13話 実際にスタンガンで気絶はしない。そう思っていた頃が俺にもありました……
「むぅ……手強いなぁ」
RUMIコス少女が左手に構えたスタンバトンを振り下ろす。
それをある程度余裕を持って右側、対面の少女にとっては左側へと回り込んで回避し、バトンを握る彼女の手、より正確に言えば親指めがけて鉄槌打ち。
伸ばした腕に一撃を貰った少女はわずかに体勢を崩すも、左足で病院の床を思いっきり踏みしめて堪える。 と、同時に体勢の整いきらない内に強引にバトンを横薙ぎに払う。
こめかみめがけて飛んできたそれをしゃがんでかわし、立ち上がりざまに彼女の横腹にケンカキックを見舞った。
体重の乗った、下から突き上げるような一撃。
突き出された鉄板入りのブーツは彼女を床から浮かせ、容赦なく吹っ飛ばした。
が、吹っ飛ばされながらも体勢を立て直し、しっかり着地を決めてみせる。
顔を上げた彼女は相変わらず無表情。 苦痛に耐えていると言った様子も、殴り合いで厚くなっている風情もない。
あまりにも無表情過ぎて爬虫類か虫とでも戦っているような変な気分にさえなって来る。
「そんなの効かない」
「……まったく、どんな腹筋してるのよ?」
ほんの数分の攻防だけれど、それでも彼女について幾つか分かった事がある。
まず、この子はあまり戦い慣れしていない。
スタンバトンという触れるだけで効果を発揮する得物を持ちながら仕掛けてくる攻撃は 一つ残らず大振り。
拳を握った時の握り込みが典型的な素人握りで、フラットになっていない。
加えていちいち振りかぶるため、攻撃のタイミングが丸見えと来ている。
けれど、その一方で技術の無さを補って余りあるほど筋力や体力に恵まれている。
散々無駄だらけの攻撃を繰り返しているにもかかわらず、息の一つも上がっていない。
何度も蹴られているにも関わらず、苦痛を一切見せずにケロッとしている。
単純に痛覚に異常があるだけという可能性も検討はした。
けれど、鉄板入りのブーツで思いっきり蹴飛ばせば骨にダメージが通るはず。
そうなれば否応なく彼女の動きは鈍くなるはずなのだ。
そう思い、何度も脚の一点に執拗に蹴りを見舞ったりもした。
が、彼女はそれすらも「ちょっと痛い」の一言で片付けてしまった。
アプローチを変えて関節技に切り替えたところ、力任せに放り投げられてしまった。
それも、常識的に考えてあり得ないような体勢から。
確かに私は打撃系の方が得意で、関節や締め技、寝技は不得手ではある。
が、ずぶの素人に抜けられるほど下手くそなつもりもない。
――というか、人間を天井の蛍光灯に叩き付けるのは素人玄人以前の問題だろう。
私だったからそこから空中で体勢を立て直し、壁を蹴って勢いを殺しながら着地出来たが。
そう、要するに彼女は馬鹿力なのだ。
それが生まれついてのものなのか、後天的に得たものなのかは分からないけれど。
少なくとも見た目は至って普通の女の子なのに。 一体、どこにそんな筋肉がついているのやら。
もしかしたら彼女はサイボーグか何かなのではないだろうか?
そんな馬鹿げた疑念さえも脳裏をよぎる。
……まあ、彼女の正体なんであれ、私のやるべき事は変わらないのだけれど。
大振りで下手くそな打撃を悠々とかわしながら少しずつ後退。
適当な窓の付近に来たところで、彼女のスタンバトンによる突きをサイドステップで回避、伸びた腕を右手で抑えつつ、左手を背中へ回して窓を開ける。
そこから流れるように彼女の腕を掴み、胴体を腰に乗せてヒョイと浮かせ――
――10階から投げ落とした。
少女の茫然とした表情がスローモーションで視界の外へと落ちて行く。
これは流石に即死コース一直線だろう。
いくら何でもやり過ぎたかな?
そう思いながらも階下を見下ろす。
少女は手にしたスタンバトンで7階の窓を叩き割り、それを支えにする事で落下の勢いを殺していた。 考えて動いたというよりは体が勝手に動いたという風だ。
それでも落下を止めることは叶わない。
こちらを見上げる彼女の姿が、ばさばさと髪や裾を乱暴に揺らしながら遠のいてゆく。
次のアクションを起こしたのは4階。
さっきよりも少し窓に近づいていた彼女は、手を伸ばして3本の指で体を支えた。
そこでようやく彼女の落下は止まった。
もっとも、10階から落ちた人間が途中で自力で落下を阻止するなんて事は常識的にはあり得ない訳で、ようやくの4文字には我ながら違和感を覚えるが。
「……うっそぉ」
想像以上のとんでもなさに思わずそんな言葉が漏れた。
下の階から患者や見舞い客、看護師達のどよめきが聞こえて来る。
が、少女はそんなものは一切気にも留めず、私を見上げて唇を動かした。
――絶対に殺す、と。
言葉とは裏腹に相変わらず無感動な瞳に引きつった笑みと冷や汗が浮かび、悪寒が走る。
弾かれたように窓から離れ、階段を駆け降りた。
多少息を切らしながら1階に降りた私を待ち受けていたのは飛来するバカでかいソファ。
普通の人間の力ではとてもじゃないが投げ飛ばせるものじゃない。
当然、女性一人で受け止められるような代物でもない。
身をかがめながら向こう側を伺うとソファの着弾点にいるであろう私を睨むRUMIコスの彼女の姿。
着弾点という言葉の頭にソファがつく事に果てしない疑問を覚えるけれど、今はそんなことはどうでも良い。
勝った気になって背を向けていない辺りはまあ評価しても良いとは思う。
が、相手がどう応じて来るかを考えていないその様子はまあ違いなく素人のそれだ。
宙を舞うソファの下をとっさに前転で潜り抜け、少女の足元へと転がり込むと同時に足払いをかける。
彼女は盛大に体勢を崩し、その拍子に構え直したスタンバトンがその手からこぼれ落ちる。
半ば無意識にそれを掴み、今しがた地面に叩きつけられた彼女に押し付けた。
「……っが!?」
ビクンと体を仰け反らせた彼女は、その一瞬後に病院の床に崩れ落ちた。
どんなに堅牢な肉体を持っていても電撃を浴びれば竦む。
それはあまりにも当たり前の反応だったけれど、真っ当な生物に違いないという事実に僅かばかりの安心感を覚えた。
「しっかし、幾らなんでもコレは出力上げ過ぎじゃないの?」
床に伏す彼女から手元のスタンバトンに視線を移し、嘆くように呟いた。
スタンガンって本来人間を気絶させられるような代物じゃ無い筈なんだけどなぁ……。
くそう、○喰らいに超時間泥棒されてしまった!!
なろうは恐ろしい所だぁ……