表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『記憶の海、沈まぬ君へ』  作者: 梅犬丸
第一章『灰の言葉を継ぐ者』
7/39

第六話「灰を継ぐ者たち」

 夜が、深く、重たく降りてきていた。

 風は凪ぎ、空は黒と金の混ざった鈍色に染まっている。


 カイとティラは、再びリュカの村へと戻っていた。

 ゼルハの言葉――「村の記憶を喰らう」――が、嘘ではないことを証明するために。


「村の“記憶”が狙われている?」


 村長は信じられないという顔をしていた。


「それは……我々の“心そのもの”を失うことに等しい」


 ティラが静かに答えた。


「はい。虚白の使徒は、魔法ではなく“記憶”そのものを消去し、世界を“沈黙”させようとしています」


「……ならば、我々も戦わねばならんな」


 誰かが呟いた。


 その言葉は、かつて祈りと沈黙を選んだ人々の中に、微かな“火”を点けた。

 カイはその姿を見て、小さく頷いた。


「……俺たちにできることは、魔法だけじゃない。

 想いを、名を、言葉を、そして“繋がり”を断ち切らせないことだ」



 その夜。

 風見塔が揺れた瞬間、空が“裂けた”。


 ゼルハが戻ってきた。


「思い出は、弱さだ。

 誰かを想えば、必ず失う。そして痛みに変わる。

 それを繰り返すくらいなら、いっそすべて、無に返せばいい」


 彼の剣が振り抜かれる。

 空間が歪み、村の祈りの碑が崩れた。

 魔法陣が空中に広がり、村全体の“記憶の座標”が標的にされる。


「やらせない――!」


 ティラが先んじて詠唱を開始する。


【記憶魔法・詩片のシヘンのシールド

効果:特定の“共有された記憶”を盾として具現化する

代償:母が編んでくれた、赤いマフラーの記憶


 盾が展開され、ゼルハの一撃を受け止める。

 しかし魔力差は歴然。盾が軋み、ひび割れ始める。


「無駄だ。お前たちは“断片”を集めているに過ぎん。

 私は、“一つの痛み”を絶対の力に変えた」


 ゼルハが剣を掲げた。

 記憶の結晶体が収束し、圧縮されていく。


 ――そして発動された、禁忌の魔法。


【記憶魔法・喪壊連鎖メモリア・リンク・ブレイク

効果:複数の記憶を連結し、周囲の“想起の力”そのものを崩壊させる

代償:妹の名前、笑い声、最期に交わした言葉


 周囲の空間が崩れる。

 村人たちが、自分の名前を忘れ始めていた。

 「母さん……?」「この人、誰……?」

 “絆”が、砕けていく。



「やめろ……!!」


 カイが叫んだ。

 その声に、かすかに“言霊”が宿った。


 彼は、魔具に手を置いた。


「……この記憶は、誰にも奪わせない。

 お前に奪わせない――これは、俺が守ると決めた記憶だ!」


 魔具が起動する。


【記憶魔法・灰誓カイセイ

効果:自身の内にある“記憶の断片”を連結・再生し、精神力を限界突破

代償:自分の“本名”を失う


 その瞬間、カイの周囲に“記憶の灰”が舞った。

 失われたはずの景色、名前、笑顔――全てがカイの身体を包み、彼の魔力を増幅させていく。


「俺は、お前みたいに記憶を“利用”しない。

 記憶で、“誰か”を守る――それが俺の選択だ!」


 放たれた一閃が、ゼルハの魔力を真っ向から断ち切った。

 連鎖魔法が中断され、結晶体が砕ける。


「バカな……そんな記憶に……“感情だけの記憶”に、俺の力が……!」


 ゼルハは後退し、再び空間を裂いて姿を消す。

 「――次に会う時、お前は自分自身のことも忘れているだろう」

 その言葉だけを残して。



 静寂が戻った村に、灯火がともる。

 村人たちはゆっくりと、名前を呼び合い始める。


「父さん……」「兄ちゃん……おかえり」


 涙が流れ、笑顔が戻っていく。


 誰もが、“自分が誰で、誰を大切にしていたか”を再確認していた。



 翌朝、風見塔の上で。


 カイは、どこか遠くを見ていた。

 ティラが隣に立つ。


「……自分の本名、思い出せませんか」


「ああ。でも、名前がなくても……“誰かを守りたい”って気持ちだけは残ってる。

 それで十分だと思ってる」


「なら、今のあなたの名前を、私が決めます」

 ティラが微笑んだ。


「灰の記憶を継ぎし者――

 あなたは“カイ”であり、“カイでなくても”、今ここにいる」


 カイも、わずかに笑った。


「ありがとな。……ティラ」


 風が吹く。

 空には、朝日が昇り始めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