表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界幻想郷 総合設定学 〜ファンタジー世界を学術的に設計・検証する〜  作者: 屋久島昇
第1部 方法論:世界を「研究」と「設計」する

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/24

第2章 研究設計と前提固定 〜設計上の含意:整合性と面白さの偽対立を解く〜

 「整合性」と「面白さ」は、創作論においてしばしば拮抗する概念として並置される。整合性を過度に求めれば世界は硬直し、面白さを優先すれば設定は破綻する。この通念は、実践上の経験則として一定の説得力を持つ。しかし同時に、この通念は、整合性と面白さをそれぞれ誤った対象へ結びつけている。整合性を「矛盾を潰す作業」と理解し、面白さを「例外で押し切る作業」と理解するかぎり、両者は必然的に衝突する。


 本書がここで行うのは、この衝突を調停することではない。衝突そのものを解体することである。より正確に言えば、整合性と面白さを、同一の設計行為の異なる側面として再記述する。総合設定学において整合性とは、説明の一貫性ではない。むしろ世界を構成する諸要素が互いに拘束し合い、同種の条件に対して同種の反応を返すという意味での反応の規則性である。面白さとは、刺激の多寡ではない。出来事が単発のイベントに終わらず、制度・利害・正統性・倫理といった深層へ波及していくという意味での反応の厚みである。両者が同じ言葉の別面であるなら、対立は消える。残るのは、反応をどのように設計し、どの程度まで運用可能に保つか、という技術問題である。


1. 定義:整合性は「一貫した説明」ではなく「拘束関係の維持」


 整合性の議論が貧しくなるのは、整合性を「説明の整い具合」だと誤認するときである。説明は整っていても、世界は動かないことがある。逆に、説明が完全に統一されていなくても、世界が動くことがある。現実社会がその典型である。現実の制度は、常に矛盾と妥協を含む。それでも社会が「破綻せずに回る」のは、諸制度が互いを拘束し、安易な飛躍を許さないからである。


 したがって創作世界における整合性もまた、説明の統一ではなく拘束関係の維持で測られるべきだ。たとえば、予言が流通すれば市場が乱れる、転移が普及すれば登録が肥大する、治癒が拡張すれば人口圧が増す。こうした「反応の必然」が見えるとき、世界は整合している。逆に、重大な出来事が起きても制度が無反応であれば、世界は「説明されている」かもしれないが、整合しているとは言い難い。整合性とは、出来事を歴史へ変換する連鎖の確かさである。


2. 定義:面白さは「意外性」ではなく「反応の深さ」


 面白さを意外性に還元すると、世界設計は手品に近づく。驚かせるために例外を差し込み、例外のために規則を折り曲げる。だがこの種の面白さは短命である。長く運用される世界(シリーズ化された物語、継続するゲーム、あるいは架空史のような設計)において面白さを担保するのは、驚きよりも反応である。出来事が起こったとき、周囲がどう変形するか。誰が得をし、誰が損をし、誰が正しいとされ、誰が排除されるか。制度がどう再配列されるか。面白さは、出来事の「後」に現れる。


 本書が繰り返し用いた八領域(人口・食糧・財政・軍・魔力・宗教・法・交通)は、この反応を保証するための最小状態変数であった。ショック・テストは、反応が連鎖として立ち上がるかを確認する手続きであった。面白さを要件として言い換えるなら、結局のところ「世界が反応すること」を要件に据えるのが最も堅い。


3. 偽対立の源泉:運用不能と過剰運用


 それでもなお整合性が面白さを殺すように感じられるとすれば、それは整合性が強すぎるからではない。整合性の名のもとに、運用不能な密度を世界へ要求してしまうからである。ここで問題になるのは「理屈」の強さではなく「運用」の過剰である。


 他方、面白さの名のもとに例外を多用すれば、世界は自由になるのではなく、むしろ脆くなる。例外は世界の拘束関係を短絡させるからだ。拘束関係が切れると、反応が消え、面白さは単発イベントへ退化する。整合性と面白さの対立が見える場面は、たいていこの二つ(運用不能と短絡)のいずれかが起きている。


 したがって必要なのは、整合性の強弱を論じることではなく、運用の仕方を論じることである。ここで要件管理が必要になる。


4. 要件管理:三層化(不変・準不変・可変)による戻り場所の確保


 世界設定を設計として扱うとき、最も重要なのは「戻り場所」を作ることである。増築を繰り返す世界は必ず矛盾を生む。矛盾が出たとき、何を守り、何を動かすかの基準がなければ、修正は場当たりになる。本書は要件を三層に分けることを提案する。


 不変要件とは、世界の核となる境界条件である。ここを動かすと別世界になる。準不変要件とは、歴史を伴う変更である。変えてよいが、変えるならその変化を歴史として引き受ける必要がある。可変要件とは、物語やシナリオや地域差として揺らしてよい。三層化の要点は、固定と自由の折衷ではない。矛盾が出たとき、まず可変で吸収し、次に準不変で吸収し、それでも解けなければ不変に触れる、という修正の順番が自動化される点にある。矛盾解消プロトコルは、実はこの三層化の運用規則にほかならない。


5. レッドライン:禁止ではなく制度を通す宣言


 次に必要なのは、世界が壊れる条件レッドラインを先に引くことである。ここでいうレッドラインは、「やってはいけない設定」のリストではなく、「導入するなら制度を通す」という宣言である。


 無制約の蘇生、無制約の転移、無制約の予言、無制約の心の読解。これらは便利であるがゆえに、導入した瞬間に八領域の拘束関係を解体しうる。もし導入したいなら、例外の制度化(認定・配分・執行・監査)を必ず伴わせる。レッドラインとは、創作上の自由を縛る檻ではなく、自由を世界内の争点へ変換するための枠である。


6. 争点の在庫:最適化しない勇気


 世界をよくできた社会として整えようとすると、しばしば争点が消える。すべてが合理化され、制度が最適化され、摩擦が取り除かれた世界は、滑らかであるが語りにくい。面白さを長期的に担保するには、争点の在庫(制度的摩擦)を意図的に残す必要がある。


 ここで誤解してはならないのは、争点とは「悪意の対立」ではないという点だ。争点とは、配分の問題であり、正当化の問題であり、例外の扱いの問題である。治癒はあるが独占される。転移はあるが登録が重い。神はいるが介入は稀で、認定は争われる。予言はあるが攪乱もある。こうした半端さが、倫理、教育、医療、環境、情報戦、芸術、娯楽、食、衣、建設、時間政策、辺境、恐怖政治といった多様な棚に争点を供給する。世界が厚いとは、出来事が多いことではない。争点が複数の棚に分散していることである。


7. レビュー:ショック・テストと例外監査を定例化する


 最後に、運用の技術として二つだけ強調しておく。第一にショック・テスト。定期的に世界へ危機を入れ、八領域が連鎖するかを確認する。反応しないなら拘束関係が切れている。第二に例外監査。能力・介入・情報・確率の例外について、それが認定・配分・執行を伴っているかを点検する。伴っていなければ、作者都合として露出する危険が高い。


 ここまで来ると、整合性と面白さは同じ方向を向く。整合性は反応の規則性を支え、面白さは反応の厚みを支える。要件管理はその両者を運用可能な形へ落とす。総合設定学が目指すのは、例外で押し切る世界でも、理屈で窒息する世界でもない。制約が争点を生み、争点が制度を生み、制度が歴史を生む世界である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