表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロと断罪された令嬢は、素材の声を聞き辺境の工房で奇跡を直す  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

第1話 断罪と囁き


王立魔導学院の大講堂は、不快なほどきらびやかだった。

頭上のシャンデリアが、キリキリと悲鳴を上げている。

吊り下げ金具が金属疲労を起こしている音だ。

あと半年もすれば落ちるだろう。

私はその金切り声に眉をひそめないよう、必死に表情を取り繕っていた。


「リア・ベルンシュタイン! 貴様との婚約を、今ここで破棄する!」


音楽が止まった。

ダンスを楽しんでいた生徒たちが、波が引くように左右へ分かれる。

視線の先に立つのは、私の婚約者であるジェラルド様だ。

彼の隣には、あざといほどにピンク色を強調したドレスの令嬢、エミリ様が寄り添っている。

彼女の首飾りもまた、『重い』『苦しい』と石が泣いていた。

台座のサイズが合っていないらしい。

無理に宝石を嵌め込んだせいで、爪の部分が歪んでいる。


「聞こえているのか、石ころ以下の魔力なし女が!」


ジェラルド様の怒鳴り声が、講堂の空気を震わせた。

石ころ以下、というのは間違っている。

石には石の意思があるし、それぞれの記憶がある。

私にとっては、中身のない人間よりもよほど雄弁な話し相手だ。


「……ジェラルド様。それは、どういう意味でしょうか」


私は努めて冷静に問い返した。

声が震えないよう、腹に力を入れる。

周囲の視線が痛い。

嘲笑、憐憫、好奇心。

それらが肌を刺すように突き刺さる。


「とぼけるな! 先日の最終魔力測定の結果が出たぞ」


彼は懐から羊皮紙を取り出し、高々と掲げた。


「貴様の魔力値は『ゼロ』だ! 貴族として、いや人間として欠陥品と言うほかない! 我が侯爵家の妻に、そのような無能を迎えるわけにはいかん!」


会場がどよめいた。

ゼロ。

それは確かに、私が幼い頃から突きつけられてきた数字だ。

魔力がない者は、この国では呼吸をする権利すら疑われる。

けれど、ゼロという数字には違和感があった。

私が触れると、魔導具は動く。

素材たちは応えてくれる。

測定器だけが、いつも沈黙するのだ。


「そんな……ゼロだなんて」

「嘘をつくな! 測定官の署名もある正式な書類だ!」


ジェラルド様が羊皮紙を床に叩きつけた。

乾いた音が響く。

エミリ様が扇子で口元を隠し、くすくすと笑った。


「かわいそうなリア様。魔力がないなんて、お洋服を着飾っても中身は空っぽですのね」


彼女の言葉に、私のドレスが反応した。

最高級のシルクで仕立てられたこのドレスが、シュッと布擦れの音を立てる。


『あいつ、嘘つき。やっちゃう?』


絹の声が、直接脳内に響いてくる。

怒っているようだ。

縫い目がピリピリと張る感触がある。

このドレスは、今日の日のために私が自ら刺繍を施したものだ。

私の感情に呼応して、糸が暴れようとしている。


『背中の縫い目、弾けさせようか? あっちのピンクのドレス、脇の下が甘いよ。引っ張れば裂ける』


ドレスが物騒な提案をしてくる。

確かに、エミリ様のドレスはサイズがきついようだ。

布地が『もう無理、限界』と悲鳴を上げているのが聞こえる。

私が少し指先を動かして、空気中の魔力の残滓――私には色のついた風のように見える――を干渉させれば、彼女のドレスを弾けさせることは簡単だろう。


でも。


私はそっと、ドレスのスカートを握りしめた。

落ち着いて。

そんなことをしても、私の評価が変わるわけではない。

それに、あなたを汚したくない。


『ちぇっ。つまんないの』


ドレスが不満げに緩む。

私は息を吐き出した。

急に、すべてがどうでもよくなった。

ジェラルド様の歪んだネクタイも、エミリ様の悲鳴を上げる靴も、この会場の欺瞞に満ちた空気も。

ここに私の居場所はない。

素材の声だけが、唯一の真実だ。


「……承知いたしました」


私は膝を折り、カーテシーをした。

床の大理石が、ひんやりと冷たい。


「ジェラルド様のお言葉、謹んでお受けいたします。今までお世話になりました」

「な、なんだその態度は! 泣いて縋るのが普通だろう!」

