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魔力ゼロと断罪された令嬢は、素材の声を聞き辺境の工房で奇跡を直す  作者: 秋月 もみじ


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第3話 傷ついた騎士と暴走する窯


鉄の匂いと、もっと生々しいさびの匂い。

血だ。

倒れ込んできた大柄な男は、全身を黒い鎧で覆っていた。

重い。

床板が『無理! 重すぎる!』と悲鳴を上げる。

私は慌てて彼の脇の下に腕を差し込み、なんとか入り口のマットまで引きずり込んだ。


「……う、ぐ……」


男が苦悶の声を漏らす。

兜の隙間から、荒い呼吸が聞こえる。

怪我の手当てをしなくては。

そう思って手を伸ばした瞬間、私の指先がビリリとしびれた。


『触るな! 痛い! 離れろ!』


拒絶の声。

男からではない。

この黒い鎧だ。

金属が泣き叫んでいる。

ただの金属音ではない。

もっと禍々(まがまが)しい、呪詛のようなノイズ。

鎧の継ぎ目が肉に食い込み、彼を押し潰そうとしている。


「待って、今外してあげますから!」


留め具に手をかける。

びくともしない。

錆び付いているわけではない。

金属そのものが意志を持って融合しているかのように、隙間がない。


その時だった。


『ギャアアアア! 熱い! 吐き出させろ!』


背後で爆音がとどろいた。

工房の奥、試運転のために火を入れていた大型窯だ。

振り返ると、窯の扉がガタガタと激しく振動している。

隙間から赤い火の粉が噴き出している。


まずい。

長年使われていなかったせいで、煙突の弁が固着しているのだ。

熱の逃げ場がない。

このままだと水蒸気爆発を起こす。

工房ごと吹き飛ぶ威力だ。


「なんてこと……!」


目の前には死にかけの騎士。

背後には爆発寸前の窯。

私の手は二つしかない。

騎士を助ければ爆発で死ぬ。

窯を止めれば、その間に騎士が圧死する。


思考が真っ白になりかけた。

その時、窯の声が聞こえた。


『右だ! 右の肺(通気口)が詰まってる! そこを叩いてくれれば、全部吐き出せる!』


そして鎧の声も。


『寒い……冷たい……もっと締めて温めてやる……』


鎧は冷え切っている。

だから収縮して彼を締め上げているのだ。

金属は熱すれば膨張する。

緩む。


閃いた。

私は工具袋から愛用のハンマーをひっ掴むと、騎士ではなく、暴走する窯へ向かって走った。

熱波が顔を焼く。

普通なら近づけない温度だ。

でも、私には熱の通り道が見える。

レンガの隙間を縫って走る、赤いライン。


「ここね!」


私は窯の側面、第三通気口のピンを狙って、ハンマーを振り下ろした。

カンッ!

澄んだ音が響く。

固着していた錆が砕け散る感覚。


『ぷはぁぁぁっ!』


窯が歓喜の声を上げ、詰まっていた高圧の蒸気と熱風を一気に噴き出した。

私はその噴出口に、すぐさま鉄板をかざした。

風向きを変える。

猛烈な白煙と熱気の奔流ほんりゅうが、床をい、入り口の騎士へと直撃した。


「……ッ!?」


騎士がビクンと跳ねる。

蒸し焼きにするつもりはない。

一瞬だ。

金属が悲鳴を上げ、緩む瞬間を見逃すな。


工房内が真っ白な蒸気に包まれる。

窯の炎が揺らめき、舞い上がるちりがキラキラと光った。

その光景は、まるで星屑が流れているようだった。

私の手から、素材たちの記憶――粘土の温かさ、鉄の強さ――が光の帯となって流れ出し、蒸気に乗って騎士を包み込んでいく。


『あったかい……』


鎧の声が変わった。

強張こわばりが解ける音。

黒い金属が赤みを帯びて膨張し、カシュン、と微かな隙間を作った。


「今だ!」


私は熱さを無視して騎士に飛びついた。

蒸気で滑る指を、鎧の隙間にねじ込む。

テコの原理。

ハンマーの柄を差し込み、全身全霊で押し下げる。


ガキンッ!


鈍い音がして、胸当てが弾け飛んだ。

拘束から解き放たれた騎士が、大きく息を吸い込む。


「はぁっ……はぁっ……!」


兜も緩んでいる。

私は留め具を外し、重い兜を床に転がした。

現れたのは、汗とすすにまみれた、けれど驚くほど整った美貌だった。

夜空のような黒髪。

切れ長の瞳が、うっすらと開かれる。

アイスブルーの瞳が、ぼんやりと私を捉えた。


「……天使、か?」

「いいえ、ただの職人です」


私は安堵でへなへなと座り込んだ。

窯も落ち着きを取り戻し、『すっきりしたぜ』と満足げにくすぶっている。

なんとか、両方守れたようだ。


ふと、脱がせた胸当てが目に入った。

裏側に刻まれた家紋。

見たことのない意匠だ。

双頭のたかに、剣が突き刺さっている。

禍々しい。

そして、その剣の部分が、ぼんやりと赤く明滅していた。


チリリ……。


作業台の上に置いてあった、昨日作った廃材の花瓶。

その中の「鉄くず」パーツが、共鳴するように震えた。


『同類がいるぞ』

『あいつ、泣いてるぞ』


花瓶がそうささやいた気がした。

背筋がぞくりとする。

この騎士の鎧。

ただの装備じゃない。

素材の声を無視して、無理やり魔力でねじ伏せられた「悲しい鉄」の塊だ。


騎士――クラウスと名乗ることになる彼――は、再び意識を失っていた。

その寝顔は苦しげで、まるで悪夢に囚われている子供のようだった。


「……大丈夫。ここは職人の店ですから」


私は誰に言うともなく呟き、彼の額の汗を拭った。

壊れたものなら、直せばいい。

それがどんなに難しい修理だとしても。


外の雨はまだ止まない。

けれど、工房の中は窯の余熱で、温かかった。

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