第3章 記述規約・テンプレート 〜用語定義:語彙の固定は、世界の可検証性を生む〜
総合設定学において「用語定義」は序盤の雑務ではない。むしろ、方法論の中核である。理由は単純で、世界設定が検証可能になるか否かは、最初にどの概念境界を切るかで決まるからだ。境界が曖昧なままでは、同じ現象が異なる語で呼ばれ、異なる現象が同じ語で呼ばれる。すると矛盾は「世界の欠陥」ではなく「語の揺れ」から無限に生成され、最小データセットもショック試験(第63章)も、入力が固定できないために機能しなくなる。
さらにファンタジー世界では、現実世界の政治・法・社会の語彙を無媒介に輸入できない。理由は二つある。第一に、魔法・異界・魂といった要素が、現実の制度概念(主権、証拠、人格、契約)をしばしば素朴に超えてしまうこと。第二に、多種族世界では、同一語が共同体ごとに異なる規範を背負い、語の表面上一致しても制度運用が一致しないこと。したがって本節では、語を「意味の説明」としてではなく、運用上の判定装置として与える。つまり、何がその語に含まれ、何が含まれないかを、(可能な範囲で)判定可能にする。
以下、以後の全章で反復使用される中核語を、機能定義(何ができる主体か)と境界定義(どこまでを同一概念として束ねるか)に沿って定義する。なお、本書の定義は普遍的真理ではなく、「この教科書体系で世界を設計・検証するための約束」である。
1. 国家︰領域・規範・徴収の三機能
本書で国家とは、単に大きい共同体や王がいる社会を指さない。国家は装置である。より精確には、一定の生活圏において、次の三機能が継続的に作動している状態を国家と呼ぶ。
第一に、強制の最終裁定(暴力・拘束・処罰の最終決定)。これは軍・治安のみならず、封印や魂刑のような魔法的強制を含む。
第二に、規範の最終裁定(紛争をどう裁くか、何が合法か、何が例外かを決める権能)。
第三に、徴収と配分(税、供出、労役、魔力徴発などを集め、公共サービスや軍事、救済へ配る)。
この三機能のどれも欠く共同体は、国家に似ていても国家ではない可能性が高い。たとえば宗教共同体が規範を裁いても、徴収と強制が伴わなければ、それは国家というより教団である。逆に暴力装置があっても、規範裁定と徴収が恒常的でなければ、それは略奪集団や一時的軍閥に留まる。
判定基準(実務):最低限、「取引・紛争の最終裁定」または「強制の最終裁定」のいずれかを、他主体に対して優越的に行っていること。どちらも優越できない場合は、国家ではなく「勢力圏」「自治共同体」「ギルド連合」「宗教圏」等として分類し直す。
補足しておくべきは、領域の扱いである。ファンタジーでは、地下都市・浮遊都市・海上国家・転移門ネットワークが成立しうるため、領域を地図上の線に閉じ込めてはならない。本書でいう領域とは、課税・裁判・治安が及ぶ生活圏であり、地理に限らず、交通(転移門)や結界によって形成されうる。
2. 政体と統治︰制度の形と運用の癖
国家が装置であるなら、政体はその装置の制度構造である。王政・共和・神権・軍政・企業国家は、国家が三機能をどう分配するかの形式である。
一方、統治とは制度構造の運用様式である。官僚制の厚さ、地方自治の幅、法の成文化の程度、監査の厳しさ、恩顧と縁故の浸透度などがここに入る。同じ王政でも統治が違えば国家能力は別物になる。設定作業で「王政だからこう」と短絡させないために、この区別は有効である。
3. 市民と市民権︰権利束の分解
市民権は、しばしば「国籍」や「参政権」のような一語で済まされる。しかし多種族世界においては、そうした単純化が最も危険である。なぜなら市民権は単一権利ではなく、複数の権利と義務が束になった権利束だからだ。束のどれが欠けても、社会的実感としての市民性は変質する。
本書では、市民を次のように定義する。
市民:国家の保護と義務の枠組みに入れられ、かつ一定の権利束が制度的に承認された成員。
ここで重要なのは、「人格(人であること)」と「市民であること」を混同しない点である。召喚体・不死者・人工種は人格を持ちうるが、市民権を否定されることがある。これはただちに欠陥ではなく、制度の争点であり、世界の歴史を駆動する。
権利束(最小分解):記述上は最低でも次を分けて扱うとよい。
・居住(どこに住めるか)
・移動(関所・転移・夜間規制)
・取引(商業免許・土地保有・労働契約)
・司法アクセス(訴訟・弁護・証拠手段へのアクセス)
・被保護(治安・救済・防災の対象)
・参政(投票・官職・評議参加・請願)
