってきた。

 普通は無許可での立ち入りなんて認められる筈がないし、取材なんてもってのほか。

 でも、私を庇い立てする事に抵抗があった先生たちは無視を決め込んでいた。 生徒たちは学年を問わず遠巻きからその様子を見守っていた。

 カメラマンが私の進路を塞ぐように立ちはだかり、後ろからリポーターが質問・取材と言うよりは罵倒に近い言葉を浴びせる。

進む事も退く事も、反論する事も出来ずに私はただ俯いていた。

やがて無数の視線と糾弾に耐えかねた私が「もう放っておいて」と叫びそうになった瞬間、頭上からバケツの水をひっくり返したような雨が突然に降り注いだ。

と言うよりも、それは文字通りひっくり返されたバケツの水そのもので、バケツをひっくり返したのは他ならぬ秋一だった。


「あー、悪い悪い。 でも不可抗力だから許してくれ」


 なんて言いながら悪びれる様子もなく彼は2階から降りて来て、私とリポーターたちの目の前へとやってきた。

 二人の矛先は私から彼の方へと向けられた。

 このビデオカメラは水に弱いのにどうしてくれるんだ、と憤るカメラマンを前に秋一はひるむ様子も恐れる気配も見せない。

 そして、あまりにも平然とした、そして毅然とした態度で


「そんなもん幾らでも弁償しますよ。 100万くらいですか? それだけでわざわざ不法侵入の証拠を犯人から提供してくれるんなら安いもんだ。 こんな無作法な取材をやらかすところを見るとあんたらワイドショーの芸能レポーターとかその辺だよな? 最近はあの手の番組は先細りも良い所なのに、下手に問題を起こして大丈夫か?」


 と、彼らをいとも簡単にあしらってしまった。

 すごすご帰る彼らを見送った秋一は人目もはばからず、呆れるほど堂々と濡れ鼠の私の手を引いて学校を後にした。 まだ昼休みの最中で、2時間ほど授業が残っていた。

 それから数分後、私は秋一の家でお風呂を借りていた。

 更には服を借り、何故か夕飯まで頂いて、彼の母親と同じベッドで寝るに至った。

 どうしてそんな流れになったのか私にも分からない。

 ただ、家にいても休む暇もなかった私にとって事情を知った上で何も詮索せず、

「千里ちゃんはお漬物いる?」とか、

「秋一が女の子を家に連れてくるなんてね、うふふ」とか、

 どこまでも呑気な秋一のお母さんの優しさがひたすら嬉しかった。

 その日を契機に私の日常は少しずつ平穏を取り戻すようになっていった。

 ――表向きには。




 秋一の家にお世話になった日から数カ月が経ったある日のこと。

 改造されまくっているのは相変わらずながらも、用途はがらりと変わって、純粋にゲーム機としての役目を全うするようになっていた私のアーリーに一通のメールが届いた。

 見た事のないアドレス、ユーザー名だった。 恐る恐るメールを開く。


 真っ先に目に飛び込んできたのは"新天寺社"の4文字。


 思わず息を飲んだ。 嫌な汗が噴き出し、気分が悪くなるのを堪えながら恐る恐る本文を読み進める。

 まずは何の変哲もない自己紹介。 メールの送り主は大須 冬彦というらしい。

 新天寺社のセキュリティ関係の業務に携わっているそうだ。 名前を見る限り、まず間違いなく男の人だろう。

 業務の内容を考えれば私の事を把握していても何らおかしくはない。

 読み進めて行くと彼はさっそく本題を切り出していた。

 色々と持って回った表現をしているけれど、要するに手を貸せということだった。

 外国だと腕の立つハッカーは企業に雇われる事があるという。 この話はつまり、そういうことなんだろう。

 たとえばアプリのバグやシステム上の欠陥を指摘し、可能ならば改善方法も添えてメールで送る。 その為ならばオープンでないものでもソースに触れる権利を与える。


 報酬もきちんと用意されていた。

 時と場合と契約内容によっては月数十万の収入を得られる程の好待遇。

 新天寺社、ひいてはアーリーはこれまでのプログラムの系譜から完全に独立した独自の技術・規格を採用している。

 たとえ私のような子どもであっても、技術を持っているなら野放しにはしたくないのだ。

 そして、価値あるものには相応の見返りを。 報酬は確かに魅力的だけれど、あの頃の事を思うと素直に飛び付く気にはなれない。

 秋一に相談しようか?

 彼は私とは違う方向に頭の回転が速い。

 多少事情を伏せてでも相談すれば1から3,4の事を察して、7を想像して、10くらいを仮定した上でくつかの解と意見を授けてくれるだろう。


 けれど――それはつまり、私の事情に秋一を巻き込むのと一緒な訳で。

 ふと、添付ファイルの存在に気付く。 ウイルスの可能性を懸念しながら、恐る恐る開いてみる。

 秋一と秋一のお母さんと私が仲良くファミレスで食事をしている画像だった。

 ――ウイルスだったらどれだけ良かったか。

 その日から、私は新天寺社の狗になった。

 大須 冬彦に指示されるがままに色んなソースに手を加えた。

 時には新天寺社直々の依頼を受け、それもこなしていった。

 中には違法すれすれ、というか倫理的には完全にアウトのものも少なからずあり、そういう仕事をこなす度に秋一を裏切っているような気がして胸が痛んだ。

 けれど、秋一に話す訳にはいかなかった。 何度か良心の呵責に耐えかねて秋一に相談しようかと悩んだ事もあった。

 でも、あの添付ファイルが暗に意味している事を想像すると、相談なんて出来る訳がなかった。


 あの時、秋一はまだ赤の他人だった私を守ってくれた。

 だったら、今度は私が秋一を守らなければ。

 洞察力・直観力・想像力と三拍子揃って妙に鋭い秋一に気取られないようにするのはきっと大変だろう。

 今から距離を置いた所で、そこから何かを嗅ぎつけてみせるに違いない。

 でも、だからこそやるしかない。

 秋一の前では笑顔のままに、彼の厚意に背き続けよう。

 そう決意した筈なのに――今、私の目の前でついさっき初めて会ったばかりの、メールでは何度もやり取りを繰り返した男性、大須 冬彦にその秋一がドロップキックを見舞っていた。


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