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魔力ゼロと断罪された令嬢は、素材の声を聞き辺境の工房で奇跡を直す  作者: 秋月 もみじ


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第10話 工房で花を咲かせる


馬車の車輪が、懐かしい砂利道を噛む音を立てた。

ゴトゴト、ゴトゴト。

そのリズムが『お帰り』『待ってたぞ』と聞こえて、私は窓の外へ身を乗り出した。


見えてきた。

王都の洗練された石畳とは違う、土と緑の匂いがする街並み。

煙突から煙を吐く鍛冶場。

カンカンと響くハンマーの音。

辺境の職人街、ジール。


「……帰ってきた」


胸がいっぱいになって、独り言が漏れる。

王城での一ヶ月は、夢のようにきらびやかで、でも息が詰まる日々だった。

毎日のように届く夜会の招待状。

「魔力ゼロの英雄」を一目見ようとする貴族たちの好奇の目。

陛下直々に宮廷職人への勧誘もいただいたけれど、私の心はずっとここにあった。


「嬉しそうだな」


向かいの席で、クラウスさんが微笑んでいる。

彼もまた、窮屈な礼服を脱ぎ捨て、着慣れた革のジャケットといつもの黒い服に戻っていた。

ただし、腰に帯びた剣だけは、私が研ぎ直したあの儀礼剣だ。


「はい。やっぱり私には、ここの空気が一番合っています」

「同感だ。王城のベッドは柔らかすぎて腰が痛くなる」


彼が肩をすくめる。

嘘だ。

彼は王城でも、ずっと私の警護のために硬い椅子で仮眠をとっていたのを知っている。

私が「一緒に寝ましょうか?」と冗談で言ったら、顔を真っ赤にして咳き込んでいたけれど。


馬車が路地裏へ入る。

見慣れたレンガ造りの建物。

つたの絡まる扉。

アトリエ・ベルン。


馬車を降りると、扉の前で小さな影が待っていた。


「にゃあ〜ん!」


ミケだ。

三色の毛並みを揺らして、私の足元に飛びついてくる。

その口元からは、ほんのりとお酒……じゃなくて、釉薬ゆうやくの匂い。

また勝手に工房に入って、マタタビ成分入りの鉱石を舐めていたらしい。


「ただいま、ミケ。お留守番ありがとう」

「うにゃうにゃ(遅いよ、腹減った)」


私はミケを抱き上げ、深呼吸をした。

土埃つちぼこりと、油と、乾燥した木材の香り。

肺の奥まで染み渡る。

私の居場所は、やっぱりここだ。


   *


荷解きをしていると、一通の手紙が届いた。

差出人は、エリス・ベルンシュタイン。

妹からだ。

以前は受取拒否されたけれど、今回はちゃんと届いた。

封蝋ふうろうには、ベルンシュタイン家の紋章が押されている。


『お姉様へ』


震える文字で綴られた便箋が、指先で『ごめんなさい』『会いたい』と泣いている。

私は目頭を熱くしながら読み進めた。


父は、ジェラルド様との共謀――魔力測定値の改竄かいざんを知りながら黙認した罪――により、当主の座を追われたそうだ。

今は領地の離れで強制隠居させられているという。

そして、まだ若いエリスが、暫定的な女当主として家を継ぐことになったと。


『お父様は毎日、窓の外を見て溜息をついています。でも、私はこの家を立て直してみせます。いつか、お姉様が胸を張って帰ってこられるような、温かい家にしてみせます』


「……馬鹿ね、エリス」


私は手紙を胸に抱いた。

帰る場所なら、もうある。

でも、その気持ちだけで十分だ。

いつか、彼女が作った新しい家に遊びに行くのもいいかもしれない。

私が作った最高級のティーカップをお土産に持って。


「悪い知らせか?」


クラウスさんが、紅茶を淹れて持ってきてくれた。

マグカップの縁が少し欠けている。

私が最初に直した、継ぎ接ぎだらけのカップだ。


「いいえ。とても良い知らせです」


私は手紙を丁寧に折り畳み、引き出しにしまった。

過去との決別は終わった。

これからは、未来の話をしよう。


「クラウスさん。これからどうされるんですか? 王城に戻らなくていいのですか?」

「ああ。そのことなんだが」


彼はカップを置き、少し居住まいを正した。

真剣なアイスブルーの瞳が私を見る。


「兄上……陛下と取引をした」

「取引?」

「俺は王位継承権を放棄しない。その代わり、このジール地方を含む辺境一帯の領主代行を任せてもらった」


領主代行。

つまり、彼はこの街の最高責任者としてここに住むということだ。


「それって……左遷させんではありませんか?」

「違う。この街を『特別技術区』にする。魔力に頼らない、君のような職人の技術を保護し、発展させるための特区だ。俺はその管理者となる」


彼は私の手を取った。

その手は大きく、タコだらけで、温かい。


「俺は、君が作ったこの場所を守りたい。そして、君と一緒に……その、生きていきたい」


彼の耳が赤い。

私もきっと、顔が真っ赤だ。

心臓がうるさいくらいに鳴っている。


『おめでとう!』

『くっついちゃえ!』


テーブルの木目が、空気の読めない野次やじを飛ばしてくる。

うるさいなぁ。

でも、ありがとう。


「……はい。私も、あなたがいないと困ります」


私が答えると、彼は安堵したように破顔した。

鉄仮面のような騎士団長が、少年のように笑う。

その笑顔を見るだけで、私は何でも作れるような気がした。


   *


翌日。

私たちは新しい看板を掛けることにした。

以前の看板は風化してボロボロだったから、私が王城の廃材置き場から貰ってきた「千年杉」で作った特製だ。


『重いぞ』

『しっかり支えろよ』


看板が文句を言うのをなだめながら、クラウスさんが脚立に乗って釘を打つ。

コン、コン、コン。

リズミカルな音が、青空に吸い込まれていく。


『アトリエ・ベルン』


彫り込んだ文字に、私は金色の塗料を入れた。

ただの塗料じゃない。

ミケが酔っ払うあの鉱石を粉末にして混ぜてある。

これで、微かに光るはずだ。


「よし。いい出来だ」


クラウスさんが脚立から飛び降り、汗を拭う。

新しい看板が、風に揺れて『よろしくな』ときしんだ。


その時、街の方から賑やかな音楽が聞こえてきた。

アコーディオンと、太鼓の音。

住民たちが、酒樽や料理を持って集まってくるのが見える。


「リアちゃん! お帰り!」

「騎士様も! いや、領主様か! これからはずっと一緒だな!」

「今日は朝まで宴会だぞ!」


パン屋のおばさんも、資材屋のおじさんも、みんな笑顔だ。

かつて「魔力なし」と私を避けていた人たちはもういない。

ここにいるのは、私の「腕」と「心」を認めてくれた仲間たちだ。


「……賑やかになりそうだな」

「ええ。今日は仕事になりませんね」


私はエプロンを外した。

今日は職人休業だ。

ただのリアとして、みんなと笑い合おう。


足元でミケが『酒だ、酒の匂いがする』と興奮して走り出した。

それを追って、クラウスさんが苦笑しながら歩き出す。

私もその背中を追いかける。


風が吹いた。

工房の窓が開く。

中から、私たちが直したたくさんの道具たちの声が聞こえた気がした。


『行ってらっしゃい』

『幸せになれよ』


ええ、なるわ。

私は振り返り、小さな工房に向かって微笑んだ。

魔力なんてなくても。

世界はこんなにも、祝福の声で満ちているのだから。

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