97話 複合型アミューズメント施設って色々使うのは最初だけで、すぐに決まった場所以外利用しなくなってその規模が鬱陶しくなるのはきっと私だけではない
「なるほどなぁ……前々から何の施設なんやろう、とは思っとったけどARシューティング用の施設なんやね」
「というよりも、総合アミューズメント施設っぽいな。 1階と2階がARシューティング、3階以降にゲーセン、ボウリング、ダーツバー、カラオケ、ビリヤード。 6階以上に飲食店、地下にはスパやフィットネスクラブもあるらしいぜ」
しかもこの施設、新天寺社プレゼンスじゃないか。 なんで知らないんだよ会長。
と、そんな些細な問題は一旦置いておくとして、改めて施設1階のエントランスをぐるりと見回す。 無駄に大きな自動ドアをくぐった先、俺達が立っているエントランスの中央にはどこぞの使徒を彷彿とさせる正八面体のオブジェが設置されており、その一辺一辺から薄い光が漏れている。
この光は俗にRIDなんて呼ばれるもので、その光を網膜に直接照射することで中空に映像を表示しているように見せる技術らしい。 この技術自体はかれこれ10年前には既に一般家庭でも使用可能なレベルに小型化されているらしいが、新天寺社のそれはそこから更に発展したもので、網膜を正八面体に向けている一定範囲内にいる人全員が映像を共有可能になっている。
こんな技術があるんなら、もっと廉価にAR用ゴーグルを提供出来るだろうに。
「なあ、新。 KASSのメンバーとはどこで待ち合わせしているんだ?」
「行けば分かるって言ってましたけど……あ、これじゃないっすか? 利用者リストってやつ」
「えーっと、一覧。 んで、KASSと……これか」
「それっすね」
八面体の上方の計4つある三角形にはタッチパネルとしての機能も備わっているらしく、それに触れることで映像の切り替えが可能。
各階の店舗情報を表示したり更にそこから各店舗の詳細を確認したり、他にも色々出来るらしい。
ついでにアーリーや、その他の新天寺社のネットワークに対応出来る端末をかざす事でもアプリ等が無くても同様の機能を利用出来るようだ。 俺達のように近づいて利用しているのもいれば、少し離れた場所からアーリーをかざしている人も少なくない。
試しに少し距離を取って網膜走査の範囲の外に出て、荷電粒子砲でも撃って来そうなオブジェをじっと眺める。 間違いなく新天寺社の技術、夏芽から発せられる波長を参考にして作られた独自規格の電波が使用されているらしく、俺の目にはしっかりとアーリーで目視できるだろう映像が映し出されていた。
これは網膜すらもすっ飛ばして脳が直接見ている映像、と言う事にでもなるのだろう。
もっとも、端末なしでは操作が出来ないのであまり役に立たないのだが。 夏芽の能力があれば遠隔操作も出来るんだろうが、あれはあれで使う度に気を失うので実用性に問題があるのだが。
「おーい、行くぞ?」
「あ、うん」
入り口の左手にあるスイーツショップを眺めながらきゃっきゃと騒いでいる女子達に声をかけ、受付へ向かう。 サバゲーの施設がメインのわりには女性客も多いらしく、店内の席は遠目に見ても7割は間違いなく埋まっていた。
その対面、入り口右手にはコーヒーショップが看板を掲げている。 近場に日本最大級の本屋がある事もあってか、アーリーを弄っている人と本を読んでいる人の比率はほぼ同数と言ったところか。
スイーツショップでもコーヒーを提供しているようなので、これでもかと言うくらいに競合しているように見えるのだが、どうやら客層が随分と異なるらしくこちらも結構な賑わいをみせていた。
他には新天寺社の関連商品やARサバゲーのグッズを販売する店舗などが軒を連ねている。 あとはATMにアーリーの充電器完備の待合室、喫煙スペース。 それから階段やエレベーター、エスカレーターといった移動手段。 どの施設にも、と言うかエスカレーターの手すりにさえもご丁寧にARサイネージが掲げられている。
