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電脳世界ディストピア  作者: OTAM
1章 むやみにイベント盛りだくさんなある日の出来事
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11話 ゾンビパニック的状況下で日本人が拳銃を手にしたところで普通は使い方を把握している間に襲われてお終いだと思う

「あー、失敗した……」


 あのコスプレイヤーの女性の名前を訊いておくのをすっかり忘れていた。

 そもそも彼女が千里にとってどういう存在なのかの見極めすら出来ていない。

 何の為に千里の周辺を探っているのか? その一点でも色々と掘り下げて尋ねる事は出来た筈なのに。

 もしかしたら、千里が新天寺社の変な研究に無理矢理協力させられていて、彼女はそれを阻止するために来た可能性だってあるのだ。

 ……もっとも、千里を助ける、と千里を可能なら助ける、と千里を殺してでも阻止するでは同じ動機でも状況が一変するのだけれど。

 その辺についてもしっかりと確認を取っておくべきだった。


「くっそ、慣れない事態で熱くなってるな」

『物凄く冷静に見えるけど?』

「必死こいてスカしてるだけだよ」


 少なくとも俺自身、この状況に混乱しているし焦燥感を覚えてもいる。

 夏芽の兄を止める。 それだけであったならまあ、何とかなった。 大須 冬彦をつかまえて、彼に新天寺社のシミュレーションや妹の件について説明してからあれこれと説得すれば何とか……とも思えた。

 しかし、先の彼女とのやり取りを経て、状況は一気に複雑になってしまった。

 どうやら新天寺社を追う勢力が存在するらしい事。

 その勢力が何かしらの理由で千里の周辺を嗅ぎまわっている事。

 新しい情報はたったの二つ。 けれど、それだけのせいで俺は大須 冬彦以外に千里も探さなければならなくなってしまった。 それも尾行されている可能性も考慮しながら。

 加えて、個人情報を記したARが大須 冬彦のもので無かった事によって彼の捜索は手掛かりすらない。

 それに――


「だったらこの目はなんなんだよ……」


 大須 冬彦のARから離れたにもかかわらず、窓の外を行きかう人に目をやると視界には相変わらずプロフィールが溢れかえっている。

 目がバージョンアップした、とでも考えるべきなのだろうか?

 だとしたら、これからは眼帯でもつけて歩くようにした方が良いのかもしれない。


「俺はもう中三だっつーの」


 その光景を想像して、盛大にため息をつく。

 こう言うと訳あって眼帯を常備している人に失礼かもしれないが、これは痛い。 あまりにも痛々しくて残念なことこの上ない。

 込み上げてきた何とも言えない物悲しさに背中を押されるように病室を後にした。


「悪いな、夏芽。 一から探し直しだ」

『問題ないわよ。 それくらいは最初から覚悟してたから』

「ついでに悪いけど、君の兄貴の事は後回しだ」


 千里もこの事態に関与している、あるいは関与させられるかもしれない。

 そんな状況下で何処にいるかも分からない見ず知らずの男を、ついさっき会ったばかりの女の子の為に探せるほど俺は出来ちゃいない。


『どうして?』

「友人が厄介事に巻き込まれてるらしいんだ」

『そっか……それじゃ、仕方ないわね』


 そう言って笑ってみせる夏芽。

 けれど、表情の端々に隠しきれない不満が滲み出ている。

 義理もないのに厄介事を引き受けてやったのに、何だよその表情は。 そう思う一方で彼女の願いが本物である事を実感し、兄を想うその心意気には感動すら覚える。

 自らの目を開く事も、言葉を発することすらかなわない体になってなお、遂げたい想いの為に見ず知らずの他人に助けを求めて来たのだ。

 彼女から見て、俺が彼女を見えると確信できる情報なんて無かった筈なのに。

 俺に出会う以前から道行く人々に何度も何度も声をかけ続けていて、たまたま俺を呼びとめる事が出来た――そう考えるのが妥当だろう。

 

 声は届かず、誰ひとり彼女を見ようともしない。 どうあがいても彼女の存在は認識されない。

 自分が何者なのかさえもわからなくなりそうな孤独の中で、彼女は必死に助けを求め続けていたのだろう。

 それほどの決心を持って、想像を絶するほどの苦難を経てようやく自分の声を、姿を知覚できる人に出会えたのだ。

 そこまでの苦労を経ておいて素直にこちらの事情を受け入れて引き下がるとすれば、それこそ「その程度の願いのために俺を引きずり回すな」と憤る。 少なくとも俺はそう考える。


「俺は完璧超人じゃないから確約は出来ないけど、それでも友達を探しながら、探し終わってから、出来る限りの事はするから」

『……ありがとう』


 本日何度目になるかの謝意に笑顔を添えた彼女の眩い表情。 それを直視しないように少し顔を背けつつ、横目でちらちらと様子を伺う。

 果たして彼女は今自分がどんな表情をしているか、自覚しているのだろうか?

