第七話「声が届く街」
風が、音を奏でていた。
旅路の果て、カイとティラが辿り着いたのは、空と地が溶け合うように広がる都市国家――セファリア。
そこは、文明が崩壊する前から続く“音の街”。
人々は記憶を旋律に変えて歌い継ぎ、感情と歴史を交差させて生きていた。
「……空に、建物が浮いてる?」
ティラが驚いたように声を上げた。
その目の先、天空にはいくつもの“浮遊建築”が並び、糸のような吊橋で地上と繋がっていた。
「記憶の軽さが、建築の重力すら変える……。あれがセファリアの“音律浮島”」
旅商人の言葉が、カイの脳裏に蘇る。
この街では、記憶の密度が“音”として量られ、それによって魔力や技術が形になるという。
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街の中心には“記憶の鐘楼”があり、その周囲を円形に街並みが広がっていた。
通りには詩を歌う子どもたち、音の調整をする技師、そして――詠唱に似た旋律を編む少女の姿があった。
「カイ、あの人――!」
ティラが指差した先には、一人の少女が立っていた。
耳には音紋付きの小さなイヤリング、手には古びた音記譜書。
淡い薄青の長衣に、背より長い金の髪が風に舞っていた。
彼女の名は――アウラ・シェリング。
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「……あなたたち、旅人?」
アウラはカイたちに近づくと、警戒もせずに微笑んだ。
その瞳には、かすかな寂しさと、深い知識の光が宿っている。
「詩の魔法を……使ってたのか?」
「ええ。私は《記録詩人》。
記憶を“旋律”に変えて保管・伝達するのが、私たちの役目です」
そう言って、アウラは胸元の“音律結晶”を指差した。
そこには、過去の想いを閉じ込めた旋律がいくつも刻まれている。
「――でも最近、この街の“記憶の歌”が、ひとつずつ失われていってるの」
カイとティラが息をのむ。
「原因は?」
「……わからない。でも、“歌えなくなった旋律”は、記憶が喰われた証。
私たち《記録詩人》にも、その理由がわからないの。
だから、あなたたちのような旅人が来てくれたこと、正直……ちょっと嬉しい」
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その夜。
アウラは二人を、自宅の屋上へと案内した。
そこからは、街全体の音が“波のように”聞こえてくる。
人の語らい、風の声、記憶を抱いた旋律たちが――まるで生きているようだった。
「……この音の中に、“誰かの記憶”が宿っているのよ。
それを聞き取って、歌い継ぐのが私たちの責務」
アウラの声には、優しさと責任感が入り混じっていた。
「カイ。あなたは、“誰かの記憶”を守って旅をしているんでしょう?」
「……ああ。でも、それ以上に……“思い出せない記憶”を探してる」
その言葉に、アウラは小さく目を伏せた。
「――奇遇ね。私もよ。
私は“歌えない旋律”が一つだけある。それは、私が……忘れたくせに、どうしても失いたくないもの」
風が鳴る。
その瞬間、鐘楼の鐘が――“音を外した”ような音を響かせた。
アウラが立ち上がる。
「……また、“一つの旋律”が、消された」
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翌朝。
街にあるはずの“記憶の譜面”の一冊が、まるごと空白に変わっていた。
カイは拳を握った。
「……始まってるな。奴らが、ここにも来てる」
「虚白の使徒?」
「間違いない。……この街の“記憶そのもの”を、食いに来てる」
アウラが、かすかに唇を震わせた。
「ねえ……もし、“記憶を守る戦い”が始まるなら、私も行く。
私の旋律が誰かの記憶を守れるなら、――この声を、使いたい」
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そして三人は決意する。
“記憶を歌う街”を守るために、再び旅の形を変えて――
声を、届かせるために。