いじめられている女の子を助けたら、自分がいじめられてしまった。そんな僕は寝取られても傷つかない鋼の心を手に入れた
静かな病室。僕が寝ているベッド横で、学生服の少女が泣いていた。
天井を見つめながら、この状況の発端を思い返す――
***
僕、遠藤勇気は子供の頃から正義感が強かった。
ヒーローの特撮物が大好きで、将来は父親と同じ警察官になりたかった。
……いつからだろうか? テレビの中の世界と現実が違うと気がついたのは?
その子に気がついたのは中学1年の頃だった。
多分、少し気になっていた子だったかもしれない。
彼女はつい昨日まで女子友達同士で普通に仲良くしていたと思ったら、突然、孤立した。
そして、教室中には彼女の悪い噂が広まり、ほんの一週間で彼女はクラスの攻撃対象となっていた。
――いじめ、だった。
本や映画では見たことがある。
でも、現実世界で起こりえるなんて思わなかった。だって、この教室にいる生徒たちは善良な人間だと思っていたからだ。
悪の組織の人間じゃない。ただの普通の少年少女たちであった。
いじめは苛烈だった。椅子や机は隠され、少女はだんだんと表情が暗くなっていく。
エスカレートしていくいじめ。
僕の心臓はバクバクしていた。いじめの傍観者にはなりたくなくなかった。
僕は自分の中に正義がある。
行動を起こそうと思っても緊張で身体が硬直してしまう。
生徒たちだけじゃだめだ
だから、僕は人生最大の勇気を振り絞って、帰りのHRで――
「せ、先生……、海老塚さんが……いじめられています」
教室がざわついた。友達はいるけど、ごく普通の静かな生徒。それが僕の印象のはずだ。
そんな僕が手を上げて、いじめの告発をしたんだ。
先生が一瞬だけ面倒臭そうな顔をしたのがわかった。表情がすぐに変わって――
「委員長、それは本当か? 本当なら今からロングHRになるぞ」
勝ち気な委員長が断定した口調で言い放つ。
「そんなことあるわけないですよ! 多分、遠藤君の見間違いですね」
「そうか、ならこの話はここで終わりだ」
先生がそそくさと教室を出ていく。
体中から嫌な汗が吹き出した。
僕は立ったまま身体が硬直していた。視線が刺さる。嫌な視線だった。
そして、クラスのカースト上位グループのチャラ男とギャルが僕に向かってなにかを投げつけた。
頭にそれがあたって、なにかが弾け飛んだ。給食の牛乳パックだ。
痛みよりも、驚きでどうしていいかわからなかった。
ギャルが僕に向かって言い放った。
「超正義君じゃん。まじでかっこいいね。海老塚のこと好きなの? ていうかさ、海老塚さ〜、今日からあんたの代わりにこいつをいじめるっていったら嬉しい? あんたの返事次第で考えるじゃん」
「ははっ、あいつ見ろよ。どんくせえな」
クラスから乾いた笑い声が上がり、みんな海老塚さんの反応を伺っていた。
海老塚さんは――
「そ、それで、私が……いじめられないなら……」
***
あのね、僕だって人並みに友達がいたんだ。
一緒にご飯を食べたり、ゲームをしたり……、実はデートの約束をしていたんだ。
ずっと一緒にいた幼馴染。ゲームが大好きな親友。部活の仲間。
ずっと仲良しでずっとこの関係が続くと思っていたんだ。
でも――
「うわぁ、ちょっと話しかけないでほしいわ。だって、今は空気読まないと無理でしょ?」
「うぜえな、てめえは床に這いつくばってろよ」
「……あのね、仲間だと思われるから話しかけないでほしいの」
それでも、僕は耐えた。
だって、僕が犠牲になって海老塚さんへのいじめがなくなったんだよ?