 なんて事を考えながら廊下を歩いていると、これまたヴォーカロボットのコスプレをした緑髪の女の子とすれ違う。

 彼女の名前は『坂田 うめ』というらしい。 見た感じ、年齢は俺とあまり変わらない。

 なんだ、コスプレしていてもちゃんと機能するんだな。

 と、名前を凝視していると次の項目が表示された。 わお、デカメロン。

 

 ――直後、俺の目に再び異変が起きた。


【The Watcher】


【Mjollnir 300】

【H&K P2000】


 俺の事なんて気にも留めず、背中を向けて歩くコスプレイヤーの額のゴーグルと太ももの付近に、そんな文字が躍る。

 その英数字が何を意味するのかなんてさっぱり分からない。 けれど、視界に映ってすらいないものの情報が反映されるというのは結構不自然な状況だ。


 確かにAR機能を利用したアプリには登録されている商品がカメラ内に収まった時、その商品の名称と定価、レビューの評価を表示するものがある。

 けれど見えていないものに対してはこの機能は当然効果がない。 下着の情報が筒抜けになってしまい、破廉恥なことこの上ないから妥当と言えば妥当な話。

 そしてこの制限は今の俺の目にも完全に適用できるものだった。 通りを歩いている時、一度たりとも女性の下着のメーカーの情報が見えた事はなかった。

 見える筈のないものに関する情報が見える。 つまり、彼女の持っているものが見える見えないとは別に新天寺社のARの影響下にあるということ。

 位置情報を把握するためのチップでも埋め込んでいればそれ自体は別にむずかしい事じゃない。 が、問題はわざわざそんな処置が施されているという事実。

 そしてそんなものを隠し持っているという現実。


「なあ、夏芽。 Mjollnir 300とH&K P2000って何か分かるか?」

『確かH&KP2000はドイツ製の銃だったと思うけど……いきなり何?』


 もっともな質問に沈黙で応えつつ、息をひそめる。

 彼女はいったい何者なのか?

 どうしてこの日本で銃なんて持っているのか?

 そして、何のためにここに来たのか?

 湧きあがる疑問と根拠のない推論の数々。 それらをどうせ碌なもんじゃないと言うぞんざいな結論と共に脳の片隅へと追いやりながら、出来る限り気配を消して彼女に近づく。

 幸いにも、背後まで近付いてきた俺の気配にはまだ気付いていないようだ。

 ……とは言うものの、ここから先どうすれば良いのかをあまり考えていなかった。

 とりあえず男女の膂力差にものを言わせて強引に押し倒すのが一番だろうかとは思うが、誰かに見られた時の事を考えるとリスクが大き過ぎる。

 普通に交渉というのは相手の持っているモノがモノなのであり得ない。

 となると、何とかして銃を奪うのが一番妥当な判断だろう。

 防犯カメラのある場所で奪い取れば、俺が銃を持ちこんだ訳ではない証拠にもなる。

 もしかしたら銃でない可能性も少なからずあるが、銃であれば見えなくても位置の分かる処置の必要性はすんなりと受け入れられる。 確認するだけ確認しておいて損はない。

 意を決して彼女のスカートに手を突っ込んだ。 こういう事をするのは物凄く気が引けるけれど、今は仕方ない。 必死に自分に言い聞かせつつ、銃のグリップを掴む。

 そして力任せにホルスターから銃身を引き抜くと同時に、思いっきり飛びずさった。

 ついさっきまでいた場所で少女の白いブーツのかかとが美しい軌道を描く。 振りかえりざまの後ろ回し蹴りだった。


「動くな!」


 既にMjollnir 300と名付けられた警棒を構えて前傾姿勢を取っている彼女に向かって叫ぶ。

 彼女の太もものホルスターに収められていたものは間違いなく拳銃で、ずっしりとしたという程ではないものの、サイズのわりに確かな重さがおもちゃではない事を否応なく実感させてくれる。

 幸いにも周辺に人はおらず、声を訊きつけてやって来る野次馬の気配もない。 今のうちにやるべき事をやってしまおう。

 震える右手を左手で押え、へっぴり腰で見ず知らずの女の子に向けて銃を構える。

 が、彼女は緑髪を揺らして躊躇なく突っ込んで来て、微塵の躊躇いも見せずに脳天めがけて警棒を振りおろす。

 とっさにもう一度後ろに飛んでから銃を構え直す。 それでも少女の動きは止まらない。

 今度は銃を構えた手を狙っての回し蹴り。 これも後ろに飛んでよける。

 続いて2度目の警棒。 横薙ぎに振るわれたこれをまた後ろに飛んで逃げる。

 単調な攻防の最中にふと「あ、誘導されてる」と気付いた時には俺はエレベータのすぐ前にいた。

 エレベータホールは階の端に設置されている。 つまり後ろは壁。


「当たり所が悪くても恨むなよ!」


 背に腹は代えられない。 思い切って手にした銃の引き金を引いた。


「……あれ」


 弾は発射されない。 それどころか引き金さえまともに引けていなかった。

 困惑の色を浮かべる俺の事なんて気にもとめず、少女は俺の目の前まで歩いて来る。

 そして、銃を持つ手に優しく、状況には不似合いの女の子らしい繊細で柔らかい左手を添え、右手を強く握り込む。

 安全装置か、と気付いた瞬間には既に手遅れで、小さくていかんせん迫力に欠ける拳が迫っていた。 しかし、俺の手を握る彼女の手の握力は力任せに骨を潰されそうな程に強く、その拳もまた尋常じゃない程の力で握り込まれているのは容易に想像できる。

 流石に死ぬことはないだろうけど、痛そうだなぁ。

 そう言えばこの子、いつの間に警棒を手放したんだろう。

 って言うか何なんだよ、この怪力。

 拳銃ってとっさに使える武器ではないよなぁ……。

 などと悠長に考えつつも、身を守るために目を瞑って額を突き出す。

 せめて一矢とか、ここを殴られて意識を持ってかれることはないだろうとか、そんな事を考えていた訳ではなく。

 ただただ、無意識の防御行動だった。

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