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『記憶の海、沈まぬ君へ』  作者: 梅犬丸
第二章『想起する剣は血を流さない』
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第七話「声が届く街」

風が、音を奏でていた。


 旅路の果て、カイとティラが辿り着いたのは、空と地が溶け合うように広がる都市国家――セファリア。


 そこは、文明が崩壊する前から続く“音の街”。

 人々は記憶を旋律に変えて歌い継ぎ、感情と歴史を交差させて生きていた。


「……空に、建物が浮いてる?」


 ティラが驚いたように声を上げた。

 その目の先、天空にはいくつもの“浮遊建築”が並び、糸のような吊橋で地上と繋がっていた。


「記憶の軽さが、建築の重力すら変える……。あれがセファリアの“音律浮島”」


 旅商人の言葉が、カイの脳裏に蘇る。

 この街では、記憶の密度が“音”として量られ、それによって魔力や技術が形になるという。



 街の中心には“記憶の鐘楼”があり、その周囲を円形に街並みが広がっていた。

 通りには詩を歌う子どもたち、音の調整をする技師、そして――詠唱に似た旋律を編む少女の姿があった。


「カイ、あの人――!」


 ティラが指差した先には、一人の少女が立っていた。


 耳には音紋付きの小さなイヤリング、手には古びた音記譜書。

 淡い薄青の長衣に、背より長い金の髪が風に舞っていた。


 彼女の名は――アウラ・シェリング。



「……あなたたち、旅人?」


 アウラはカイたちに近づくと、警戒もせずに微笑んだ。

 その瞳には、かすかな寂しさと、深い知識の光が宿っている。


「詩の魔法を……使ってたのか?」


「ええ。私は《記録詩人メモリアル・シンガー》。

 記憶を“旋律”に変えて保管・伝達するのが、私たちの役目です」


 そう言って、アウラは胸元の“音律結晶”を指差した。

 そこには、過去の想いを閉じ込めた旋律がいくつも刻まれている。


「――でも最近、この街の“記憶の歌”が、ひとつずつ失われていってるの」


 カイとティラが息をのむ。


「原因は?」


「……わからない。でも、“歌えなくなった旋律”は、記憶が喰われた証。

 私たち《記録詩人》にも、その理由がわからないの。

 だから、あなたたちのような旅人が来てくれたこと、正直……ちょっと嬉しい」



 その夜。

 アウラは二人を、自宅の屋上へと案内した。


 そこからは、街全体の音が“波のように”聞こえてくる。

 人の語らい、風の声、記憶を抱いた旋律たちが――まるで生きているようだった。


「……この音の中に、“誰かの記憶”が宿っているのよ。

 それを聞き取って、歌い継ぐのが私たちの責務」


 アウラの声には、優しさと責任感が入り混じっていた。


「カイ。あなたは、“誰かの記憶”を守って旅をしているんでしょう?」


「……ああ。でも、それ以上に……“思い出せない記憶”を探してる」


 その言葉に、アウラは小さく目を伏せた。


「――奇遇ね。私もよ。

 私は“歌えない旋律”が一つだけある。それは、私が……忘れたくせに、どうしても失いたくないもの」


 風が鳴る。


 その瞬間、鐘楼の鐘が――“音を外した”ような音を響かせた。


 アウラが立ち上がる。


「……また、“一つの旋律”が、消された」



 翌朝。

 街にあるはずの“記憶の譜面”の一冊が、まるごと空白に変わっていた。


 カイは拳を握った。


「……始まってるな。奴らが、ここにも来てる」


「虚白の使徒?」


「間違いない。……この街の“記憶そのもの”を、食いに来てる」


 アウラが、かすかに唇を震わせた。


「ねえ……もし、“記憶を守る戦い”が始まるなら、私も行く。

 私の旋律が誰かの記憶を守れるなら、――この声を、使いたい」



 そして三人は決意する。

 “記憶を歌う街”を守るために、再び旅の形を変えて――


 声を、届かせるために。


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