第2章 研究設計と前提固定 〜最小データセット:世界を「状態変数」として保持する〜
世界設定の議論は、しばしば二つの極端のあいだで揺れる。ひとつは細部の過剰である。衣食住や貨幣制度の蘊蓄が増えるほど、世界は豊かになったように見える。しかし、その細部が互いに拘束し合っていなければ、情報は増えても世界は動かない。もうひとつは細部の放棄である。「魔法があるから」「神がいるから」といった便利な省略によって、制約が消えていく。その結果、制度が発生する理由が消え、争点が消え、歴史が消える。
本書がいう最小データセットは、この二つの極端を避けるための中間装置である。ここで「データ」と呼ぶのは、数表のことではない。世界を動かすために、最低限保持すべき状態変数の束である。状態変数とは、世界の多くの出来事がそこに依存し、そこが揺れれば他も揺れるような変数のことである。政治学の語彙で言えば国家能力、経済史の語彙で言えば制約条件、社会学の語彙で言えば制度配置と利害構造。それらを、創作世界でも扱える大きさへ縮約したものだと考えてよい。
八領域(人口・食糧・財政・軍・魔力・宗教・法・交通)を核に据える理由は単純である。この八領域は、互いに独立していない。むしろ相互拘束が強く、どれか一つを変更すれば、他の領域が必ず反応する。したがって、細部を無限に増やさずとも、八領域を押さえるだけで世界は「反応する系」として立ち上がる。
以下では、八領域それぞれについて、何を「最小」とみなすべきかを、数の精度ではなく拘束の形として定義する。
1. 人口:規模ではなく再生産様式としての人口
人口は単なる人数ではない。人口とは、労働、徴税、兵力、消費、そして社会的再生産の総体である。したがって最小データとして重要なのは「総人口」より、人口がどのように再生産され、どこに集まり、どの程度の速度で入れ替わるかである。
多種族世界では、この点が決定的になる。寿命差、出生率差、成人年齢、病理差があるなら、人口は均質な塊ではあり得ない。長命種が多数派であれば制度は保守化しやすく、短命種が多数派であれば政治は短期化しやすい、といった通俗的な話に留まらない。そもそも官僚制は訓練と経験の蓄積を要し、軍の動員は年齢層の厚みに依存し、相続と所有は寿命と家族構造に依存する。人口の最小データとは、こうした制度依存性を決める「人口の形」(都市への集中度、年齢構成、寿命差の制度的含意)である。
2. 食糧:飢饉ではなく平時の余剰が政治を決める
食糧は、危機のときだけ重要なのではない。むしろ政治を決めるのは平時の余剰である。余剰が薄ければ、統治は常に危機管理に引き戻される。余剰が厚ければ、軍備や公共事業や宗教事業や研究統制といった「余剰の再配分」が政治争点になる。
したがって食糧の最小データとは、主食の生産様式と、余剰の幅と、融通可能性である。ここで交通と財政が直ちに絡む。凶作が局地災害で済むのか、政体全体の危機になるのかは、備蓄と輸送と徴発の仕組みで決まるからだ。さらに魔法が食糧制約を緩める場合でも、制約が消えるわけではない。制約は別の形に変わる。魔力農法が広がれば、魔力供給とその管理が農政の核心になる。治癒が普及すれば人口圧が増し、食糧のボトルネックはむしろ鋭くなることすらある。食糧は「貧しさの問題」ではなく、世界の均衡点を定める変数だと理解すべきである。
3. 財政:国家の意思ではなく実行可能性の尺度
国家が何を望むかより、何ができるかの方が重要である。財政はその上限を与える。ゆえに最小データの中心は、税目の細部ではなく、税源の柱と徴税能力である。