この分解は、後の章(司法統一、軍統合、差別再生産)へ直結する。市民権とは、国家が誰を「数に入れるか」を決める技術である。
4. 臣民・庇護民・属民︰「国家の外縁」を用語で捉える
国家を国家たらしめるのは中心だけではない。外縁である。市民と非市民のあいだ、あるいは複数の規範が重なり合う領域に、統治の現実が現れる。本書では、便宜上次の語を用いる。
・臣民:国家の保護と義務の対象だが、権利束が欠ける成員
・庇護民:貴族・神殿・ギルドなど中間権力を介して保護される成員(国家直結ではない)
・属民:征服・併合・条約服属により従属し、慣習法や共同体自治が残存しやすい集団
これらの語は蔑称ではなく、制度記述のための座標である。重要なのは名称より、欠けている権利束の同定である。
5. 法と法源︰強制力と、規範の出所
ファンタジー世界で「法律」を定義する際、最大の落とし穴は、法を文章(法典)と同一視することである。法典がなくても裁きは行われるし、裁きが強制されるならそれは法である。
法(本書):紛争の最終裁定として参照され、かつ(広義の)強制力を伴う規範。
強制力は投獄や罰金に限らない。刻印、誓約、封印、魂刑、共同体追放など、世界の制約に応じて変容する。よって法を語るには、同時に法の出所=法源を語らねばならない。
法源(本書の標準列挙):
成文法(王令・議会法)/宗教法(教義裁定・異端規定)/慣習法(地域・種族慣行)/判例(裁定の拘束)/魔法契約(誓約・呪いによる履行強制)
ここで魔法契約を独立の法源として扱うのは、私法と公法の境界を容易に食い破るからである。履行が呪いで保証される契約は、国家の裁判権を迂回しうる。つまり魔法契約は、「契約」以上の政治性を持つ。
6. 条約主体︰国家以外が「国際」を作る
外交は国家間で行われる、という前提はファンタジーでは脆い。精霊、竜族、宗教組織、都市ギルド連合、異界勢力、契約種が、国家に匹敵する継続性と強制力を持ちうるからだ。よって本書では条約主体を次のように定義する。
条約主体:合意を表明し、履行し、違反時に制裁を受け/行い得る主体。
要するに、人格の有無ではなく履行能力が核心である。
履行能力(最低要件)として、本書は四点を置く。
(A) 代表・意思決定機構がある
(B) 履行資源を動員できる(資源・魔力・暴力・評判)
(C) 継続性がある(短期で消滅しない)
(D) 監査に応じうる(検証可能性がある)
四点が欠ける場合、その合意は条約ではなく、儀礼的誓約・贈与交換・一時取引・恐喝など、別の概念で記述したほうが正確である。
7. 魔法資格︰能力認定・範囲限定・責任確定の同時作動
魔法が社会にとって有効で、かつ危険であるほど、社会は「できる者」を放置できない。ゆえに資格制度は自然発生する。資格は称号ではない。統治技術である。
魔法資格(本書):
(1) 能力を認定し、(2) 行使範囲を限定し、(3) 責任主体を確定する制度。
この三つのうちどれかが欠けると、資格は運用不能になる。能力を認定しても範囲が限定されなければ、危険は公共へ漏れる。範囲が限定されても責任が確定されなければ、事故の後処理で制度が崩れる。
したがって魔法資格を設定する際は、必ず次を明記するのが本書の規約である。
・発給主体(国家/神殿/ギルド/軍)
・検定方式(実技・筆記・神判・精霊承認など)
・更新、監査(事故歴、再試験、免許停止)
・禁止領域(禁術、軍事転用)
・事故時の責任と賠償(保険を含む)
ここまで書けて初めて、魔法は「便利な能力」から「制度的資源」へ変わる。
8. ギルド︰国家の補助線としての独占体
ギルドを単なる職業団体として描くと、世界の経済と政治が薄くなる。現実の同種組織がそうであるように、ギルドはしばしば参入規制・品質保証・紛争処理・政治交渉を担い、国家の許認可行政と癒着する。ゆえに本書ではギルドを次のように捉える。
ギルド:特定技能・取引・資格を独占(または準独占)し、参入規制と秩序維持を行う中間権力。
ギルド設定で最重要なのは、「独占の根拠」を一行で言えることだ。技術の秘伝か、宗教権威か、暴力か、流通網か。根拠が曖昧だと、独占は読者に不自然に映る。
本節で行ったのは、言葉の説明ではなく、検証の足場の構築である。国家・市民権・法・条約主体・魔法資格といった語が機能定義で固定されると、世界の後続設計が楽になる。出来事が起きたとき、何が動かねばならないかが自動的に見えるからだ。逆に語が揺れたままでは、矛盾は世界の現象ではなく記述のブレとして増殖し、矛盾解消プロトコルが空転する。