それなら……
「おっ、海老塚のキックすげえ強烈じゃん」
「いいね、次は体操服燃やそうぜ。海老塚、用意いいな。ライター持ってんだな」
なんだか、人の心が本当によくわからなくなってしまった。
***
そんな生活が三年間続いた。
幸い、家族は僕には興味がない。優秀な妹だけに興味がある。だから家族に心配かける心配はない。
僕のことを気にかけていたお父さんは……、もうこの家にいないから。
人間は環境に慣れる、といわれているけど、いつまでたっても慣れることはなかった。
そして、ついに僕は我慢の限界に達しーー
ギャルとチャラ男を本気で殴ってしまった。
大きな事件になった。大人たちは僕がいじめられていることを知らない。
生徒たちは僕がいじめられていることを絶対に言わない。
僕がいくら訴えてもだめだった。
示談、治療費、謝罪ーー
僕は家族に迷惑をかけた。
「あんたのせいで何十万も損したわよ!! あんたね、この損失どうしてくれるのよ!」
だから、家でもいじめられても仕方ない。
だって、僕が悪いんだから。
それでも、僕は海老塚さんをかばったことを後悔していない。
それが僕の正義だったからだ。
***
中高一貫校。
高校になっても変わらない。
ただ、一つ変わったことがあった。僕はアルバイトを始めた。
母にお金を返すためだった。
幸い、学校でのいじめはほんの少し落ち着いていた。だから、目標に向かってバイトをしていた。
「あいつ、目が死んでね?」
「ああ、熊谷と明日香のターゲットにされてるからな」
「うわ、あのチャラ男とギャルにかよ。界隈じゃ有名な迷惑勢だぜ」
学校で僕に話しかけてる生徒はいない。
廊下で、幼馴染とすれ違っても――、目をそらされて無視されるだけだった。
些細なことなんだけど、それが一番つらかった。
でも、もう終わる。
春が過ぎ、夏が終わり、目標金額を貯めることができた。
学校帰りに銀行でお金をおろし、まっすぐ家に帰ろうとしたら――
「おう、お前なんで銀行から出てきたんだ?」
チャラ男の熊谷が現れた。
僕は走って逃げた。このお金は盗られるわけにはいかない。
でも、虚弱な僕には逃げ切ることなんて不可能だった。
お金は奪われた。目が開かない。喉から息がひゅーひゅー漏れる。身体の感覚が麻痺している。
やっぱり、僕は、選択肢を、間違えたのかな……。
手が折れていた。足から血が出てうまく歩けない。
だって車に轢かれたからだ。当たり前だ。車は結構な速度が出ていた。
あいつは金だけ奪って逃げていった。
僕の目の前に誰かが立っていた。キレイな女性の人だった。なんだろう、ママっていう感じだ。
「……まってて、いますぐに施設に連れて行くわ」
きっと病院に連れてってくれるのだろう。
僕は安心して気を失ってしまった。
***
「……調子はどうかしら?」
妙なことが起こった。
傷だらけだったはずの僕は、無傷で椅子に座っていた。病院ではなく、古びた事務所にいる。
眼の前にはキレイな女性。状況がよくわかっていない。僕は車に轢かれて瀕死だったはずだ。
「あ、あの、僕は一体?」
「どうせ病院に行っても死んでいたわ。なら私が有効活用してあげたのよ」
「……すみません、本当に意味がわからないです」
「わからなくて当然よ。あなたはこの世界で10人しかいない存在になったのよ。私はサリーよ。研究者をやってるわ」
「え、ええっと、僕は遠藤勇気です」
「いい名前ね。じゃあ説明するわ――」
そこから、延々と説明が始まった。ゆうに五時間はかかっただろう。すっかり夜も老けてしまった。
簡単にいうと、死にかけていた僕を生かすために、新薬を打ったみたいだ。
その新薬は……「不死」の薬だった。
どんな怪我をしても、死なない。身体の構造が変化して、死を免れる。
詳しいことはよくわからなかったけど、死の概念をそらすだか、どうたら、言っていた。
そして、中和剤を打つことによって死ぬこともできる。
……夢のような薬だけど、もちろん副作用もある。
死ほどの損傷を身体に負うと、記憶が消えてしまうみたいだ。
「まあ、そんなに死ぬことはないわ。それに、不死だけがこの薬の力だけじゃないわ。あなたが望めば――」
「あ、あの、そろそろ帰りたいんですけど……」
サリーさんと連絡交換をして、僕は事務所を出た。
もう電車なんてなかった。だから、僕は夜道を歩いて帰ることにした。
サリーさんから渡された日記を胸にかかえて。
***
僕は試しに死んでみた。多分、心のどこかで死にたい気持ちがあったんだろうね。
日記には事細かく詳細を書き記し、自室の扉を使って、ロープで首をくくった。
「……ちょっ、く、くる……し……」
頭がパンクしそうな苦しさが襲いかかり、そのうち、目の前が真っ白になり――、突然意識が鮮明になった。
気がつくとロープが切れていて、僕は床に座り込んでいた。
「……なんで、僕はロープを……」
思い出そうとしても思い出せない。
記憶の引き出しを探る。僕は母にお金を渡す為に銀行に行って、そのあとチャラ男に追いかけられ……。