税源の柱が地租なのか、関税なのか、鉱山収入なのか、神殿税なのか、魔力インフラの使用料なのか。それによって国家が守るべき空間(農地なのか街道なのか港なのか聖域なのか)が変わる。徴税能力(帳簿、監査、強制力)が弱ければ、国家は巨大な常備軍を持てない。持てないなら、封建軍役や傭兵、宗教騎士団、冒険者動員のような代替機構が必要になる。財政は軍を規定し、軍は治安を規定し、治安は徴税能力を規定する。この循環こそ、国家能力の古典的な駆動部である。
4. 軍:戦争の道具ではなく国内秩序の構造部材
軍事は対外戦争だけの装置ではない。軍は暴力の配分であり、国内秩序の構造部材である。したがって最小データとして重要なのは、兵器のカタログではなく、動員方式と補給の形、そして脅威認識である。
脅威が隣国なのか、魔物なのか、異界侵食なのかで軍の性格は変わる。外征中心なら境界線と遠征路が重要になる。治安中心なら都市と街道と検問が重要になる。異界対処中心なら封印・監査・研究統制が軍事と不可分になる。つまり軍事は交通・法・魔力と接続する。軍の最小データは、世界の暴力がどこで発生し、誰がそれを管理し、どの程度まで正当化されるかを定める。
5. 魔力:「できること」ではなく「社会が壊れる条件」
ファンタジー世界では、魔力を能力一覧で記述しがちである。しかし世界モデルに必要なのは、能力の豊富さではなく、制約の形である。魔力の最小データは、供給、分配、制約の三点に尽きるが、特に制約が重要になる。
供給が地脈型なら領土と環境政策が立ち上がる。生体型なら教育・医療倫理・人口政策が立ち上がる。信仰型なら宗教と正統性が立ち上がる。測定可能であれば資格と監査が不可避になる。蓄積できれば財貨化し、金融や投機が生まれる。汚染や反動があれば公害と禁制が生まれる。
ここで押さえるべきは、「魔法がある」ことではなく、「魔法をこの形で放置すると社会が壊れる」という条件である。禁術、免許、結界、研究統制、医療独占、情報戦。これらは作者の趣味ではなく、制約から生まれる制度である。魔力データは、その制度を要請する形で置かれねばならない。
6. 宗教:共同体の統合装置であり、政治の正統性装置
宗教を信心として扱うと薄くなる。宗教は共同体を束ね、境界を引き、規範を与える装置である。神が実在するか否かに関わらず、宗教が政治にとって価値を持つのは、正統性を供給するからである。
したがって最小データとして重要なのは、宗教地図(単一/多元/習合)と、宗教組織の制度的位置(国家宗教/独立権力/都市宗教)である。さらに、奇跡や神託がある世界では、その認定と監査が権力を生む。権力は争われる。争われるなら異端が生まれる。異端が生まれるなら弾圧と地下化が循環する。宗教は装飾ではなく、世界モデルの循環装置そのものになり得る。
7. 法:摩擦の配分、身分の固定、例外の制度化
法は「秩序」ではなく「摩擦の配分」である。誰が得をし、誰が損をし、誰が例外になり得るかを固定する装置である。よって最小データとして重要なのは、成文法と慣習法の関係、司法の実効性(何が証拠になり、誰が裁かれ、誰が免責されるか)、そして財産と身分の枠組みである。
多種族世界ではここが決定的に効く。寿命差や身体差があるなら、市民権、職業制限、居住権、相続の形は必ず歪む。逆に歪まないなら、それは「差がない」か「差を制度が中和している」かのどちらかであり、その中和装置(教育、監査、割当、自治)が必要になる。法は世界の差異を社会的に固定する。だから法の最小データは、差異を放置しているのか、管理しているのか、あるいは利用しているのかを語れる形で置かれねばならない。
8. 交通:国家の輪郭を決めるのは地図ではなく移動コスト