「何と言うか、随分と商魂逞しいだよなぁ……」
「ま、いくら便利だって言ってもそれくらいしないとここまで普及する訳が無いわなー」
ずらりと並べられたサイネージを眺めながら半ば呆れたように嘆息する俺の隣で、千里がしみじみと頷く。
サイネージとは言うものの、肉眼で見る限りではただの絵画にしか見えない。
それでも手持ち無沙汰の客が一昔前で言うところのちょっとケータイを弄る感覚でアーリーをサイネージに向けて暇を潰している。
ここの施設に来る人はまず間違いなく自分のアーリーを有している。 それにARサイネージはニューロンが個人情報や検索履歴に基づいた広告を表示する以上、少なくとも当人にとって価値の無い情報を提示する事は無い。
検索すらせずに自身が求める情報を提供してくれるんだから、退屈しのぎとしてこれ以上のものは無いだろう。
そんな事を考えながら、奥の受付へと向かう。 女子5人は相変わらず楽しそうに井戸端会議を繰り広げている。 森宮と今宮は落ち着かない様子できょろきょろと視線を彷徨わせている。
誰一人として上品な笑みを浮かべてこちらの様子を伺っている受付嬢に声をかけようする気配が見られない。
「えーっと、お姉さん、アーリーのメアド教えてください」
「はい、かしこまりました。 それではアーリーの通信機能をオンにして少々お待ち下さい」
きっちりと整えた頭髪をキャビンアテンダント風のトーク帽?に収め、社からの支給品と思しき制服をぱりっと着こなし、地味めながらも女性的な魅力を損なわない化粧を施した真面目そうな受付のお姉さんは意外にノリが良かった。
言葉通り、さっとアーリーを取り出すとにこやかな笑みを浮かべたまま、卒業証書授与を彷彿とさせる格好でこちらにアーリーを向ける。
「ちょっと待ちなさい」
「ちょいまち!?」
本当はそんなつもりはなかったのだが、貰えるのなら断る理由は無い。
と言う訳で、初対面の受付嬢とメアド交換しようとしたところを思いっきり夏芽と会長に阻止された。 会長がぶつかった拍子に手から滑り落ちたアーリーを地面に落ちる前に拾い上げる。
「なんだよ?」
「なんだよ?ちゃうわ、アホぉ! おかしいやろ、そこは「KASSで予約しているものなんですけれども~」とかそういう風に切り出すところやろ? なんやねん、メアド教えてください、て!?」
「まったくだわ。 秋一も秋一だけど、あなたもあなたよ? 仕事中にナンパに乗らないようにって言われてないの?」
「それはもちろん。 ですが、昔から言うでしょう? 恋は禁止されるほどに燃える、と」
お姉さん、とは言ったもののよく見てみると顔立ちは意外に幼く、高校生かそこらと言った感じだろう。 しかし、かしましい事この上ないうちの連中(うめ先輩除く)とはえらい違いだ。
会長と夏芽が間に立っている以上、今この場でのメアド交換は無理だろう。
アーリーを閉じて、ポケットに突っ込んだ。 受付嬢もアーリーを閉じてカウンター下の収納スペースへと戻す。 心なしか残念そうにしているので、後で隙を見て交換しに来よう。
「えっと、KASSで予約の夢咲 さくら様のお連れ様で宜しいでしょうか?」
「あー、ハイ」
さくら様とやらが誰の事を指しているのかは知らんが。
適当に相づちを打ち、KASSが現在使用している部屋の所在を教えてもらってから紙きれを1枚渡された。
それを持ったまま奥のエレベーターへと向かう。
「……それ、なに?」
「設備の貸出時間と、2階のフロアマップ。あとはスケジュールですね」
「……ううん。 その、端っこの」
うめ先輩に指摘された方に目をやる。 確かに手渡されたプリントの隅に何やら意味ありげな文字列が並んでいた。 何かなどと問うまでもなくメールアドレスだ。
先輩とのやり取りを聞いてそれに気付いた夏芽がさっとプリントを取り上げたものの、覚えやすいアドレスは既に俺の脳裏にしっかりと刻み込まれていた。