12話 通天閣の頂のネオンは白=晴れ、橙=曇り、青=雨という天気予報なのだが夜になってから点灯されても正直・・・
が、いつまで経っても痛みも衝撃もやって来ない。
恐る恐る目を開けると、どこかで見た色っぽい太もも。
視線を上へと移動させると、先ほど名前を訊き損ねた女性が不敵な笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。
左足をしっかりと床に付けて、右足を膝を曲げて宙に浮かせた格好で緑髪の少女に向けている。
緑髪の少女はさっきまで堅く握っていた右手のこぶしを左手で押えながら、憎々しそうに女性を睨む。
「や、少年。 逃げるんなら今のうちよ」
そう言いながら彼女が指差した方向を見ると、エレベータのドアが今まさに閉まろうとしていた。
その場を彼女に預け、エレベータへと駆け込んだ俺は銃を懐にしまいつつ1階のボタンを押す。
何事もなく1階へと到着し、ドアが開くと同時に急ぎ足で出入口へ。
ちらりと後ろの様子を伺うが、俺を追ってくる様子はない。
病院を後にしたところで一旦立ち止り、荒くなった呼吸を整えた。
さて、次に俺がすべきことは何か?
色々と思うところはあるが、今はそれに専念しよう。
夏芽の兄、大須 冬彦を探すことか。 それとも千里に合流するのが先か。
大須 冬彦に関してはそもそも居場所が皆目見当もつかない上に、彼自身新天寺社に関与している人間。 考えようによっては敵の目の前にのこのこやって行くようなものである。
一方、千里に合流した場合、新天寺社というか、さっきの緑髪の女の子はきっと千里に人質としての価値を見出すだろう。
裏で相当な悪事を働いている(とみて間違いない)企業だ。 ARを利用したナビゲートシステムに使われるGPSをいつでも私利私欲に使えるような体制を整えている可能性は十二分に考えられる。
それでなくても新天寺社直々の依頼とやらをこなしているんだ。 下手をすればあいつだって実は新天寺社の裏の部分にどっぷり浸かっている――
「だったら、なおさらじゃないか、バカバカしい」
『それで、これからどうするの?』
「やっぱり友達の方を優先させてもらうよ」
ポケットには収まりそうになかった為にジーンズとベルトの間に挟み込み、シャツで隠す格好になっているH&K P2000に触れる。
本来ならば一生手にする事なんてなかったであろう、その感触に不思議と安心感を覚える。
と同時に、そんなものに安心感を覚える状況に置かれている事を自覚して、なんともうんざりした気分にさせられた。
『ふぅん。 で、その友達は今どこにいるのよ?』
「フトモンの大会会場。 通天閣だな」
『へえ、変な場所でやってるのね』
感心した風に呟く夏芽。 俺も同意見だった。
確かに通天閣の地下にはスタジオが設置されている。 そこを使うというのであればまあ、分からない事はないのだけれど。
とは言えあの周辺、新世界と呼ばれる一帯はお世辞にも治安の良い場所ではなく、幼い子どもも多数参加するであろうフトモンの大会を開くのに適しているかと言うと正直微妙なところ。
何より、フトモンのユーザー人口を考えたとき、そのスタジオはきっと小さすぎる。
もっとも、そのスペースの問題はスタジオだけでなく地上階や展望台までをも含めて通天閣すべて貸し切りにすることで解消したらしいが。
しかし、これはこれでわざわざそんなことしなくても他にもっと良い場所があったんじゃないのかという疑問を残してくれる。
大阪の名所の一つをジャックしての大会、と言うのは確かにインパクト抜群ではあるのだけれど……。
「それに、もしかしたら君の兄貴にも会えるかもしれない」
『兄さんが!? それ、本当なの!?』
「あくまで可能性があるだけだよ。 闇雲に探しまわるよりはマシって程度」
『そう……』
夏芽のアニメチックな顔の上で明らかな落胆の色とそれ以上にはやる気持ちが混ざり合い、何とも言えない表情を作り上げる。
そんな彼女の額に手を伸ばす。 が、すぐにどうせ触れられやしないことを思い出して引っ込めた。
そもそも、撫でるにしてもデコピンを食らわすにしても年上の女の子(ってのも妙な表現だが)相手にやる事ではない。
千里を相手にしている訳じゃないんだから、と言い聞かせる。
『何でもいいわ。 こんなところでぼさっとしてないで急ぐわよ!』
何より、彼女にそんな安い慰めは必要ないだろう。
すぐに気を取り直して勇ましく先へと突き進んでゆく俺にしか見えない少女。
その小さい割に頼もしくもある背中を苦笑交じりに見守りながら、後を追いかけた。
浪速警察署前の信号機が青に変わるのを待ちながら、通天閣を見上げる。
「警察に助力を求めるのはやっぱり難しいよな」
とてもじゃないが、今の状況を納得してもらえるように説明する自信がない。
時刻は11時22分。 大仰な名前のわりにちんまりした塔の向こうには真っ青に晴れ渡っていた。
夜ならネオンは白白と言ったところだろうか。 俺の頭上だけは橙一色のような気がしてならないけれど。
そんなとりとめもない思考と一緒にため息がこぼれた。