地図の形が国家を決めるのではない。移動コストが国家の輪郭を決める。どれほどの速度と費用で人と物が動くかが、徴税、軍事、司法、文化圏、交易圏を同時に規定する。
転移門がある世界であっても、交通が無制約になるわけではない。無制約の転移は国家形態そのものを解体しうる。ゆえに転移を導入するなら、それは交通の最小データとして、誰が、どの条件で、どの頻度で、どの範囲を移動できるのかという形で、法と財政と治安に接続されていなければならない。交通はインフラであり、同時に統治技術である。
ここまで述べた八領域は、独立した項目ではない。相互拘束の結節点である。人口は食糧に押さえられ、食糧は交通に押さえられ、交通は財政と軍に押さえられ、軍は法と宗教に正当化され、宗教は魔力と結び、魔力は再び財政と軍と法を歪める。世界が「動く」とは、この結節点群が外力(凶作、疫病、戦争、異界侵食、技術革新、宗教分裂)によって揺れ、別の均衡点へ押しやられることである。
したがって、最小データセットの運用で最も重要なのは、精密な数字ではない。どこがボトルネックで、どこに利害が集中し、どこが臨界点になりやすいかを、反応系として保持することである。世界設定を厚くするとは、設定を増やすことではない。反応を増やすことである。
10. 多種族世界への拡張:同じ八領域が「歪む」場所を先に決める
最小データセットを多種族世界へ拡張するとき、素朴には「種族ごとのデータを追加すればよい」と考えがちである。しかし、このやり方はたいてい破綻する。理由は二つある。第一に、種族が増えるほど項目が爆発し、運用不能になる。第二に、重要なのは種族固有の豆知識ではなく、既に定義した八領域(人口・食糧・財政・軍・魔力・宗教・法・交通)のうち、どこが体系的に歪むかだからである。
したがって本節では、種族を増やす作業を「追加」ではなく「歪みの導入」として扱う。多種族世界とは、均質な社会に彩りを加えるものではない。むしろ、同一の制度が同一の効果を持たない社会である。制度の効果が均質でない以上、利害は常に種族差へ絡み、差別は道徳以前に制度の副産物として生まれやすくなる。よって、拡張の作法は「差異を列挙する」ことではなく、「差異が制度へ流れ込む経路を固定する」ことにある。
(A)差異の入口は四つに絞れる
種族差が八領域へ入り込む入口は、実のところ四系統にほぼ収束する。
寿命・生殖(人口)/代謝・食性(食糧)/身体・感覚(軍・交通・労働)/魔力適性・霊的位相(魔力・宗教・法)である。
この四系統のどれにも属さない違いは、たいてい文化の違いであり、文化の違いは(重要ではあるが)制度の骨格を決める一次要因ではない。文化は、一次要因が生む摩擦のうえに堆積する。したがって、まず一次要因の入口を押さえる。
(B)人口:寿命差は「経験の蓄積」ではなく「支配の時間軸」を変える
長命種(典型としてエルフ)を導入するとき、ありがちな誤りは「長く生きるから賢い」という俗な性格づけに留めることである。モデル的に重要なのは、寿命差が制度の時間軸をずらす点にある。
長命種が統治や学術や宗教の上層を占めるなら、政策は長期化し、変化は遅くなる。だが遅さは安定と同義ではない。短命種(典型として人間やゴブリン)が人口多数派であれば、社会の要求は短期的に噴き上がりやすく、長期政策は「遅い支配」として反発を招く。つまり寿命差は、単に世代交代の違いではなく、政治の正統性の摩擦として現れる。
逆に短命種が軍事や労働の中核になると、人的損耗のコスト感覚が種族ごとに分裂する。ある種族にとっては「一人の死」が重く、別の種族にとっては「補充可能な損耗」になりうる。このズレは、徴兵制度、恩給、戦死者慰霊、そして死生観(宗教)にまで波及する。人口データは、ここまで含めて「再生産の形」として持たれるべきである。
