ゴミ屋敷
小学4年生の大夢の家の近所には地元では有名なゴミ屋敷があった。
そのゴミ屋敷には誰も身寄りがいない老婆が一人で住んでいた。
教師や親からは危ないからゴミ屋敷には近づいてはいけないと言われていたが、老婆は子供達には優しくお菓子やジュースをくれたりするので、大夢は友達と一緒に度々老婆の家に隠れて行ったりしていた。
ある日、大夢と友達の康太と篤の三人は老婆の家でいつものようにお菓子を貰って食べていた。すると、家の奥から女性の啜り泣くような声が聞こえてくるのに気づいた。
老婆は一人暮らしのはずなのにおかしいと三人は思っていると、好奇心旺盛の康太が老婆にこの泣き声は誰かと聞いた。
すると老婆は三人に向かい、黄ばんだ歯を見せてニヤッと笑った。
「聞こえたのかい、ヒヒッ。なら、あたしの宝物を見せてあげるよ」
そう言うと、ゴミの山の間に僅かに空いている隙間を通り抜けて家の奥に向かって入っていった。しばらく待っていると老婆は手に何かを持って戻ってきた。老婆が持ってきたそれはスーパーのレジ袋で、中には黒く汚れた布が入っているのが透けて見える。
老婆はレジ袋から汚れた布を取り出すと、大切なものを扱うような手つきでゆっくりと布を開いていった。布が開くとそこにあったのは、赤茶色に汚れ表面に錆びが浮いた包丁だった。
「これを拾ってきてから家の中で女の泣き声が聞こえるようになったんだ。凄いだろう、こんなモノは滅多にお目にかかれるモノじゃないよ。羨ましいかい、ヒッヒッヒ。あたしが今まで拾ったモノの中でもこれはとても貴重なモノで、今ではあたしの一番大事な宝物だよ」
そう言って包丁を見つめる老婆の顔は、今まで見たことのないような柔和な表情をしている。まるで愛おしい我が子を見つめる母親のようだった。
唖然としてそれを見ていた三人だったが、老婆は突然顔をあげると大夢たちの方に顔を向けて恐ろしいほどの怖い表情をして言った。
「お前たちには特別にあたしの宝物を見せてあげたのだから、これを見たことは誰にも言ってはいけないよ。もし誰かに話したら絶対に許さないからね」
あまりの突然の豹変ぶりに大夢たちは急に老婆が恐ろしくなり、誰にも言わないと約束をして老婆の家を出た。老婆の家から離れていく三人は押し黙って歩いていた。
「もうあの家に行くのはやめようよ」
篤がそう言うのに大夢は何度も頷いて応えた。だが康太は無言のまま返事をしない。
大夢と篤はそんな康太の様子が気になって康太のことを見ていると康太はボソッと言った。
「あの包丁に付いていた汚れはたぶん血だと思う」
「えっ」「ウソだろ」
大夢と篤はそう言って絶句した。
「前にインターネットで見た。時間が経った血はあんなふうになるって」
「じゃあ警察に言わないと」
篤が震える声で二人に訊くが、大夢はゆっくりと首を振った。
「ダメだよ、このこと話したら何をされるか分からないよ」
先ほどの老婆の恐ろしい顔が思い出されて大夢の声も震える。
「とにかくもうあそこには行くのはやめよう」
そう言って三人は別れた。
翌日は土曜日で学校が休みのため、大夢は自室のベッドの上でダラダラと過ごしていた。夕方近くに母親から呼ばれてリビングに行くと表に篤が来ていると伝えられる。
玄関から外に出ると、家の前の道に篤が青ざめた顔をして立っていた。
どうしたかのか聞くが、ここでは話せないと言うので家から少し離れたところにある小さな公園に移動した。
「どうしたの」
何があったのか知りたくて公園に着くなり大夢は篤に尋ねた。篤の普通ではない様子に不安が隠せない。
「ゴミ屋敷に警察がいっぱい来ている」
「えっ、どうして...。もしかして包丁のこと誰かに話したの」
「俺じゃないよ。康太が親に話したみたい」
どうやら康太の話を聞いた康太の親は、すぐに警察に通報したようだった。
その後、警察に押収されたあの錆びついた包丁は鑑定の結果、やはり付着していたのは人間の血で、詳しく調べると数年前に大夢たちの住む地域で発生した若い女性が夜道で襲われて殺された殺人事件で使用されたものだということがわかる。
そして未解決となっていたその事件は、包丁に付いていた指紋から犯人が特定され逮捕された。
老婆も警察に事情を聞かれたみたいだったが、包丁が殺人に使用されたものだとは知らずに拾って保管していたということで罪には問われなかったようだった。
そんなことがあってからしばらく経ったある日、大夢と康太と篤がいつものように学校から帰宅していると、三人の前にあの老婆が突如として現れた。老婆の片手には包丁が握られている。
恐ろしい表情を浮かべる老婆は三人に向かって叫んだ。
「誰にも話すなと言ったのに、お前らは話したな。おかげであたしの宝物は取り上げられてしまった。全部お前らのせいだ」
そう叫ぶと手に持った包丁を振り翳して襲いかかってきた。
三人は慌てて散り散りに逃げだすが、一人転んでしまい逃げ遅れた康太が老婆に捕まってしまった。老婆は手に持つ包丁を躊躇なく康太に突き立てた。
「あーっ」
康太の悲鳴が周囲に響き渡る。
老婆はそのまま康太に馬乗りになると康太のことを滅多刺しにした。
大夢と篤はその様子を少し離れた場所からどうすることもできずにただ見ているだけだった。老婆はグッタリとして動かなくなった康太から離れると、返り血で真っ赤になった顔にウットリとした表情を浮かべながら血塗られた包丁を見つめていた。
「こうすれば、また聞こえるはずだよ、泣き声が。ヒッヒー、これからはこれがあたしの宝物」
嬉しそうに老婆は言うと、包丁を大事に抱えて血の海に倒れ込む康太には目もくれずにその場を立ち去っていった。