lier〜ある日の別れ話〜
穏やかな風が吹く春の昼下がり。桜はピンクの花を優雅に咲かせ人々に春の訪れを告げている。そんな桜並木に面したとあるカフェのテラス席でカップルが話をしていた。
「今日はありがとう♡すごく楽しかった。毎回言ってるけど、また一緒どっか行こうね。」
女性が飲みかけのアイスティーを片手に楽しさの余韻に浸りながら言った。女性の正面に座っていた男性がコーヒーを飲みきって返す。
「そうだね。僕も楽しかったよ。」
そして、言葉を続けた。調子を変えずそのままのトーンで。次のデートの予定を立てるかのように。
「ねぇ、そろそろ僕ら、別れよっか。」
「へ?」
女性はそんなことを言われるだなんて予想だにしていなかったのだろう。間抜けな声を上げる。
「待って。別れるなんて…。冗談、よね?」
思考が追いついていないのか、女性は焦って聞き返した。男性は空のカップを紙ナプキンで拭くと逆さにしてソーサーに置いた。
「冗談で別れるなんて言わないよ。別れよう。」
世間話をしているのかと錯覚するほどに落ち着いた声音で言う。ガタンッと大きな音を立てて女性は立ち上がった。飲みかけのアイスティーの氷がカランと揺れる。結露がグラスの表面を下り、コースターに溶け込んでいった。
「どうして!理由は!?」
女性が大きく声を上げる。他のテラス席の客も、桜並木を行く通行人も彼女の方を見やった。男性の方は至極落ち着いていた。女性の激しい反応も予想通りとでもいうようだった。
「君は悪くないよ。ただ僕が飽きちゃっただけだから。」
男性はそう言いながら紙ナプキンを折ったり開いたりと退屈そうに楽しそうにもて遊ぶ。意識は女性よりもその手元に向いていた。
「な、直すから!気に入らないところ全部!」
女性は前のめりになってドンッとテーブルに手をつく。男性はニコリとした笑顔のまま女性を見た。手元にはハート型に折られた紙ナプキン。彼はそのハートをなんの感慨もなく2つに引き裂く。
「君との恋愛ごっこはここまでってこと。バレたら終いにしようとは思ってたんだけど、君、中々気づいてくれないからさ。」
そう言った男性の声と表情は話の初めから何も変わっていない。楽しげでにこやかなままだ。
「恋愛、ごっこ…」
女性はショックを受けたようで、カクンッと椅子に座り込む。絶望とそれが嘘である期待とに顔が染まった。
「うん。恋愛ごっこ。」
男性はそんな女性をよそに、静かに現実を突きつける。穏やかに、当然のように。
「それでも私は…!」
女性は縋るように男性を見た。男性は彼女の言葉に続ける。
「『あなたのことが好き。』でしょ?知ってるよ。」
男性は確信を持って言う。
「なら…!」
女性の顔に希望が宿った。このまま自分と付き合い続けてくれるかもしれない、と。でも、待っていたのは残酷な返答だった。
「でも、おしまい♡」
「どうして…!」
もう女性はそれしか言えなかった。「なぜ?」「どうして?」と疑問ばかりが湧き上がる。男性は待ってましたと言わんばかりに、見たことのない笑顔を見せた。
「ぜぇんぶ、嘘だからだよ。嘘、嘘、嘘!」
破ったハートをテーブルに落ちるように上に投げた。女性はそのハートだったものを見ながら呟くようにこぼす。
「嘘…。」
男性は子どものように無邪気な様子で肯定した。
「そうだよ。僕の好みも職業も年齢も名前さえも、全部嘘♡」
「そんな…。」
女性は受け入れ難い様子だった。しばらく恋人として過ごしていただけに、知っていることのほとんどが誤情報だったなんてことを信じるのは容易くないだろう。もはや放心状態な女性に男性はさらに追い打ちをかける。
「君は『知らない人』を好きになったの?」
言っていることは至極真っ当だ。女性に与えられた情報が全て間違っているなら、彼女は男性を「知らない」ことになる。ただ彼女は確かに男性の恋人だったのだ。
「違う!私はあなたを…!」
好きになったの。そう言いたかったのだろう。その言葉は男性が続けた言葉にかき消されてしまったが。
「僕の『本当』を知らないのに?」
「それでも…!」
女性は食い下がる。
「でも、さよなら、ね。手品と一緒で種明かししたらつまらないでしょ?ま、本当のこともあったよ。ありがとう。」
男性はアッサリと女性から距離をとった。コーヒー代をテーブルの上に置いて、立ち上がる。女性も慌てて立ち上がった。
「待ってよ!私は…!」
「そして、さようなら。もう2度と会うことはないでしょう♪」
男性は話はこれで終わりと礼をして見せた。まるで演劇でもしているかのような、キレイなボウ・アンド・スクレープだった。
「ねぇ、話を…!」
女性がそう言うと、男性は左の人差し指を自身の口元に当てて言った。
「そうだ。せっかくだから1つだけ教えてあげよう♪」
女性は何を言おうとしていたかも忘れ、彼の話に耳を傾ける。男性はニコッと笑った。
「僕はlier。ただの嘘つきさ☆さて、君に僕から最後のプレゼントだ。嘘つきな僕と嘘だらけの世界を疑ってごらん。信じてごらん!」
まるで喜劇の台詞のように男性は口にした。周囲の人々にも見られているが、彼は微塵も気に止めていなかった。女性が不思議そうに問う。
「プレゼントって?」
「今日という日さ☆忘れられない思い出をあげただろう?」
男性はカラカラと笑った。イタズラが成功した少年のように。男性は軽快に手を振った。
「それじゃ、バイバイ♪最悪な日を!」
「待ってったら〜!」
男性は足取り軽くその場を後にした。女性はその場で崩れ落ちた。呆然とする女性の足元では、踏まれた桜の花びらが茶色くくすんでいた。
中心街から外れたなんの変哲もない通りをある男が歩いていた。先程女性にlierと名乗り、別れを突きつけたその男は、雲の上を歩くような足取りで帰路をなぞりながら
「これにて終演、かな♪」
と1人こぼした。