(C)食糧:食性差は料理ではなく「交易と差別の機構」になる
食文化史は魅力的だが、最小データの段階で重要なのは「何を食べるか」より「何を食べられないか」である。食性差は、交易と居住の分離を生み、同時に差別の論理を生みやすい。
たとえばドワーフが高蛋白・高塩分・発酵保存に強く依存するなら、山岳と鉱山の生活圏は交易依存を強め、港湾国家や平野農業国家との結節が政治争点になる。ゴブリンが雑食で廃棄物すら資源化できるなら、都市下層や境界域で人口が増えやすく、衛生・治安・身分法と結びつく。オーガが高カロリーを必要とするなら、彼らの人口上限は食糧供給により強く縛られ、飢饉時には国家の兵站と略奪が直結する。
要するに、食性差は献立の違いではなく、交易路・治安・法的地位を規定する。ここを押さえると、食文化史の細部も「制度の帰結」として自然に立ち上がる。
(D)財政:課税単位は「土地」から「ギルド」「血統」「魔力」へ分裂する
多種族化が進むほど、財政は単純な地租モデルから逸脱する。理由は、課税可能な資源が分裂するからである。長命種が知識と資格を独占し、短命種が土地と労働を担い、異界種が希少資源を媒介する、といった分業が成立すると、課税単位は土地だけでは不足する。結果として、国家はギルド税、資格税、通行税、宗教税、魔力インフラ使用料などを発達させる。
ここで重要なのは、税が「公平」かどうかではなく、税が徴収できる形かどうかである。多種族世界では徴税能力が種族差により偏在しやすく、偏在は政治的交換(特権と免税)を生む。免税は共同体の分裂を生み、分裂は治安コストを生む。財政は常に軍と法へ回り込む。
(E)軍:身体差は戦術ではなく「正当化と統制の技術」になる
エルフの弓、ドワーフの重装、オーガの怪力。こうした差異は戦術上の彩りとして扱われがちだが、モデル上はむしろ統制可能性として扱うべきである。
身体差が大きいほど、軍は単一の規律で統制しにくい。統制できない軍は、平時には治安リスクになる。ゆえに国家は、種族別の編制、指揮系統の分離、駐屯地の分離、あるいは「国家軍ではなく傭兵・騎士団・冒険者に外注する」といった制度的工夫を発達させる。これが軍制の骨格になる。さらに、異界脅威が常態化する世界では、軍は外征の道具より境界管理の装置になる。境界管理が強まれば、法(通行許可・検問)と宗教(浄化・禁忌)が軍事の一部になる。
つまり身体差の帰結は「強い兵がいる」ことではなく、「暴力をどう正当化し、どう制御するか」という統治技術の発達である。
(F)魔力:適性差は、教育・資格・研究統制の構造を分割する
魔力適性差は、多種族世界における階級形成の最短経路である。適性が測定可能なら資格制度が不可避になり、資格制度は排除と独占の機構になりやすい。測定不可能なら宗教的認定や門下制度が肥大し、家系と派閥が制度を代替する。いずれにせよ、魔力は「才能」ではなく、希少資源の配分として政治化する。
ここで最小として押さえるべきは、魔力の供給源や呪文体系よりも、教育と免許と監査がどの種族にどの程度開かれているかである。閉じていれば地下化し、地下化すれば禁術市場が生まれ、禁術市場は治安と情報戦を生む。多種族世界では、この循環が「差別」や「恐怖の政治」と絡み、強い増幅ループになりうる。
(G)宗教:神の位置づけが種族間条約の形になる
神や精霊が実在する世界では、宗教は単なる信念ではなく、しばしば外交の相手になる。精霊が条約主体であるなら、その条約はどの種族に拘束力を持つのか。アンデッドや異界種が宗教秩序の外部に置かれるなら、彼らは法的に外部化され、外部化は迫害と地下化を呼ぶ。宗教地図の差異は、種族差の道徳化を通じて固定されやすい。