キレイな女性に会ったんだ。名前はサリー。
……それ以上は何も思い出せない。
僕は見慣れない日記に気がついた。日記を手に取り読んだ。そうすると、書かれてあることが真実だと身体が理解した。
記憶はなくなっていても、身体が、感情が覚えている。
「……なるほど、これが不死であり、記憶の消去なんだ」
もしも、嫌なことがあっても記憶が消せる。それはきっと素晴らしことなんだろう。
よくアニメやゲームで、死んでループをする主人公がいるけど……、正直ボクはもう二度と死にたくない。
「だって、すっごく苦しかったから」
ただ、日記を読みながら違和感に気がついた。確かに記憶はなくなっていた。でも、なんていっていいんだろう、心にその時の感情が染み付いているというか、経験として残っている感じだった。
車で轢かれた時の痛さを容易に思い出すことができた。熊谷への負の感情が痛いほど強くなっていた。
「経験値になり得る」
死は恐怖だった。実際、恐ろしく怖かった。
でも、その死を経験したからこそ、なにか自分が変われたような気がした。
***
数回の死を繰り返し、自分が変質していくのがわかった。
死の痛みは何回死んでも慣れることはない。
死ぬたびに心が強固になっていくような気がした。
また、肉体にも変化が起きた。
急激な成長と言っていいのだろうか、死ぬたびに、僕の肉体は変化していった。
「……服を着ればごまかせるかな」
驚いたこともある。僕の目の前で子供が転んで膝を擦りむいた。
泣いている子供をあやしたら、子供の傷がなくなっていた。
その傷が僕に転移していたのであった。
サリーと連絡を取ると――
『ええ、あなたの特殊な力はそれね。他者の痛みを自分へと転移することができるのね。その力は二人目ね』
でも、友人もいない僕には必要のない力だった。
***
「え、遠藤く、ん………」
学校の図書室で本を読むのが日課だった。それに、ここだと日記を書くこともできる。
そんな僕に話しかけて来る生徒がいた。
「海老塚さん……?」
「こ、ここ、いい、かな?」
海老塚さんは僕が読んでいる本を指さした。
「わ、私、ね、その作者、好きなんだ」
少し頭が混乱した。
だって、海老塚さんは僕をいじめていて……。
「遠藤君、ごめんなさい。私をかばってくれたのに、私のせいで、いじめられて……。だから、謝ろうと思って」
なんだろう、暗闇だった心が少しだけ晴れたような気がした。
僕の正義は間違っていなかった。時間はかかったけど、海老塚さんは僕に話しかけてくれた。
「ううん、気にしないで。えっと、この本だっけ?」
そこから僕たちが仲良くなるのには時間がかからなかった。
平穏な時間だと思った。
そんな日が数週間続いた。僕らの仲はだんだんと深まっていった。
だから、僕は信じ切ってきた。
海老塚さんを。
「今日の放課後、校舎裏に来てほしいな。渡したいものがあるんだ」
「うん、放課後だね」
本当に、何も気にしていなかった。嫌なものから目をそむけていただけなのかもしれない。
校舎裏に行くと――
海老塚さんの肩に手を回している熊谷。タバコを吸いながらダルそうにしている明日香がいた。
「おう、驚いたか? ちょっと趣向を変えてみようとおもってな。ほら、俗にいう寝取られってやつ? 海老塚は俺の女なんだよ」
論より証拠という態度を海老塚が取っていた。
「もう、恥ずかしいからやめてよ。家に帰ってからにしよ」
「ははっ、お前もすっかりビッチになっちまったな」
「クマのせいでしょ……」
こんな感情は初めてだった。処理の仕方が難しかった。脳が焼き付くような気持ちになっていく。
だが、徐々に冷静になり、心の中にあった海老塚への親愛を……殺していった。
感情がなければ何も感じない。
こんなもの死の恐怖にくらべればなんでもない。
「というか、こいつの初恋はてめえだったんだぜ? マジで笑えるよな。殴っていたくせによ」
そこで、明日香が立ち上がった。
「ねえねえ、もう話終わり? ていうかさ、最近お前、鍛えてんだろ? ちょっと裸になって見せろじゃん。もしかしたら、いいことあるかもよ〜」
明日香がシャツをはだけさせて、僕に近づく。
「ちょっ、あんた――」
僕はそんな明日香を押しのけて、熊谷と海老塚さんの方へと向かった。
「……えっと、それで二人が付き合ってて、僕はどんな反応をすればいいの?」
熊谷の眉間にシワがよる。いつもの殴る前兆だった。
「はっ? てめえ強がってんじゃねえぞ!」
****
人生に暴力は必要ない。今でもそう思っている。
「ねえねえ、勇気〜、あんたあんなに強かったの!? ねえ、さっきのマジでかっこよかったんだけど!」
「熊谷は友達じゃなかったの?」
「え〜、あんなやつ違うよ。だって、あいつ私の金目当てでつきまとってただけじゃん。ねえ。あんたなんか普通の人と違うよね」
学校での俺の立場がおかしくなった。
話しかけてこなかった生徒たちがよそよそしく話しかけてくる。
明日香が俺のそばから離れない。
