第3章 記述規約・テンプレート 〜章間接続︰魔法⇄法⇄経済⇄治安の依存関係(配線図)〜
3.3 章間接続――魔法⇄法⇄経済⇄治安の依存関係(配線図)
前節までで、語彙(3.1)と記録形式(3.2)を固定した。ここでようやく「総合」という語が意味を持つ。総合設定学における総合とは、百科事典のように分野を並べることではない。分野間の依存関係を、反復可能な手続きとして書けることである。魔法の設定を変えれば法が変わり、法が変われば市場が変わり、市場が変われば治安が変わり、治安が変われば政治的正統性が揺らぐ――こうした連鎖を、作者の説明ではなく、世界の構造として立ち上げる。この連鎖こそが「世界モデル」であり、章間接続の実体である。
本節では、以後の各章を“独立した学芸”にしないために、最低限の配線図(wiring diagram)を与える。配線図とは、世界を機械に見立てる比喩ではない。むしろ、相互依存する制度がどこで接合され、どこで摩擦を起こし、どこで破断するかを見通すための記述上の約束である。
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3.3.1 接続の原理――「変数」と「媒介」を取り違えない
章間接続で最も多い失敗は、「魔法があるからこうなる」「宗教が強いからこうなる」といった説明が、あらゆるところへ恣意的に浸透してしまうことである。これは原因が強すぎるのではない。原因と媒介が区別されていないのである。
本書は、分野間接続を次の三点で整理する。
1.状態変数(state variables):人口、食糧、財政、軍、魔力、宗教、法、交通(2.4)
2.媒介制度(mediating institutions):許認可、資格、裁判、監査、税、保険、条約、軍政、情報統制など
3.ショック(shocks):疫病、凶作、魔力汚染、異界侵食、金融危機、継承戦争(第63章)
重要なのは、魔法や宗教それ自体を“万能の原因”として扱わず、どの媒介制度を通じて他領域へ波及するかを必ず一段挟んで書くことである。たとえば「治癒魔法がある」ではなく、「治癒魔法の行使が資格制であり、資格が教会に独占され、独占が価格と供給を歪め、結果として医療への不満が治安と反乱へ転化する」と書く。これが章間接続の最低限の礼儀である。
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3.3.2 基本回路――八領域をつなぐ最短の骨格
本書では、八領域を一度に全結線しない。最初に、ほとんどの世界で必ず成立する「最短回路」を与える。これが配線図の背骨になる。
•**魔力(供給・枯渇・汚染)**は、技術・産業の生産性を左右し(第10〜13章)、
•**経済(生産・交易・信用)**は、国家の歳入と歳出制約を規定し(第30〜32章)、
•**財政(徴収と配分)**は、軍・治安・公共サービスの能力を決め(第26〜27章、49〜51章)、
•**治安(犯罪・暴動・非常事態)**は、規範の実効性と政治的正統性に跳ね返り(第46〜48章、14〜15章)、
•**法(裁判・契約・権利)**は、再び魔法の運用(資格・禁術・責任)を縛り直す(第12章、28〜29章)。
この循環は、単なる説明の輪ではなく、設計上の点検ルートである。世界のどこかに違和感が生じたとき、まずこの最短回路を一周させ、どこで接合が甘いかを探る(2.5へ接続)。
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3.3.3 媒介制度テンプレート――“接続点”を先に定義する
章間接続は、多くの場合「制度の接続点」を定義するだけで半分終わる。以下は、本書が推奨する代表的な媒介制度である。ここでは詳細を述べず、何と何をつなぐ装置かだけを明確にする。
•許認可(license/permit):経済⇄法⇄治安(参入規制は闇市場を産む)
•資格(certification):魔法⇄法⇄医療・建築・軍事(能力の制度化)
•監査(audit):財政⇄環境⇄情報(数字・記録・測定を統治へ転換)
•裁判(adjudication):法⇄治安⇄宗教(神判の導入は証拠制度を変える)
•税(taxation):経済⇄財政⇄社会保障(徴収様式が生産構造を反転させる)