したがって宗教の最小データは、教義の美しさよりも、正統性の分配が種族差とどう結びつくかにある。祝福や浄化が制度資源である以上、それを誰が受け取れるかは、そのまま身分秩序になる。
(H)法:多種族法は「普遍法」ではなく「管轄のモザイク」になりやすい
多種族世界で最も現実的なのは、単一の普遍法ではなく、管轄のモザイクである。都市法、氏族法、神殿法、国法が併存し、身分や居住区や登録に応じて適用が変わる。これは世界の複雑さではなく、統治の現実である。普遍法を掲げるなら、その普遍法を執行する強い行政能力が要る。行政能力が足りなければ、管轄は割れていく。
ここで押さえるべき最小データは、
(1)市民権と非市民の区別
(2)財産権と相続の扱い
(3)暴力の正当化(自力救済が許される範囲)
(4)例外制度(戒厳・禁術取締・魂刑等)の四点である。これが定まれば、差別も共存も空気ではなく制度として書ける。
(I)交通:移動は混交を生み、混交は摩擦を生む
交通は種族差を薄める、と安易に考えるべきではない。移動が増えれば混交が進むが、混交は同時に摩擦を増やす。多種族世界では、移動の自由は治安と身分法と直結する。転移門や航空輸送があるなら、検問・登録・通行許可が肥大する。肥大した登録制度は差別のインフラになりうる。交通は統合の条件であると同時に、排除の条件でもある。
11. 最小ショック・テスト:八領域が「連鎖」する仕方を、短い筋で確かめる
多種族拡張の作法を述べた以上、次に必要なのは、世界が本当に反応するかを確かめる手続きである。ここでいう検証は、未来予測ではない。世界が崩れる場所(均衡の縁)を見つける作業である。最小ショック・テストは、そのための短い筋書きである。短いが、必ず八領域を横断する。
まず一つだけ提示しておこう。たとえば「凶作+魔力汚染」の複合ショックである。
凶作が起きると食糧余剰が削れ、都市化率の高い政体ほど輸送と備蓄が政治の核心になる(食糧→交通)。輸送が詰まれば価格が乱れ、財政は救済と治安維持の間で引き裂かれる(交通→財政)。救済が不十分なら暴動が起き、暴動は軍の動員を呼び、軍の動員はさらに物流を圧迫する(財政→軍→交通)。この段階で多種族世界では、配給と徴発が差別として知覚されやすく、法と宗教が介入して正当化を争う(軍→法→宗教)。ここへ魔力汚染が重なると、治癒・浄化能力の独占が露呈し、医療倫理と資格制度が政治闘争化し、地下市場(闇治癒・闇浄化)が拡大する(魔力→法→治安)。こうして、ひとつの危機が八領域を一周する。
重要なのは、ここで生じているのが「事件の列」ではなく「循環」である点だ。循環が見えたなら、その循環を抑制する制度(配給制度、価格統制、検問、監査、宗教救済、禁術取締、環境条約)がなぜ存在するかという理由が生まれる。制度は説明のために置かれるのではない。危機の経験の沈殿として置かれる。
12. 最小ショック・テスト:危機は「事件」ではなく「結節点の連鎖」を露出させる
前節で示した凶作+魔力汚染は、最小ショック・テストの一例にすぎない。ここで意図しているのは、「それらしい事件」を増やすことではない。世界の八領域が、ある外力によってどの順序で結び直され、どこで加速し、どこで抑制が働くのか。すなわち、世界が反応系として働いているかを確かめることである。
以下では、性格の異なるショックをいくつか提示する。いずれも短い筋に留めるが、必ず八領域を横断し、最後に「制度が要請される場所」を露出させる。読者は、ここで示す型を、任意の世界へ移植できるはずである。
テスト1:疫病(自然感染)+治癒魔法の独占
