第5章 地理・地質・資源 〜地形と都市立地〜
1. 都市は「点」ではなく「結節」である:流路・摩擦・裁定権の交差
都市立地を「風光」や「便利さ」の言語で語る限り、都市は舞台装置に退行する。都市は本来、人口の集積という現象ではなく、集積を維持する装置である。より精確には、物資・人員・情報・権限が一定の規則の下で集散し、そこでのみ取引と裁定が継起する結節である。したがって都市立地を問うとは、「どこに城があるか」を問うことではなく、流路と摩擦と制約と裁定権の配置を問うことである。
本節の狙いは二つある。第一に、都市の成立を単因果(川があるから、港があるから)へ還元する説明を避け、立地条件を一次変数へ落として議論可能な形にすること。第二に、立地条件が制度へ翻訳される経路を明示し、後続章(回廊と関門、都市計画、徴税・司法、検疫・治安)と整合する共通骨格を与えることである。
1. 分析単位の確定:サイト/シチュエーションの分離
都市立地の議論が散漫になる典型は、地点の物理条件と、地点が置かれた関係構造を混同することである。本書は以下を区別する。
・サイト:地形・水・地盤・防御性といった、地点が持つ物理条件
・シチュエーション:交易路、国境、後背地、他都市との位置関係といった関係条件
両者の区別は、世界設定では決定的である。シチュエーションは政策・技術・戦争によって比較的容易に変わるが、サイトは粘着的である。転移門の新設で交易路は移動し得るが、水不足や洪水リスクは残る。この非対称性が都市の盛衰を規定する。
併せて、本節の中核概念を定義しておく。
・関門:通過流量が地形により収束し、迂回が高コストとなる地点
・後背地:都市が食糧・燃料・労働力・税源を安定的に引き出す圏域
・摩擦:距離に伴う費用(時間、損耗、危険、徴収、検疫等)の総称
・裁定:通行・取引・紛争を規則の下で決着させる行為(徴収・検査・裁判を含む)
都市は、関門を支配し、後背地を組織し、摩擦を管理し、裁定を反復可能な形で提供することで存続する。
2. 都市成立の一次変数:五条件を「可用性」として扱う
都市は平均状態ではなく、最悪状態で破綻する。ゆえに成立条件は量ではなく可用性として定式化すべきである。ここで可用性とは、季節変動・戦時・疫病・政治危機といった外乱の下でも、必要量が一定確率で確保される性質を指す。
・輸送可用性:重量物流が途切れないこと(穀物・木材・石材・鉱石)
・水可用性:飲用・工業用・消火が同時に成立し、排水が可能であること
・防衛可用性:外敵・急襲・内乱に対して秩序維持が破綻しないこと
・食糧可用性:端境期・凶作・封鎖の下でも配給・価格統制・備蓄が機能すること
・行政可用性:徴税・裁判・監査・動員が到達可能であること(到達不能域は「国家の外側」を生む)
重要なのは、魔法がこれらを「消去」するのではなく、多くの場合置換する点である。転移は輸送摩擦を下げるが、転移点の許認可・検査・治安を新たな制約として持ち込む。結界は防衛摩擦を下げるが、維持魔力・技術者・責任主体を制度として必要とする。すなわち魔法は地形制約を免除するのではなく、制約を制度へ移送する。都市立地はこの移送の設計問題である。
3. 基底命題:都市化は「流量の管理」から「裁定の独占」へ進む
都市化の経路は多様であるが、制度論として一般化するなら次の命題が有効である。
命題A(起動):都市化の第一局面は、地形が流量(人・物・情報)を収束させる地点において、補給・宿泊・保全が常設化することで開始する。
命題B(転化):都市化の第二局面は、常設化が徴収・検査・市場規則・裁判といった裁定機能を呼び込み、裁定が文書化・監査化されることで不可逆になる。
この転化が起きたとき、都市は単なる居住集積ではなく、権限と記録の装置となる。ここから都市が徴税・法・治安・検疫へ不可避に接続する理由が生まれる。以下の四類型は、この命題をそれぞれ異なるサイト条件の下で展開したものとして理解されたい。
4. 主要四類型(制度論としての都市タイプ)
以下では各類型を、成立→制度装置→経済→治安→衛生→政治文化→典型危機→設計チェックの順で記述する。叙述は「それらしく描く」ためではなく、「運用可能な骨格」を与えるためである。
類型I 河川都市
「渡河・舟運・治水」を束ねる三重行政都市
河川都市の中心は水利一般ではない。河川が同時に提供する三機能、(A)境界(渡河点)、(B)動線(水運)、(C)災厄(氾濫)の結節化である。したがって河川都市は早期から行政とインフラを内在化し、政治課題が都市構造に埋め込まれやすい。