「事実ですので。私が無能であることは、皆様が一番ご存知でしょう?」


顔を上げ、まっすぐに彼を見た。

ジェラルド様がたじろぐ。

私の瞳に、怯えのような色が映った気がした。

彼はいつもそうだ。

私が何を見ているのか理解できない時、そうやって眉を寄せる。


「失礼いたします」


背を向けて歩き出す。

人垣が割れる。

誰も声をかけてこない。

ただ、出口の扉だけが『油が切れてるぞ』と軋みながら、私を通してくれた。


   *


屋敷に戻ると、既に話は伝わっていた。

玄関ホールには、革製のトランクが二つ置かれている。

父が階段の上に立っていた。


「恥晒しめ」


第一声がそれだった。

父の目は、汚い物を見る目だ。

幼い頃から何度も見てきた、冷たい氷のような瞳。


「魔力ゼロの娘など、ベルンシュタイン家の面汚しだ。婚約破棄された今、お前を置いておく理由は何もない」

「……お父様」

「出ていけ。二度とこの敷居を跨ぐな。妹の婚期に障る」


父が手にした杖で、床をドンと突く。

その衝撃で、玄関の花瓶がカタと揺れた。

花瓶が『痛い』と言った。

父は物にも人にも、当たりが強い。

妹のエリスは、柱の陰からこちらを覗いている。

目が合うと、すぐに逸らされた。

彼女もまた、優秀な魔力を持つ「成功作」だ。

姉に関われば自分も傷つくことを、よく知っている。


「わかりました。今まで育てていただき、ありがとうございました」


私は深く頭を下げた。

これでお別れだ。

不思議と涙は出なかった。

むしろ、胸のつかえが取れたような清々しさがある。

私はトランクの取っ手を握った。

革が『しっかり掴め、離すなよ』と掌に吸い付いてくる。


私は一度だけ振り返り、屋敷を眺めた。

豪華だが、どこか寒々しい家。

壁のレンガが『やっと出られるな』と囁いた気がした。

そうね。

私もそう思う。


   *


雨が降り出していた。

土砂降りだ。

私は辻馬車を拾い、王都の門へと向かっていた。

行き先は決まっている。

トランクの底に入れた、一通の手紙と古びた鍵。

亡くなった叔父様が遺してくれたものだ。


『リア。もしお前が居場所をなくしたら、私の工房へ来なさい。あそこは辺境だが、いい土といい木がある』


叔父様の笑顔を思い出す。

一族の中で唯一、私を「役立たず」と呼ばなかった人。

彼もまた魔力が低く、家を追われて職人になった変わり者だった。

私が素材の声が聞こえると言った時、信じてくれたのは叔父様だけだ。


「お客さん、この雨だ。峠越えはきついですよ」


御者が小窓から声をかけてくる。


「構いません。急いでいますので」

「へえへえ。物好きなこって」


馬車が揺れる。

窓の外を流れる王都の灯りが、滲んで遠ざかっていく。

ドレスは濡れて重くなっていたが、不思議と寒くはなかった。

首元のネックレスが、微かに熱を帯びているからだ。

安物のガラス玉だが、私が昔、叔父様の工房で初めて作ったもの。

『守ってやる』『守ってやる』と、小さな声が繰り返している。


「ありがとう」


私はネックレスに指先で触れた。

温かい。

人の体温よりも、ずっと確かで優しい温もり。


「さようなら、王都。さようなら、お父様」


私は窓ガラスに映る自分に告げた。

髪は雨で濡れそぼり、メイクも崩れているだろう。

ひどい顔だ。

でも、瞳だけは死んでいない。

素材たちが、これから行く場所の話をしてくれている。

『西の森はいい匂いがするぞ』

『あそこの粘土は気難しいが、焼けば歌う』

トランクの中の道具たちが、がやがやと騒がしい。


私はもう、貴族のリアではない。

ただの職人、リアだ。

そう思うと、雨音さえも新しい生活へのファンファーレのように聞こえた。


馬車は闇を切り裂き、泥道を突き進む。

車輪が『回れ、回れ』と歌っている。

そのリズムに身を委ね、私は泥のように眠った。


長い夜が明ければ、そこは知らない土地だ。

不安がないと言えば嘘になる。

けれど、私にはこの手と、耳がある。

世界はこんなにもおしゃべりで、賑やかだ。

一人ぼっちだなんて、誰が決めたのだろう。


私はポケットの中で、工房の鍵を強く握りしめた。

真鍮の鍵が、『早く開けてくれ』と待ちきれないように震えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