•保険(insurance):魔法事故⇄労働⇄財政(危険を価格へ変換し、制度を生む)
•条約(treaty):環境⇄外交⇄宗教(精霊条約は国内法を上書きしうる)
•戒厳・特例法(emergency law):治安⇄政治⇄倫理(例外が常態化すると国家が変質)
これらは“後で足す”と破綻する。最初に接続点を決めておくと、各章の記述が自然に一本の線に乗る。
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3.3.4 依存関係の基本型――四つのループを覚える
世界が「動いている」ように見えるのは、原因が多いからではない。少数のループが反復しているからである。本書は、章間接続を次の四型に還元して把握することを勧める。
(I)均衡維持ループ(負のフィードバック)
不足や逸脱が起きると、制度が反応して元へ戻す型。
例:魔力汚染が増える → 監査と規制が強まる → 排出コストが上がる → 汚染が減る(第10章⇄第41章⇄第26章)
(II)累積拡大ループ(正のフィードバック)
一度動くと加速し、格差や覇権が固定化する型。
例:魔導インフラが整う → 生産性が上がる → 歳入が増える → さらに投資できる → 周辺を従属させる(第13章⇄第26章⇄第54章)
(III)地下化ループ(制度の副作用)
規制や独占が、闇市場と治安悪化を増幅させる型。
例:治癒魔法を教会が独占 → 価格上昇・供給不足 → 闇治療・禁術 → 事故増加 → さらに統制強化(第39章⇄第12章⇄第50章)
(IV)例外常態化ループ(例外が制度を食う)
非常事態が繰り返され、特例が恒久制度へ変わる型。
例:異界侵食 → 戒厳と検閲 → 反対派弾圧 → 正統性の低下 → 反乱・侵食対処の失敗 → さらに戒厳(第7章⇄第48章⇄第14〜15章)
この四型が見えるだけで、「なぜ世界がその制度を必要としたか」を、説明ではなく構造として書ける。
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3.3.5 章間接続の書き方――「一段落一接続」の規約
実務上の規約も一つ置いておく。章間接続は、長い解説を要しない。むしろ、接続が長文化するほど、恣意が入り込む。本書が推奨するのは、本文の中で次の型を反復することである。
•条件(何が一定以上/以下になったら)
•媒介制度(どの制度が動いて)
•帰結(どの領域がどう変わるか)
これを「一段落一接続」で書く。段落の最後に、関連章を一つか二つだけ添える。世界を総合するとは、無数の線を一気に引くことではない。引ける線を、同じ型で何度も引くことである。
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3.3.6 矛盾が出たとき――配線図は「直す順番」を与える
章間接続の価値は、整合性の確認にとどまらない。矛盾が出たとき、直す順番を与える点にある(2.5)。矛盾とは、多くの場合「二つの章が違うことを言っている」現象ではない。配線図に照らせば、たいていは次のどれかである。
•状態変数の前提が食い違う(人口や財政の桁が一致しない)
•媒介制度が抜けている(独占があるのに闇市場がない、等)
•ループが片側だけ描かれている(規制があるのに反作用がない)
•例外が未制度化のまま流入している(奇跡が便利道具化している)
したがって修正は、「面白い方を残す」ではなく、まず配線図を一周させ、どこで媒介が欠落しているかを埋めるのが筋である。それでも埋まらない場合にだけ、例外として制度化する(2.6)。例外は逃げ道ではなく、最後の手段であり、同時に監査対象である。
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3.3.7 短い例――接続は“事件”ではなく“制度”を生む
最後に、接続の感触を掴むため、事件ではなく制度が生える形で三例だけ置く。
1.予言の公的利用
予言が当たる/外れるの議論は本質ではない。重要なのは、予言が「情報」として扱われる瞬間に、監査と責任が必要になることだ。予言の公開範囲が市場操作を招くなら、取引規制(金融)と機密法(法)、そして反諜報(治安)が同時に立ち上がる(第47章⇄第31章⇄第28章)。