(1) 成立
渡河点の希少性が人流を収束させ、宿駅・市が常設化する。水運が成立すると重量物流が都市の背骨となり、倉庫と荷役が制度化される。氾濫の反復は治水を公共事業として固定し、復興税・労役・動員を正当化する回路を形成する。
(2) 中核制度装置
・橋梁、渡船の免許(料金、優先順位、救助義務、夜間規制)
・河港行政(積替、計量、検査、徴収、保管)
・治水官庁(堤防維持、河床浚渫、遊水地、非常時権限)
・水利権と下流保全(灌漑・水車・工房排水の調停)
(3) 経済
稼ぎは水そのものではなく、接続点の裁定である。通行税・荷役料・倉庫料・計量検査料が基礎となり、証文と信用(倉荷証券、前貸し)が発達しやすい。河川都市が「古くて強い」場合、これらが慣行ではなく規則と記録として継続している。
(4) 治安
密輸は支流・夜間渡船・河岸裏道に現れる。橋番・渡守の腐敗が生じやすく、河川巡察(舟警備)と監査が不可欠となる。船頭ギルドが半公権力化し、都市の統治主体として登場することも多い。
(5) 衛生・環境
脆弱性は外部接触よりも排水の失敗と氾濫後の衛生崩壊にある。上流の鉱毒・工房排水が下流都市へ外部性を押し付けるため、環境政策と都市政策の接合が不可避となる。
(6) 政治文化
治水は権威化しやすい。河川祭礼・鎮水儀礼は、宗教暦と公共事業を結び、反対派を「不敬」として処理する象徴政治の装置になり得る。
(7) 典型危機
洪水→復興税→不満蓄積→暴動→戒厳→統治の硬化。あるいは上流汚染→生業崩壊→食糧価格上昇→治安悪化。
さらに代替渡河(新橋・転移門)による通行税の空洞化が財政危機を誘発する。
(8) 設計チェック
「渡河」「河港」「治水」の三権限が同一主体か分権かを明示せよ。分権は権限衝突、統合は腐敗集中という、異なる破綻様式を孕む。
類型Ⅱ 関門都市(峠・海峡・狭隘)
不可避性が生む「通行裁定」の小国家
関門都市は、集積の原因が魅力ではなく不可避性にある。ここでは「集まる」以前に「止められる」が成立し、止める権限が通す権限と取る権限へ転化して都市が形成される。
(1) 成立
砦、関所として起動し、宿駅、補給点として常設化する。荷の積替・修理・案内が市場化し、通行裁定が文書化される。発達の順序は概ね「拘束→通行→徴収」である。
(2) 中核制度装置
・通行証、身分証(例外の列挙が政治になる)
・検査規程(禁制品・触媒・感染・魔導品)
・関税と通行税(通過と売買の境界線の設定)
・留置、拘束権(管轄と審級の問題)
・迂回路対策(密路封鎖、山賊討伐、地元民の協力制度)
(3) 経済
生産ではなく摩擦から稼ぐ。宿・馬・修理・情報が商品化し、情報価格が上がるほど諜報と腐敗が育つ。関門都市はしばしば「情報戦の前線」となる。
(4) 治安
最大の敵は外敵ではなく内部腐敗である。監査と人事ローテは癒着を断つが、地元統治の実効を下げる。地元委任は実効を上げるが、癒着を強める。関門都市は統治理念の矛盾が最も露出する。
(5) 衛生
検疫の前線となる。通行停止は防疫に効くが、経済の即死を招く。関門都市は「防疫の成功が飢えを招く」逆説を制度として抱え込む。
(6) 政治文化
関門は国家の顔である。苛烈なら憎悪の対象、寛大なら侵入の門となる。ここで法設計は理念ではなく脅威モデルに従う。
(7) 典型危機
新街道・転移門による迂回→収入消失→軍縮→治安空白。
腐敗→禁制品流入→治安崩壊→中央介入→反乱。
戦争→前線化→難民→疫病。
(8) 設計チェック
「止める権利」が法により拘束されているか、恣意的暴力に依存しているかを確定せよ。後者を採れば、反動(反乱・改革)は構造的に不可避となる。
類型III 港市
外部接続の富と、外部由来の脆弱性
港市は自然条件(可航窓)と制度条件(港務・通関・検疫・保険)の複合体である。港市の繁栄は海に由来するのではなく、海陸接続点の裁定を制度化できるかに由来する。
(1) 成立
寄港増→荷役・倉庫の常設化→関税・港務の制度化→海上保護と保険の要請。遠隔取引は信用と契約を必要とするため、港市は早期に文書文化と金融を持つ。
(2) 中核制度装置
・港務(入出港許可、係留、荷役順番:裁量が腐敗の核)
・通関(徴収・規制・検査)
・検疫、隔離(港の生命線)
・海難調査と損害認定(司法・記録・保険の基礎)
・通貨、両替、度量衡(標準化の制度)
(3) 経済
単なる集積より、再輸出・加工で強くなる。船舶修理、帆布・索具、塩蔵・燻製、香辛料調合、魔導品検定など。港市が都市として成熟しているとは、物流が止まっても一定の雇用と財政が持ちこたえる産業厚みを持つことを意味する。
