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魔力ゼロと断罪された令嬢は、素材の声を聞き辺境の工房で奇跡を直す  作者: 秋月 もみじ


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第2話 廃工房の再出発


馬車に揺られること二日。

到着した「ジール」の街は、土と鉄の匂いがした。

王都の香水臭さとは違う、生活の匂いだ。

私は御者に礼を言い、地図を頼りに路地裏へ入った。

石畳が『こっちは滑るぞ』と教えてくれるので、転ばずに済んだ。


目の前に現れたのは、レンガ造りの二階建て。

看板の文字は風化して読めない。

窓ガラスは泥で曇り、扉にはつたが絡まっている。

叔父様の工房、「アトリエ・ベルン」。

私の新しい城だ。


「……ただいま」


鍵を差し込む。

シリンダーの中で、錆びたピンが『いてて、久しぶりだな』と唸った。

私は鍵を優しく、少し上に持ち上げるようにして回した。

カチャリ。

重い扉が開く。


中は、ひどい有様だった。

蜘蛛の巣のカーテン。

積もった埃は雪のようだ。

床板がギシギシと悲鳴を上げている。


『水! 水をくれ! 乾燥して割れそうだ!』

『俺の上に乗るな、釘が浮いてるぞ』

『窓を開けてくれ、カビで息が詰まる』


入った瞬間、大合唱だった。

うるさいくらいの歓迎だ。

私はトランクを安全な場所――はりがしっかりしている入り口付近――に置くと、腕まくりをした。


「わかった、わかったから。順番ね」


まずは換気だ。

窓枠に近づく。

錆びついて動かない金具に、持参した油を数滴垂らす。

『そこだ、そこがかゆかったんだ』と金具が喜ぶ。

染み渡るのを待ってから力を入れると、嘘のように軽く開いた。

新鮮な風が吹き込む。

淀んだ空気が追い出され、部屋が深呼吸をした気がした。


次は床。

バケツに水を汲み、雑巾を絞る。

『右の端から拭いてくれ、木目に沿ってな』

床板の指示通りに雑巾をかける。

私は貴族令嬢だったけれど、掃除は苦じゃない。

屋敷でも「魔力がないなら働け」と使用人の真似事をさせられていたから。

むしろ、素材が喜ぶ声が聞こえるこの作業は楽しい。


三時間後。

工房は見違えるようになった。

まだ古びてはいるが、床は飴色に輝き、道具たちも定位置に収まっている。

ただ、問題が一つ。


「……お金がない」


私は財布の中身をテーブルに広げた。

銀貨が三枚と、銅貨が数枚。

ここまで来るのに大半を使ってしまった。

これでは、ろくな粘土も釉薬ゆうやくも買えない。

まきを買えば、今日の食事も怪しいレベルだ。

職人として店を開くには、元手がなさすぎる。


「どうしよう」


私は裏口から外に出た。

そこには、前の住人か近所の人が捨てたであろう、ゴミの山があった。

割れた皿、欠けたレンガ、折れた金属片。

雨風に晒され、泥にまみれている。


『寒い……』

『もうだめだ、土に還るしかない』

『俺はまだやれるのに』


微かな声が聞こえた。

私はハッとして、ゴミ山に駆け寄った。

泥を払いのける。

出てきたのは、半分に割れた壺の底や、変色したガラスの破片。

普通の人にはただのゴミだ。

でも、私には見える。

それぞれの素材が持つ「記憶」と「願い」が。


この壺の底は、まだ粘土としての粘り気を失っていない。

このガラス片は、磨けば光を屈折させる力を秘めている。

そして、錆びた鉄くずは、繋ぎ合わせるためのカスガイになりたがっている。


「……まだ、死んでない」


胸が熱くなった。

捨てられた彼らは、私だ。

「役立たず」と断罪され、家を追い出された私と同じ。

でも、終わりじゃない。

形を変えれば、まだ誰かの役に立てる。


「君たち、私に力を貸してくれる?」


私が問いかけると、ゴミ山がざわめいた気がした。

『やるよ』『やってやるよ』と、頼もしい声が返ってくる。


私は夢中でそれらを拾い集めた。

工房に持ち込み、作業台に広げる。

割れた陶器の断面を削り、合わせ目を調整する。

『もっと右だ』『そこは強く叩くな』

素材たちのコーチングを受けながら、私は即席の接着剤――松脂まつやにと石灰を混ぜたもの――で繋ぎ合わせていく。


日が暮れる頃、一つの花瓶が完成した。

陶器とガラス、そして金属がパッチワークのように組み合わされた、奇妙な器。

不格好だ。

貴族の屋敷にあるような洗練された美しさはない。

でも、夕日を浴びて輝くその姿は、どんな宝石よりも力強く見えた。


『へへっ、悪くない眺めだ』


花瓶が得意げに胸を張る。

私はすすで汚れた手で、それを愛おしく撫でた。

涙が滲んだ。

初めての、私だけの作品。

ゼロからではない。

マイナスからの出発だ。

それでも、私たちはここにいる。


「……ふふ。綺麗だよ」


自画自賛して、私は笑った。

その時だった。

表の扉が、ドンドンと激しく叩かれたのは。

こんな時間に客?

それとも、不法侵入を咎める自警団だろうか。


『気をつけろ』

『血の匂いがするぞ』


ドアノブが警告してくる。

私は身構えながら、ゆっくりと扉へ向かった。

私の新しい生活は、どうやら静かに始まってはくれないらしい。


扉の向こうには、重たい雨音と、もっと重たい何かが倒れる気配があった。

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