熊谷と海老塚はいじめられそうになっていたけど、俺が明日香にやめろと言ったら、いじめは止まった。
妙な日常が始まった。
「あーしね〜、本当はお姫様に憧れてたんだ〜」
「ていうかヤクザの娘だからってみんなビビりすぎ」
「勇気は私のこと眼中にないでしょ? その目が好きなんだ」
「ねえねえ、私、最近変わったでしょ? だって、勇気に嫌われたくないもん」
本来なら、僕の性格がかわってしまった元凶と言っていいのだろう。
僕にとって許さない存在の明日香。
だが、関わっていくうちに、明日香もまた壊れた家庭の犠牲者だということもわかっていった。
でも、それはただの言い訳だ。
だから、僕には時間が必要だった。
一週間、一ヶ月、一年、二年、そして、高校の卒業間近――
明日香の変わっていく姿を隣でずっと見ていた。
一日だって同じ日はない。
いつしか、明日香を目で追うようになり、明日香とともに過ごす日々が多くなっていった。
そして――眼の前の明日香が泣いていた。
「……あ、ありがとう。本当に、こんな私と付き合ってくれるの?」
僕たちは付き合うことになった。
そういえば、最近は自分が不死だということも忘れていた。
いじめられていた過去もあったが、それを乗り越え、明日香を本当に愛することができたんだ。
明日香もすっかり変わってしまい、今では元生徒会長として生徒から慕われている存在となっていた。
日記は随分前からタンスの奥にしまってある。
もう自分は死ななくてもいい、と思えるようになっていた。
だから、忘れていた。
世界は悪意に溢れていることを。
本当に普通の日だった。
明日香と待ち合わせをして、くだらない話をして、穏やかな一日の始まりだった。
なんの気配も予兆もなかった。
少し小走りの足音が聞こえたと思ったら、小さな衣擦れの音が聞こえた。
「えっ……」
明日香が背中に手を回していた。
そのままゆっくりと地面へとに倒れる。
「あ、あんたが悪いのよ! あんただけ幸せなって!! わ、私が先に遠藤君のことが好きだったのよ!! 私があんたをめちゃくちゃにしてやる!!」
ナイフを持った海老塚が震えて立っていた。
後ろから走ってくる熊谷。
「ばっ!? お前、やめろ!! そんなんで人生棒に降るんじゃねえ!」
僕は空を見上げた。
妙な感覚が背中に走る。
明日香は絶対に助からない。
明日香はなにか言葉を口走っていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、わたし、いい子になるから……、いじめてごめんなさい、ごめん、なさい……だから……」
目をうつろだった。死の一歩手前だった。何度も死んだ僕にはその状態がよくわかる。
僕は胸に手を当てた。
僕をいじめていたはずの明日香。
『勇気、私、みんなに謝る。許してくれないと思うけど、一生かけて償う』
『謝るのは簡単だよ。自己満足にならないようにしないと』
『う、うん……』
明日香は変わろうとしていた。三年かけて努力をしていった。そんな明日香をだんだんと好きになっていった。
因果応報。
そう言ってしまえば、仕方ないことだ。
決断は一瞬だった。
僕は明日香を抱きしめる。
(ああ、どんな始まりであれ、本当に好きだったんだな――)
それと同時に背中に強い痛みを感じる。明日香の痛みが僕に移行していく。
それは死の痛み。
だから、僕は最後に……明日香に向かって。
「……明日香、僕のことは忘れて」
きっと彼女を一生苦しめる言葉になるだろう。
****
ベッドから起き上がると、隣にいた女子生徒が立ち上がった。
「勇気!? だ、大丈夫なの! わたしのことわかる?」
身体が一瞬びくっとなった。
「あ、あの、なんで、僕、ここに? なんで明日香さんがここに?」
「私もわけわかんないのよ! だってあんた」
僕は後ずさった。だって、そうしないと、殴られるからだ。
ふと、なんか硬いものに触れた。
日記みたいな本だった。
それは僕にとってとても大事なものだと身体が認識していた。
僕は明日香さんを無視してその日記を読む。
海老塚さんと仲良くなったところまでは把握できた。僕の身体が不死だということも。
心が経験を思い出し、精神が安定する。
そして――
「……僕と明日香さんに何があったかわからない。でも、僕はあなたとの記憶がない。無関係な人とは関わりたくもない」
なんだろう、こんな言葉を言って、なんで僕の胸がチクリと痛むんだ? 明日香は僕をいじめていた人なのに。
明日香は一瞬だけ悲しそうな顔をしていた。
「そっか、自業自得だもんね……私だけ、幸せになるなんて……、ちゃんと苦しまないと……」
言葉の意味がわからなかった。
心臓の音がひどくうるさい。大丈夫、僕は不死になって心が強くなったんだ。
泣いている音が聞こえてきた。
明日香が泣いていた。そして、背中を向けて走り去っていった。
僕はその姿を見て……、なぜか……頬に伝わるものを感じられた――
ありがとうございました!