疫病が広がると、まず人口の再生産が損なわれる。ここで重要なのは死者数それ自体ではなく、都市化率の高い社会ほど感染が加速し、同時に都市機能(物流・治安・徴税)が麻痺しやすい点である(人口→交通)。都市が麻痺すれば、食糧は物理的に存在していても届かない。届かなければ飢えが生じ、飢えは暴動を誘発し、暴動は軍の出動を呼ぶ(交通→食糧→軍)。
治癒魔法が普及しているなら(というより、治癒魔法が政治的に意味を持つ程度に有効なら)治癒の配分が争点になる。治癒が神殿やギルドに独占されていれば、配分は慈善ではなく統治資源になり、治癒の順番は身分秩序の再確認になる(魔力→宗教/法)。配分の不均衡は正当化を要請し、正当化は異端や陰謀論を生む。陰謀論が拡散すれば情報戦が常態化し、検閲や記憶改竄(可能なら)が「秩序維持」の道具になる(宗教→法→情報統制)。
この循環の結節点は二つある。第一に、治癒の認定と監査(誰が治癒できるとされ、どの条件で実施が許されるか)。第二に、隔離・移動制限の実効性(交通と治安の統合)。疫病は、医療政策を医療の領域に閉じ込めない。疫病は国家能力の試験紙であり、その結晶として、医療倫理、資格制度、隔離行政、救貧財政が同時に立ち上がる。
テスト2:転移(高速交通)の普及 統合ではなく「登録」と「排除」が肥大する
転移門、浮遊船、風路、魔導鉄道。名称は何でもよい。要点は、移動コストが急落し、空間が縮むことである(交通)。移動が容易になれば交易圏が広がり、財政は関税や通行税、インフラ使用料といった形でそれを取り込もうとする(交通→財政)。同時に、人口も動く。移住と流民は労働市場を変え、都市は膨張し、治安と衛生が揺らぐ(交通→人口→食糧・治安)。
ここで多種族世界は露骨に反応する。混交が進むから摩擦が減る、とは限らない。むしろ混交は摩擦を増やす。移動が自由になるほど、居住区の境界、職業資格の境界、市民権の境界が問題化し、法は「誰がどこに属するか」を判定する装置として肥大する(交通→法)。肥大した登録制度は差別のインフラになりうる。さらに転移が軍事にも転用されるなら、治安機構と軍が融合し、検問と監査が常態化する(交通→軍→法)。
転移の普及が要請する制度は、第一に登録と監査であり、第二にインフラの所有と運用の形(国家直轄か、ギルド独占か、宗教管理か)である。転移は便利な道具ではない。転移は国家の輪郭を作り直す技術であり、輪郭を引き直すために、法と軍と財政が同時に再編される。
テスト3:予言・未来視の流通 情報が資源化し、戦争より先に市場が壊れる
予言が当たるか否か、という問いは二次的である。問題は、予言が「当たると信じられる」だけで十分に社会を動かす点にある。予言が利用価値を持つなら、まず交易と金融が反応する。相場が動く。買い占めが起きる。備蓄が偏り、食糧と物資の価格が乱高下する(情報→財政・市場→食糧)。価格の乱れは暴動を生み、暴動は軍の動員を呼ぶ(食糧→軍)。動員はさらに物流を圧迫し、社会は疑心暗鬼に沈む(軍→交通)。
予言の価値が上がれば、国家や宗教やギルドは予言を囲い込みにかかる。囲い込みは監査と認定を生み、認定は権力になる(宗教/国家→法)。権力になった予言は政治闘争の道具になり、異端狩りと偽の予言の流通が増幅する。ここで、記憶改竄や精神干渉が可能な世界では、情報戦はさらに深刻になる。何が真実かではなく、誰が「真実」を確定するかが争点になる(情報→法→宗教/国家正統性)。
予言流通が要請する制度は、第一に情報の監査(何が予言として認定されるか)。第二に市場統制(投機と買い占めへの対処)。第三に対諜報(記憶改竄対策を含む)。予言は神秘ではなく、情報の資源化に伴う制度問題として扱われるべきである。
