表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロと断罪された令嬢は、素材の声を聞き辺境の工房で奇跡を直す  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/10

第5話 素材の声が救う街の危機


ドォォォォン……。


地響きが、足裏を揺らした。

工房の棚に並んだ小瓶たちが、カタカタと怯えた音を立てる。

地震ではない。

もっと重く、粘り気のある振動だ。


「なんだ? 広場の方だぞ」


クラウスさんが剣をきながら立ち上がる。

表の通りが騒がしい。

人々が慌てふためき、中央広場の方角へ走っていく。

悲鳴も聞こえる。


「行ってみましょう」


私はエプロンの紐を締め直し、工具袋を掴んだ。

嫌な予感がする。

空気がピリピリと痛い。

風に乗って、巨大な石の『うなり声』が聞こえてくるのだ。


   *


中央広場はパニック状態だった。

街のシンボルである「守護の魔導像」――高さ五メートルほどの巨人の石像――が、不気味に明滅している。

普段は青白く輝き、魔物除けの結界を張っているはずの像だ。

今はその光が赤黒く濁り、ガタガタと痙攣けいれんしている。


「下がれ! 下がるんだ! 魔導省の管轄だぞ!」


怒号が響く。

像の周りには、立派なローブをまとった魔導士たちが数人。

そして、高そうな服を着た小太りの男――役人だろうか――が、ハンカチで汗を拭きながら指示を飛ばしている。


「何をしているんですか! もっと魔力を注げ! 結界が消えたら私の査定に響くんだぞ!」

「し、しかし長官代理! これ以上は入りません! 回路が拒絶しています!」


若い魔導士が悲鳴を上げている。

彼らは杖を掲げ、必死に光の帯を像に流し込んでいた。

強制的な魔力供給。

それを見て、私は耳を塞ぎたくなった。


『やめろぉぉぉ!』

『苦しい! 吐きそうだ! もう食えない!』

『足が! 足が腐る!』


像が絶叫している。

魔導士たちには聞こえないのだろうか。

これはエネルギー不足ではない。

消化不良だ。

無理やり詰め込まれた魔力が、体内(石の内部)で暴走し、ひび割れを起こそうとしている。


「……止めなきゃ」


私は人垣を掻き分けた。

このままだと、像は内側から爆発する。

そうなれば結界が消えるどころか、飛び散った破片で怪我人が出る。


「どいてください! 爆発します!」


私が叫んで規制線のロープを潜ると、小太りの役人がギョッとして振り返った。


「な、なんだ貴様は! 一般人は立ち入り禁止だ!」

「聞こえないんですか? 像が『もう無理だ』って泣いてます! 魔力注入を止めてください!」

「はあ? 石が泣くだと? 頭がおかしいのか?」


役人は鼻で笑った。

私の汚れたエプロンと、すすけた顔を一瞥いちべつする。

侮蔑の色がありありと浮かぶ。


「魔力も感じられない平民風情が。我々は国から派遣されたエリートだぞ。さっさと摘み出せ!」


衛兵が私に手を伸ばす。

その時、黒い影が割り込んだ。

クラウスさんだ。

彼は無言で衛兵の腕を掴み、軽くひねり上げた。

衛兵が悲鳴を上げて膝をつく。


「……彼女の話を聞け。この像の状態、普通じゃないぞ」


クラウスさんの低い声には、有無を言わせぬ威圧感があった。

役人が怯む。


「な、なんだ貴様ら! 反逆か!」

「リア、やれ」


クラウスさんは役人を無視して、私に背中を向けた。

私を守るように立ちはだかる。

その背中が「責任は俺が持つ」と語っていた。


私は頷き、像の足元へ走った。

巨大な石の足。

地面に埋まった台座部分。

そこから、腐ったような異臭が漂っている。

魔導士たちは上ばかり見て、足元を見ていない。


『足が……ふやけて……気持ち悪い……』


像の声に従い、私は膝をついて地面の泥を手で掻き出した。

冷たくてドロドロした感触。

昨日の大雨で流れてきた落ち葉やゴミが、排水溝を完全に塞いでいる。

そのせいで台座の下に水が溜まり、さらに悪いことに、そこへ魔導士たちが流し込んだ魔力が漏れ出して、ヘドロ状の「魔力溜まり」を作っていた。


これが原因だ。

足元が腐ってバランスが崩れているのに、頭からエネルギーを注がれれば、誰だって気持ち悪くなる。


「ちょっと痛いですよ。我慢してくださいね」


私は工具袋から小さな鶴嘴つるはしを取り出した。

詰まっているのは、石化したヘドロだ。

手では取れない。


「おい! 神聖な像になんてことを!」


役人が叫ぶが、クラウスさんが動かないので近づけないようだ。

私は集中する。

一点突破。

石と泥の境目。

『ここを突いてくれ』と願う急所へ、切っ先を叩き込む。


ガキンッ!


硬い音がして、何かが砕けた。

直後。


ゴボッ、ゴボボボボ……!


黒い汚水が、勢いよく噴き出した。

詰まっていた排水溝が開通したのだ。

溜まっていた悪い水と過剰な魔力が、渦を巻いて流れ出していく。


『ああぁぁ……すっきりしたぁ……』


像から、心底安堵したようなため息が聞こえた。

同時に、像の振動が止まる。

赤黒かった光が、澄んだ青色へと変わっていく。

優しい光が広場全体を包み込んだ。


「な……!?」


役人が口をあんぐりと開けている。

魔導士たちも杖を下ろし、呆然と像を見上げている。


「魔力数値、安定! 結界強度、最大値まで回復しました!」


若い魔導士が報告すると、静まり返っていた広場から、ワッと歓声が上がった。

住民たちが拍手をしている。


「すげえ! あの姉ちゃん、泥んこになって直しちまったぞ!」

「魔導士様たちが束になってもダメだったのに!」


私は泥だらけの手を拭いながら立ち上がった。

足腰がふらつく。

緊張していたらしい。


「き、貴様……何をした! どんな魔法を使ったんだ!」


役人が顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。

魔法?

そんな高尚なものじゃない。


「ただの掃除です」


私は正直に答えた。


「足元の排水溝が詰まって、台座が水没していました。人間だって、水たまりにずっと足を突っ込んだままご飯を食べさせられたら、お腹を壊します」

「そ、そんな馬鹿な理屈が……!」

「理屈ではありません。事実、像は喜んでいます」


私は青く輝く像を見上げた。

石の巨人は、感謝するように明滅を繰り返している。


「ふん! 偶然だ! 我々の魔力注入が効いてきたタイミングだったに決まっている!」


役人は捨て台詞を吐き、逃げるように去っていった。

その後ろ姿を見送ってから、私は大きなため息をついた。

どっと疲れが出た。


「……よくやった」


クラウスさんが、私の頭にポンと手を置いた。

泥だらけの髪なんて気にもせず。


「君は本当に、素材の医者だな」

「医者だなんて。私はただの職人です」


照れ隠しにうつむくと、周りの住民たちが集まってきた。

「ありがとう」「助かったよ」と口々に礼を言われる。

おばさんが焼きたてのパンをくれたり、子供が花をくれたり。

かつて「魔力なし」とさげすまれた私が、魔法を使わずに感謝されている。


胸の奥が温かくなった。

魔力なんてなくても、手と耳があれば、世界は変えられる。

そう確信できた瞬間だった。


けれど、私たちは気づいていなかった。

逃げ帰った役人が、王都への報告書に私の名前を書き記したことを。

『辺境にて、魔導省の権威を揺るがす不敬な魔女を発見』と。


その報告書が、あの男――ジェラルドの目に留まるまで、そう時間はかからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