2.転移門インフラ
転移門は物流を短絡させるが、同時に関税と国境の意味を変える。税はどこで取るのか、検疫はどこで行うのか、密輸はどこから入るのか。転移門を“便利装置”として置いた瞬間、許認可と監査が不可避になる(第30章⇄第26章⇄第50章)。
3.記憶閲覧と裁判
証拠としての記憶閲覧を許せば冤罪は減るように見えるが、同時に改竄耐性とプライバシーと拷問の境界が問題化する。ゆえに、記憶閲覧は単なる捜査技術ではなく、証拠法の再設計である(第28章⇄第47章⇄第61章)。
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3.3.8 小括――総合とは「線を引く技術」である
本節の結論は簡明である。総合設定学において重要なのは、各分野の“細部の豊かさ”ではなく、分野間の“接続の規約”である。語彙を固定し(3.1)、形式を固定し(3.2)、線の引き方を固定する(3.3)。この三点が揃って初めて、以後の部で増える膨大な設定は、寄せ集めではなく一つの世界として運用される。
第3章 結語――規約は創造性の敵ではなく、創造性の器である
第3章は、世界を「書く」前に世界を「記録できる形」に整える章であった。語彙を定義し(3.1)、資料の書式を定め(3.2)、章同士の接続規約を置く(3.3)。ここまでの作業は、創作の熱量から最も遠いところにあるように見える。しかし総合設定学においては、この遠さこそが価値になる。なぜなら、世界が巨大になればなるほど、作者の想像力を束縛するのは“外部の制約”ではなく、過去に書いた自分自身だからである。規約は、その過去の自分を保存し、再利用可能にし、矛盾の発生を早めに検知するための技術である。
本章の要点は、三つの「固定」にまとめられる。
第一に、概念境界の固定である。国家、市民権、法源、条約主体、魔法資格といった中核語は、辞書的意味ではなく運用上の判定装置として固定された。これにより「国家がある」「市民権がある」といった言明が、雰囲気ではなく、何ができ、何ができない主体として記述できるようになった。とりわけ多種族・超常世界では、同語が共同体ごとに異なる規範を背負うため、用語の揺れは矛盾の温床になる。境界を先に切るのは、表現の自由を削るためではなく、自由を“どの論理の上で働かせるか”を明確にするためである。
第二に、データ形式の固定である。地図・年表・統計・系譜を標準書式として整備したのは、世界を資料へ変換するためだった。ここで意図したのは、精密な数値や美麗な地図ではない。比較可能性である。同じ形式が揃うと、国家間比較、年代間比較、地域間比較が可能になり、世界のどこに歪みがあるかが“議論の力学”として現れる。逆に形式がばらければ、矛盾は内容ではなく記録の混線として蓄積し、後半の制度論・政策論は空中戦になる。
第三に、接続規約の固定である。魔法⇄法⇄経済⇄治安は、相互に作用する。問題はそれを「何となく影響する」と語ることではなく、どの媒介制度を通じて作用するかを固定することである。資格、許認可、監査、裁判、税、保険、条約、非常法――これらの接続点を先に定めると、後続の章は、各分野の説明に終わらず、制度が制度を生む必然として書ける。さらに矛盾が出たとき、直す順番も自ずと決まる。状態変数の齟齬か、媒介の欠落か、ループの片描きか、例外の未制度化か。これは2.5(矛盾解消プロトコル)と2.6(例外の制度化)を、理念ではなく運用に落とす骨格でもある。
以上を踏まえると、本章で整えた規約は、創造性の敵ではない。むしろ、創造性が持続するための器である。自由に思いついた設定は、規約の器に流し込まれることで、別の章に持ち運べる形になる。持ち運べるものは、組み合わせられる。組み合わせられるものは、歴史と制度を生む。世界が“生きている”ように見えるとき、作者が直接生命を吹き込んでいるのではない。規約の上で、制度と資源と情報が勝手に動き始めているのである。
次の第II部では、この動きの前提となる「世界の土台」を扱う。天体・暦・季節、地理と資源、災害と環境、異界と因果律――これらは物語の背景ではなく、制度が制度になるための拘束条件である。ここへ入る前に読者が持っているべきなのは、世界観への共感ではない。記述規約という共通言語である。本書は、その共通言語をここで用意した。