テスト4:鉱毒・魔力公害 環境政策が外交と治安へ接続される
鉱毒や魔力汚染は、環境問題として導入されがちだが、モデル上はむしろ統治問題である。汚染が生じると、まず生活圏が傷む。病が増え、労働力が減り、人口の再生産が損なわれる(環境→人口)。治癒があるなら短期的には凌げるが、治癒がコストを持つ以上、財政と配分の問題になる(人口→魔力→財政)。汚染が水系を通じて広がるなら、下流域の政体は上流域を非難し、環境は外交争点になる(環境→交通・領域→外交)。
ここで宗教が介入する余地が生まれる。汚染を穢れと見なし浄化を神殿が担うなら、神殿は環境行政の主役になる。逆に、汚染源が神殿や魔導師ギルドであるなら、宗教・研究機関の信頼が揺らぎ、弾圧や暴動が起きる(宗教→法→治安)。そして汚染の取り締まりは、実際には警察権と軍事力を要する。監査官が必要になり、密採掘や闇精錬が広がり、地下市場が生まれる(環境→法→軍→財政)。
鉱毒・魔力公害が要請する制度は、第一に測定と監査(汚染の可視化)。第二に補償と再配分(財政)。第三に条約(隣接政体・精霊との合意)。第四に取締(軍・治安)。環境政策は単独では成立しない。環境は、交通・財政・宗教・法を巻き込みながら統治の中心へ食い込む。
テスト5:異界門の増加 国家の外側が国家の内側を作り変える
異界門が増えると、脅威は「外敵」ではなく「侵入の常態」になる。軍は外征の道具ではなく境界管理の道具へ変質し、封印・監査・研究統制が軍事の一部になる(軍→魔力→法)。脅威が常態化すれば、恐怖は政治資源になる。恐怖は正統性と結びつき、宗教は救済と浄化の名の下に介入する(恐怖→宗教→正統性)。
異界門は経済にも影響する。異界物資が価値を持つなら、採取と密輸が生まれ、闇市場が拡大し、財政はそれを取り込もうとし、法は取締を強める(魔力資源→財政→法)。取締が過剰になれば地下化が進み、地下化は情報戦を生む。どこに門があり、誰が門を制御するかは国家機密になる(情報→軍→法)。
異界門増加が要請する制度は、第一に封鎖・検問・登録(交通と治安の統合)。第二に研究統制(禁術・封印技術の管理)。第三に恐怖政治への歯止め(例外権限の制度化と監査)。異界は敵ではなく、国家能力を変質させる環境である。
13. ショックから制度へ:「世界が自分で制度を生む」ように書くための規則
ここまでのテストで繰り返し現れたのは、危機が一度起きると、八領域は直線ではなく循環として結び直されるという事実である。したがって、制度設計の要点は、危機を止めることではない。危機が露出させる循環を、破滅ではなく管理可能な速度へ落とすことである。
そのための規則を三つだけ述べる。
第一に、制度は必ず「測定」を伴う。測定できない危機は政治化し、政治化した危機は異端狩りや陰謀論に吸い込まれる。魔力汚染であれ、疫病であれ、予言であれ、まず測定と認定が権力になる。その権力の監査まで含めて制度を置く。
第二に、制度は必ず「配分」を伴う。配分は争点を生み、争点は正当化を要請する。正当化を担うのは宗教か法か国家理念かであり、ここで正統性が動く。配分の設計なしに制度は存在し得ない。
第三に、制度は必ず「執行」を伴う。執行なき制度は儀礼に堕し、儀礼化は地下化を生む。地下化は闇市場と情報戦を生み、世界は別の循環で回り始める。ゆえに制度設計は、執行主体(軍・警察・監査官・ギルド・神殿)の配置を避けて通れない。
以上の三点(測定・配分・執行)が揃ったとき、世界は「作者が制度を置いた」ではなく、「世界が制度を要求した」ように見える。総合設定学が目指すのは、この見え方である。