(4) 治安
密輸・偽造・賭博・人身取引・禁術市場が集積する。治安は市内警備に還元できず、沿岸警備・航路保護と一体である。海上の空白は都市内部の腐敗へ直結する。
(5) 衛生・環境
疫病は外部接触の副産物だが、真の脆弱性は交易停止時に食糧供給と雇用が同時崩壊する点にある。繁栄が人口を抱え込み、危機が社会を裂く。
(6) 政治文化
港市は国家の周縁でありながら財政を支え得るため、自治・寡頭・多元宗教・居留地などの政治形態を誘発する。外交はしばしば港市内部政治として現れる。
(7) 典型危機
検疫強化→反発→密輸増→治安悪化。
海賊増→保険料上昇→物流縮小→失業→暴動。
封鎖→飢え→軍政化→長期衰退。
(8) 設計チェック
「港務」「通関」「検疫」「海上保護」の権限配置を明示せよ。統合は腐敗集中、分権は責任転嫁と遅延という破綻を招く。
類型IV 城下(要塞都市)
防衛立地が裁定を集中させ、裁定の集中が都市を生む
城下が都市である理由を「守りやすい」へ還元するのは不十分である。防衛合理性が権力を一点に集めるとき、裁定(許認可・裁判・徴税)も集中し、人と市場が従属して都市化する。城下は権力装置の側から成立する都市である。
(1) 成立
軍事拠点→軍需供給→職人集住→市場常設→行政集積→身分秩序の固定化。城下は計画都市になりやすく、町割・門限・防火が先に制度として入る。
(2) 中核制度装置
・軍政と行政の接続(司令・奉行・代官の重層)
・身分区画、居住規制(防衛と治安のための空間分割)
・徴発、軍需調達(平時経済の軍政化)
・非常時特例(戒厳・検閲・捜索:日常へ滲む)
(3) 経済
基本は消費都市である。軍と官僚の給与(貨幣または現物)が市場を回し、武具・鍛冶・薬・検査・蔵が育つ。外部交易が弱い城下は財政と表裏一体で脆く、強い城が弱い都市を抱える場合も生じる。
(4) 治安
治安は強いが、強いがゆえに政治事件が起きる。密告・検閲・粛清が制度の形で現れ、「静けさ」が自由を意味しない都市となる。
(5) 衛生・災害
火災が致命傷になりやすい。密集と軍需倉庫が燃えるからである。防火・上下水・避難規格は美観ではなく軍事と行政能力の指標となる。
(6) 政治文化
儀礼都市としての側面が強い。行列・式典・法会は文化であると同時に統治の演出であり、権威の可視化である。文化の厚みが政治の厚みとなる。
(7) 典型危機
財政悪化→軍需縮小→失業→治安悪化→強権化。
継承争い→内戦化→町割が戦術地形化。
外敵侵入→戒厳→食糧不足→暴動→粛清。
(8) 設計チェック
城下経済が「軍・官僚の消費」に依存するのか、「輸出産業・外部交易」を持つのかを確定せよ。前者は政変に弱く、後者は商人勢力が政治を揺らす。
5. 経路依存:都市は「最適立地」より「制度の粘着性」に従う
都市配置を最適化問題として扱うと、歴史が消える。実際の都市はしばしば二番手の場所に定着する。橋、倉庫、法廷、港務、道路、学校、ギルド。制度とインフラが一度整うと、それ自体が摩擦を下げ、集積を呼び、移転コストを増大させるためである。したがって「なぜそこに首都があるか」という問いは、地形よりも、過去の政治決定と投資履歴(制度の厚み)に答えを持つ場合が多い。この「ずれ」こそが、世界設定に歴史の触感を与える。
6. 都市ネットワーク:点ではなく三つの網の重なりとして記述する
都市は単独では成立しない。最低限、以下の三網を重ねて記述すべきである。
・供給網:食糧・燃料・建材の流入経路(後背地の実体)
・輸送網:重量物流の幹線(川・海・街道・転移点)
・権力網:徴税・裁判・軍事動員の到達範囲(辺境の空白を含む)
都市の性格は三網の重なりで決まる。地形は輸送網を縛り、制度は権力網を縛る。その交差が都市である。
7. 最小テンプレ:都市立地を検証可能にする五問
最後に、恣意を避ける最小テンプレを提示する。都市ごとに、次の五問へ短文で答えられるようにすること。これは描写ではなく検査である。
1.独占する結節は何か(渡河点・峠・港・鉱山口・転移門・聖地)
2.後背地は何で支えられるか(穀倉・牧畜・森林・鉱山・魔力地脈)
3.最悪期に何が破綻し得るか(飢饉・洪水・封鎖・疫病・暴動・枯渇)
4.裁定を担う主体は誰か(官僚・軍・ギルド・教会・条約機関)
5.徴収の形は何か(関税・通行税・鉱税・地代・巡礼収入・軍需)
この五問が埋まる都市は概ね自己矛盾が少ない。自己矛盾が少ない世界は、例外の導入も例外として効く。




