第8話 襲来、数値しか信じぬ者たち
朝霧をつんざくような、甲高い警報音が鳴り響いた。
工房の窓ガラスが『ビリビリする!』『嫌な音だ!』と震えている。
「アトリエ・ベルンの店主、および不法滞在者に告ぐ! 直ちに出てきなさい!」
拡声魔法による声だ。
私は飛び起きた。
隣の部屋から、クラウスさんが険しい顔で出てくる。
「……来たか。思ったより早かったな」
彼が窓の隙間から外を覗く。
その背中が、わずかに強張った。
「魔導省の第一査問部隊だ。国の治安維持を担うエリートたちだよ。ジェラルドの奴、親の権力を総動員したな」
外に出ると、工房は白いローブの集団に完全包囲されていた。
その数、およそ五十人。
先頭に立っているのは、勝ち誇った顔のジェラルド様だ。
その横には、銀縁眼鏡をかけた冷徹そうな男――おそらく査問官長――が控えている。
「出てきたな、魔女め!」
ジェラルド様が私を指差して叫んだ。
「王弟殿下をたぶらかし、あばら家に監禁した罪は重いぞ! 殿下、今すぐ其奴から離れてください。洗脳されているのです!」
「……洗脳、だと?」
クラウスさんが低く唸り、一歩前に出た。
王族としての覇気が、周囲の空気をピリつかせる。
「馬鹿げている。私は自分の意志でここにいる。ジェラルド、貴様こそ何の権限で王族の滞在先に土足で踏み込む?」
「王命によりまーす」
間延びした声で、眼鏡の査問官長が羊皮紙を広げた。
そこには王家の紋章と、『緊急保護命令』の文字。
「殿下は正気を失っておられるとの報告があります。よって、強制的に保護し、王都へ連れ帰るよう宰相閣下より承りました。抵抗されれば……不本意ながら、拘束魔法の使用も許可されております」
査問官たちが一斉に杖を構える。
クラウスさんが舌打ちをした。
剣の柄に手が伸びるが、抜けない。
ここで彼が国軍と戦えば、それは「反乱」になってしまう。
彼は私を守るために、動けないのだ。
「……汚いやり方だ」
「賢明なご判断を。さあ、殿下をこちらへ」
兵士たちがクラウスさんを取り囲み、引き離そうとする。
彼は私を振り返った。
その目は「耐えろ、必ず助ける」と語っていたが、私は首を横に振った。
助けられるばかりは、もう嫌だ。
「待ってください!」
私は声を上げた。
震える足を両手で叩いて止める。
「私は殿下を洗脳などしていません! 彼は怪我の治療のために……」
「黙れ、魔力ゼロの欠陥品が!」
ジェラルド様が私の言葉を遮った。
彼はニタニタと笑いながら、馬車の荷台から何かを降ろさせた。
巨大な透明な結晶体。
台座に乗ったそれは、悪夢のように見覚えのある形をしていた。
「国家公式魔力測定器」だ。
「証明してもらおうか、リア。貴様が潔白だと言うなら、この水晶に触れてみろ」
「……え?」
「貴様が殿下を操るために使った『正体不明の術』。それが闇魔法なのか、それとも悪魔との契約なのか。この最新鋭の測定器なら全て暴ける!」
ジェラルド様は、私が魔力を持っていないことを知っている。
それなのに、なぜ?
ああ、そうか。
彼は私を「公開処刑」したいのだ。
衆人環視の中で「数値ゼロ」を晒し、恥をかかせ、その上で「魔女の疑いあり」として連行するつもりなのだ。
「さあ、やれ! それとも怖いか?」
査問官たちが冷ややかな目で私を見る。
近所の住民たちも、遠巻きに不安そうにこちらを見ている。
逃げ場はない。
私は水晶の前に立った。
冷たい。
水晶が『私は何も感じない』『お前は空っぽだ』と、過去の記憶を再生するように拒絶の波動を出している。
トラウマが蘇る。
父に捨てられた日。
婚約破棄された夜。
全ての元凶である、この透明な石。
「……触れば、いいんですね」
私は手を伸ばした。
指先が水晶の表面に触れる。
シーン……。
何も起きない。
光りもしない。
針も振れない。
完全な無反応。
「はっはっは! 見ろ! やはりゴミだ!」
ジェラルド様が大笑いした。
「魔力ゼロ! 生きている価値もない! こんな無能が殿下の治療? 嘘に決まっている! やはり怪しい薬でも使ったに違いない。捕まえろ!」
「数値が出ないから、なんです」
私の呟きは、彼の笑い声にかき消された。
悔しさが、腹の底から湧き上がってくる。
悲しみではない。
純粋な怒りだ。
どうして。
どうして、この世界は数値でしか物を見ないの?
私が直した花瓶を、誰も見ない。
私が救った窯の声を、誰も聞かない。
私の価値を、この石ころ一つが決めるなんて。
「……ふざけないで」
私が強く思った瞬間だった。
工房の中から、何かが弾ける音がした。
『ふざけるな!』
『リアを馬鹿にするな!』
『俺たちを直したのは誰だと思ってるんだ!』
声だ。
素材たちの声だ。
棚のガラス瓶が、床のレンガが、鉄の工具たちが。
私の怒りに呼応して、一斉に叫び声を上げた。
キィィィィィィン……!
耳をつんざく高周波。
共鳴音。
それは魔力ではない。
物理的な振動だ。
工房全体が巨大なスピーカーとなり、私の感情を増幅して放射したのだ。
「な、なんだ!? 耳が……!」
査問官たちが耳を塞いでうずくまる。
ジェラルド様の眼鏡にヒビが入る。
そして、私の目の前にある測定器。
魔力には絶対の耐性を持つはずの水晶が、激しく振動し始めた。
『うるさい! うるさい! 私の周波数じゃない!』
水晶が悲鳴を上げる。
耐えられない。
規格外の「想い」の振動に、物質としての限界が来ている。
「私の価値を……機械で測るなぁぁぁっ!」
私が叫んだのと同時だった。
パァァァァァンッ!!
爆音が轟いた。
国宝級の強度を誇る測定用の水晶が、内側から粉々に砕け散ったのだ。
キラキラと輝く破片が、ダイヤモンドダストのように舞い散る。
その美しさは、皮肉なほど幻想的だった。
「……は?」
ジェラルド様が、割れた台座を見て口をパクパクさせている。
査問官長も腰を抜かしてへたり込んでいる。
静寂。
さっきまでの騒音が嘘のように、シンと静まり返った広場に、私の荒い息遣いだけが響く。
「……測定不能、です」
私は震える手で、空っぽになった台座を指差した。
「これで満足ですか? それとも、もう一台壊しますか?」
ジェラルド様を見据える。
彼は青ざめた顔で、「ひっ」と悲鳴を上げて後ずさった。
未知への恐怖。
魔力ゼロの娘が引き起こした、理屈の通じない破壊現象。
それが彼らのプライドを、水晶と共に粉々に砕いたのだ。
「……見事だ」
拘束を解いたクラウスさんが、私の横に立った。
彼も驚いているが、その口元には誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「聞いたか、ジェラルド。彼女は枠に収まるような器ではないと言ったはずだ」
私は膝から崩れ落ちそうになるのを、必死にこらえた。
勝った。
数値に、勝ったんだ。
けれど、これは宣戦布告でもあった。
国の権威である測定器を破壊したのだ。
もう、ただの職人としては生きられない。
私は覚悟を決めて、舞い散る水晶の欠片を踏みしめた。
靴底で、欠片が『参りました』と小さく鳴いた。




